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此の世に生まれし者は  作者: 児島らせつ
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第二章 ゲームのはじまり3

「ここにいる八人は、お互いのパートナー以外は、赤の他人だ。どんな人物なのか知らない者どうしで順番を決め合おうとしても、恐らく結論は出ないだろう。そこで、提案だ……。それぞれのパートナーどうしがお互いに相談して、二人のうちのどちらが助かるかを決めるというのはどうだ。この方法なら、自分たちが二人とも死んで、赤の他人が二人とも生き残るなんてこともないから、不公平感も少ないってもんだ」

 清水の今までの言動を見ていると、本来なら他人を暴力で蹴落としたいところなのだろう。だが、この部屋の中では暴力は認められない。最大の武器を失った自分自身が生き残るため、必死に考えて捻り出した方法に違いなかった。

 冷静に考えると、それが最良の方法かどうかという点には、疑問が残る。僕は、もう少し考える時間が欲しいと感じていた。

 しかし、危機的な状況のなかで、この部屋の多くの面々の心理状態に、偏りが生まれはじめていたようだ。双子や榊原たちは、清水の話に深く頷いた。

 そもそも、いくら考えてたところで、誰もが満足する答えなど、見つかるはずもないのだ。どんな方法を選んだとしても、誰かは必ず犠牲になり、後悔する。それならいっそ、誰かが提示してくれたルールに則ったほうが気が楽だ。

 そんな気持ちが、清水の提案に対する抵抗感を薄める方向に働いているように思われた。

 ――こいつに逆らうと、面倒なことになる。

 あるいは、そのような考えも多少あったのかもしれない。

 実際、僕自身も判断力が麻痺していく感覚に襲われつつあった。

 僕の揺れ動く思考をよそに、清水はズボンのポケットに手を突っ込むと、もう一度、一同を上目遣いに見渡した。全員の視線は当然、清水に集中していた。

「具体的には、その相談で助かると決まった人物Aが奇数番目に部屋を出て、残念ながら“処分”されると決まった人物Bが、Aに続いて偶数番目に部屋を出るというわけだ。相談の方法は、話し合いでも何かの勝負でもいいから、二人の間で決めてくれ。どうだ?」

 清水の少々甲高い声が、打ちっ放しのコンクリートの壁に反響して、部屋の中に響き渡った。清水の声が反響する度に、僕たちの心はその声に浸食されていく。

 そのとき、双子の一人が小さく手を挙げ、誰に指名されるでもなく尋ねた。先ほど、スピーカーの声に対して質問した、水色のTシャツを着たほうだった。

「この部屋には八人、つまり四組が監禁されています。どの組から退出するかは、どうやって決めるんですか?」

「そんなのは……。くじ引きでいいだろう。ただ、俺とこの女、高柳(たかやなぎ)()()は、最初の組になる。まあ、景気づけみたいなもんだ」

 清水は、怯えたような目つきで傍らに座り込んだ高柳瑠理を、顎で指した。

 一同の心に渦巻く複雑な思いをよそに、清水は嬉々として、この場を仕切り続ける。その姿は、まるで彼こそが胡散臭い宗教の教祖であるかのようだ。

「じゃあ、さっそく決めようか。誰か、紙を持ってねえか。そうだなあ……。ティッシュでもいい」

 清水の視線に射止められた水色のTシャツの双子が、諦めた表情でポケットティッシュを差し出した。清水は、ティッシュを一枚抜き取ると三本に裂いてこ(・)より(・・)をつくり、その先に手持ちのボールペンで印をつけていく。

「いいか。ボールペンでつけた印の数が、その二人組の順番だ。くじを引くとき、ついでに名前を名乗ってもらおうか」

 僕たちは、順番にくじを引く。

 最初に手を伸ばしたのは、水色のTシャツの双子だった。

「僕は、屋舗(やしき)(しょう)()といいます。僕の隣に座っている茶色いTシャツの彼は、兄の(しょう)()。見ての通り、僕たちは双子。一卵性双生児です」

 そう言いながら引いたこ(・)より(・・)の先には、黒い印が三本ついていた。

「お前らは、三番目だ」

 続いて、うなだれたままの榊原の代わりに、彼の横に座っていたロングヘアの女性が手を伸ばし、二を引き当てた。彼女は(さか)(ぬま)亜紀(あき)と名乗った。

 次は、僕の番だった。僕は、気がつくと無意識のうちに、こより(・・・)に手を伸ばしていた。

「僕は浜城彰。彼女は網島舞香です」

 そう言いながら僕が引いたこ(・)より(・・)の先には、黒い印が四本、見えた。つまり、僕と舞香の順番は、最後だった。

「俺たちは、話し合いで順番を決めることにする。お前たちは、各自で勝負でも話し合いでもして、勝手に順番を決めてくれ。いいな」

 清水は、くじがなくなった右手で高柳瑠理の肩を抱き寄せた。一同は沈黙によって、消極的ながらも同意を示した。


          *


 舞香のもとに戻ると、彼女は両手で僕の左腕を力なく掴んできた。

 僕は、ふと違和感を覚えた。

 いつもの彼女なら、くじを引く僕を優しく送り出してくれるだろうし、戻ってきたときも感情を露わにしながら労をねぎらってくれるはずだった。

 僕はこのとき初めて、彼女にいつものような元気がない事実に気がついた。

 もちろん、こんな部屋に押し込まれて、命を奪われてしまうかもしれない状況にあるのだから、元気でいられるはずもない。しかし、そのような精神的な危機とは別種の、肉体的な不調による元気のなさであるように思われた。

 そういえば、若干ではあるが、顔色もよくない。

「大丈夫? 何か、体調が悪そうだけど」

 僕は、他の人に聞こえないように、舞香の耳元で囁いた。舞香は一瞬、目を見開き、次に俯いて小さく息を吐く。

「うん。実はちょっと気持ち悪くて、眠いんだ。この部屋のにおいが、ちょっと鼻につくせいもあるのかも」

 言われてみると、若干、かび臭いにおいが鼻につく。

 舞香は「でも、大丈夫」とは言ったものの、明らかに強がっていた。客観的にみると、とても大丈夫には見えなかった。

「彰をこんなことに巻き込んじゃって、本当にごめんね」

 強い感情がこもった言葉とは裏腹に、声が弱々しい。

「君のせいじゃないよ」

「でも、私が無茶をしなければ、こんなことには……。いつも、こうなんだよね。私、無茶をしてばっかり」

「友だちのことを思っての行動なんだから、仕方がないよ。きっと僕が同じ立場でも、同じことをしたと思う」

 僕は、宙を見ながら深呼吸をすると、舞香に向かって微笑んだ。あるいは、苦笑いに見えたかもしれない。

「そもそも、君が心配でこの施設に乗り込んだうえ、計画性も何もないまま、君を連れて逃亡しようとした僕に、君のことを責める資格はないんだよ」

「有り難う。彰はいつも、優しいね」

 そう言うと、彼女は清水と高柳瑠理の二人に視線を移し、無言になった。

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