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此の世に生まれし者は  作者: 児島らせつ
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第二章 ゲームのはじまり1

 地下室の中には、すでに六人の男女がいた。

 僕と舞香は部屋に入ると、ほかの六人とできるだけ視線を合わせないようにしながら、奥まった一角に腰を下ろした。

 八人の人間がいるにもかかわらず、室内は静寂に支配されていた。

 僕たちを含めた誰もが、何が起こるのか戦々恐々としていた。次にとるべき行動を決めかね、お互いの様子を探っているようでもあった。

 と、部屋のもっとも奥に座り込んでいたチンピラが立ち上がった。ドアに歩み寄ってドアノブを回すが、当然、ドアノブは回る気配をまったく見せなかった。

 次の瞬間、チンピラは渾身の力を込めて、ドアを蹴り飛ばした。

「いい加減にしやがれ! こんなことをして、ただですむと思うなよ!」

 二回、三回と蹴るたびに、大きな音が室内の空気を不快に震わせた。しかし、大きな音が響くばかりで、肝心の扉はびくともしない。

 鋭い目つきの紳士が、うなだれた姿勢のままで、吐き捨てるように言葉を発した。

「そんなことをしたって無駄だよ。この部屋に入れられた人間は、生きて外には出られないんだ」

「何だと? どういう意味だ?」

 チンピラが振り向き、紳士を睨みつける。

「俺は知ってるんだ。ここは教祖様のご意向に沿えなかった者が“処分”される前に集められる部屋なんだよ」

 紳士は、この部屋について、僕たちが知っている以上の情報をもっているようだった。教団内部の事情をより詳しく知っているということは、信者か、あるいはその関係者なのだろうか。

 紳士は続ける。

「俺たち二人もそうだが、あんたたちも、他の部屋にずっと監禁されていたんだろう? ここにいる全員が、監禁されている大勢の中から今回、“処分”される者として選ばれ、この部屋に集められたんだ」

 どうやら、僕と舞香以外の六人は直接、この部屋に連れてこられたのではなく、ほかの部屋での監禁生活をへて、この部屋に連れてこられたようだった。

 紳士の言葉に戸惑っている彼らの様子から判断すると、連れてこられて、まだそれほど時間はたっていないらしい。

「“処分”だと? いい加減なことを言うんじゃねえ!」

 チンピラは、縁起でもない自分の未来を告げられて、冷静ではいられなかったのだろう。紳士に詰め寄るとしゃがみ込み、眉間に皺を寄せながら顔を覗き込んだ。

「もうすぐ、教祖様が言うところの、審判が下されるんだ。そして俺たちは“処分”される。あんただってそうさ」

 紳士は、視線を合わさないように斜め下を向きながら、生気を欠いた表情で呟く。

「この教団は数年前から、自分たちの意向に逆らった人物を片っ端から監禁しはじめたんだよ。ところが、あまりにも大勢を監禁するものだから、監禁場所も足りなくなるし、経費だって馬鹿にならなくなってきた。そこで、苦し紛れにはじめたのが“処分”ってわけだ」

 紳士と一緒に座っていたスリムな女性が、チンピラに視線を送りながら、補足する。

「最初はそれなりに慎重にやってたらしいけど、繰り返しているうちに慣れちゃったのか、たがが外れてどんどんエスカレートしていったのよ。今じゃ教団の“浄化”に必要な儀式として年に数回、当たり前のようにおこなわれているわ」

 宗教団体が、盲目的な信仰心と集団心理によって殺人カルト集団と化してしまう例は、古来から枚挙に暇がない。この教団もそのような例の一つなのだろう。想像していた以上に凶悪な集団だったようだ。

 今まで重苦しかった室内の空気が、女性の言葉とともに、さらに何段階か重みを増した気がした。誰もが、残り少なくなった自分の命を、先程にも増して意識した。

「くそっ。無事に外に出たら、承知しねえからな。覚えてやがれ」

「生きて外には出られない」という紳士の話を聞いていなかったのだろうか。チンピラは、生きたままで外の世界に出る前提で、誰にともなく怒りをぶつけた。

「どんなに暴れようと、悪態をつこうと無駄だよ。さっきも言った通り、この部屋に入れられた以上、無事に外に出ることはできないんだ。仮に運よく外に出られたとしても、この教団の力は、あんたが考える以上に強大だ。あんたにできることなんて、何もないよ」

「何だと?」

「何もできない」という言葉に自尊心を傷つけられたのだろうか。チンピラが眉間に皺を寄せながら、再び紳士に顔を向けた。

「この教団は、裏ではあんたたちみたいな反社会勢力の上層部とも強い繋がりをもっている。この教団に限らず、この手の宗教団体は政治家や警察、反社会勢力と意外に親和性が高いんだよ。最近、東京西部で急速に勢力を伸ばしてる真田一家って知ってるかい? あそこの組長も、この教団の古くからの信者だ」

 チンピラの顔から、血の気が引いた。どうやら、当面の敵が、自分たちに近しい世界にまで想像以上の影響力をもっている事実に、ショックを受けたようだった。

 チンピラは「チッ」と舌を鳴らし、怒りの遣り場に困ったのか、紳士に手を伸ばして胸ぐらを掴んだ。「知ったような口をきくんじゃねえよ」

 紳士が「うっ」と小さく呻いたとき、室内に声が響いた。

「この部屋で、暴力は固く禁止されています」

 チンピラの行為を咎める声だった。

 室内の誰の声でもない。明らかに第三者による明瞭な、しかし感情の籠っていない機械的な声だった。

 どこから発せられている、誰の声なのだろう。

 僕は、部屋の中を見渡し、ふと天井を見上げた。

 蛍光灯の横に、スピーカーらしき小さな装置が見えた。どうやら、声はそこから聞こえてくるらしかった。

「皆さん、離れてお座りください。今から、重要なことをお伝えします」

 その声を聞いたチンピラは、眉間の皺をさらに深めて口を歪めながら、目の前の紳士に一段と顔を近づけた。

「お前、名前は?」

 紳士は胸ぐらを掴まれたまま、蚊の鳴くような声で「榊原(さかきばら)洋平(ようへい)、だ……」と短く答えた。

 相手の名前を確認したチンピラは

「俺は清水(しみず)清水康介(こうすけ)だ。あとで詳しい話を聞かせてもらうからな。覚えてろよ」

と捨て台詞を残して、自分が先程まで座っていた場所に戻る。化粧が濃いめの愛人の横に腰を下ろすと、右肘を膝の上に乗せて不機嫌そうに頬杖を突いた。

 清水が大人しくなると、全員が声を聞く意志を示したと判断したのか、声の主は再び話しはじめた。どこかに小型カメラでも仕込まれているのだろうか。

「当初、我々はあなた方全員を“処分”する予定でした。しかし、本日の午後、教祖様に初めてのお子様がお生まれになりました。しかも、男の子です。大変、喜ばしいことです。そう、思いませんか?」

 突然、感想を問われた。僕たちは、どう答えていいかわからずに、顔を見合わせた。

 そんな僕たちの戸惑いに気をかけるでもなく、話は続く。

「このような慶事に鑑み、教祖様がある重大な決定が下されました」

 一瞬の沈黙。ここにいる全員が、唾を飲んだ。

「重大な決定。それは“恩赦”です」

 室内の空気が、一変した。

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