12.叔母とシルヴィ(ジルベール)
玄関に向かう途中で叔母上と従妹のシルヴィが待ち構えていた。
二人とも金髪に青目。それなりに整った顔立ち。
容姿だけは高位貴族に見える。
「ジルベール、おかえりなさい。
ようやく屋敷に戻ってきてくれたのね」
「ジルベール兄さま、おかえりなさいませ!」
屋敷の中だというのに、きらびやかな服装の二人に、
何を言っても無駄だとは思いつつ、嫌味を言うのを止められない。
「これから夜会にでも行くのか?」
「相変わらずなのね。女性を褒めることもできないなんて」
「お兄様、これは普段着ですわよ?」
普段着ねぇ。子爵家の金で買ったわけじゃないのだろう。
そんなに散財していたら、持参金もなくなると思うが。
一応は娘が可愛かったのか、お祖父様は叔母上に多額の持参金を持たせていた。
そのため子爵夫人とは思えないほど遊び歩いている。
「でも、お兄様が帰ってきたのなら、どこかに遊びに行きたいわ」
「あらいいわね。ジルベールに連れて行ってもらいなさい」
「うれしい!」
「断る。俺は暇じゃないんだ」
仕事もせず、一日中遊び歩いている二人と同じだと思わないでほしい。
こちらは当主の仕事の他に魔術院の研究もあるんだ。
暇な時間なんてあるなら、シャルのために使う。
「この屋敷は王家に返上することになった。
他国の要人を接待する施設にするそうだ」
「は?何を言っているの?」
「本当のことだ。明日には王家の者が来る。
使用人はそのまま王家が雇うことになった。
叔母上たちもこの屋敷から出て行かなくてはいけない」
「じゃあ、私たちはお兄様の屋敷に行くのね!
新しい屋敷が楽しみだわ」
「連れて行くわけないだろう」
「まぁ、どうして?」
わがままが通って当然だと思うシルヴィに、
どうして俺が叶えてやらなきゃいけないんだと思う。
容姿以外は褒めるところがないシルヴィと叔母上。
真面目な子爵に似ればよかったのに。
「婚約前に一緒に住むのはよくないから?
だったら、早く婚約の手続きをしてね」
「また、それか。いい加減あきらめてくれ」
俺と婚約したいとシルヴィが言い出したのは、五年前。
学園の三年に通うシルヴィとは十歳差。
シルヴィが十二歳の魔力検査の時に立ち会った時に、
従兄弟だとあいさつしたのがまずかったらしい。
それ以来、何度も断っているのに、
会うたびに俺と婚約するんだと言い張っている。
忘れているんじゃない。わざと聞いていないのだ。
言い続けていれば、俺があきらめると思っている。
「まぁ、ジルベール。少しは優しくないともてないわよ。
浮気されない分、シルヴィにはいいのかもしれないけど」
「何度も言うけど、シルヴィと婚約する気はない」
「何を言っているの?シルヴィほどあなたにぴったりな令嬢はいないわ。
他にあなたと婚約できる令嬢がいるっていうの?」
にやりと笑う叔母上が何をしたのか知っている。
俺が社交界に出ないのをいいことに、シルヴィが俺の婚約者に内定したと、
あちこちで言いふらしていたらしい。
人づてでそれを知ったマリーナから教えられた時には、
ほとんどの令嬢がそれを信じてしまっていた。
おかげで婚約してくれる令嬢を探すのには苦労した。
まぁ、結果としてシャルを見つけ出せたのだから、
それを知った時の叔母上の顔が見ものだな。
叔母上とシルヴィは自分たちの要望が通ると思っているから、
今も満面の笑みでいるけれど、たくらみはこれで終わる。
「先日、他の令嬢と婚約した」
「「は?」」
「俺はもう婚約している。だから、シルヴィと婚約することはない」
「なんですって!どこの誰よ!」
「アンクタン伯爵家の長女だ」
「アンクタン?どうして伯爵家なんかを選ぶのよ!」
「そうよ!伯爵令嬢なんかより、私のほうがずっといいじゃない!」
本当に何もわかっていない。お祖父様の判断は正しかったと思うけど、
叔母上の育て方は間違えたとしか言いようがない。
「子爵夫人と子爵令嬢なのに、何を言っているんだ。
伯爵令嬢を見下せる身分だとでも思っているのか?」
「っ!」
「お兄様、私はただの子爵令嬢ではないわ。
王女の孫なのだから。
その辺の伯爵令嬢なんかよりもずっと高貴なのよ」
「それが本当ならな」
「え?」
「……ジルベール、何を」
俺が真実を知ったと気がついた叔母上は真っ青になっていく。
王女の娘だと偽って、わがままし放題だったもんな。
父上は妹に同情して何も言わなかったようだけど、
俺はそんなことは知らない。
不快だと思えば、正すまでだ。
「叔母上たちは自分の家に帰ってくれ」
「そんな!いやよ!子爵家に帰るなんて!
私はお兄様の婚約者になるために来たんだから!
みんなにももう言ってしまっているのよ!?」
「それは俺のせいじゃないだろう。
俺には婚約者がいるんだ」
「伯爵令嬢なんて、婚約解消すればいいじゃない!
お兄様ならそのくら簡単にできるでしょう!」
「できないし、する気もない」
「どうして!?」
「婚約した令嬢と一緒に住んでいる。
そうなれば婚姻したと同じだ。解消なんてできない」
「そんな……」
青ざめたままの叔母上と座り込んで泣き出したシルヴィ。
用事は済んだし帰ろうと思ったけれど、もう一つあった。
「叔母上、俺は叔母上に侯爵家の名を使わせる許可を出していない。
事業の話などは詐欺になるから、すぐにやめた方がいい」
「ジルベール、そのくらいはいいじゃ」
「いいわけないだろう。警告はしたからな?
俺に確認に来た時点で関係ないと言う。
その後、あんたらが牢に入れられても、俺は助けない」
「そんな……」
「二度と、侯爵家を、俺を巻き込むな」
シルヴィと同じように座り込んだ叔母上を放って、屋敷の外に出る。
話が聞こえていたのか、使用人たちがバタバタと落ち着かない。
馬車に戻って、マリーナに聞こえるように呼び掛ける。
「マリーナ、戻ったぞ」
かちゃりと音がして、ドアが開く。
心配そうな顔をしたシャル。
魔力の変化はなさそうだが、顔色が少し悪い?
これは何かあったのか、マリーナから話を聞いたのかな。
ある程度話してもかまわないと言っておいたから、
叔母上とシルヴィの話くらいはしただろう。
「ただいま、シャル」
「おかえりなさい!」
俺を見ると、両手をあげて出迎えてくれる。
もう抱き上げられるのが癖になっているらしい。
それが可愛らしくて、すぐに抱き上げる。
ひざの上にのせたら、ぽふんと胸に寄りかかってきた。
めずらしいな。俺と離れていて不安だったのかな。
少しだけい抱きしめるとうれしそうに尻尾が揺れる。
あぁ、俺も不安だったのか。
抱きしめたら、さっきまでのいらいらが消えていく。
「さて、少し遅くなったが、魔術院に行くか」




