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此の世に生まれし者は  作者: 児島らせつ
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第一章 拉致監禁3

 目を覚ますと、僕はベッドの上に寝かされていた。手すりの横にある白いカーテンが半開きになっていて、その向こうには不安そうな表情で椅子に座る舞香の姿があった。

 舞香の後ろにはガラス棚があり、薬品らしき瓶などが並んでいる。どうやら、医務室のようだった。ガラス棚の横にある机の前には、医師らしき白衣の男性が僕たちに背中を向けて座り、書類の上にペンを走らせている。

 舞香は、僕が意識を取り戻したことに気づくと、心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

「大丈夫?」

「ああ、何とかね」

 上体を起こそうとしたが、体の自由が利かなかった。手首を見ると、革製のベルトでベッドに拘束されていた。無理矢理、腕を引っ張ったとき、首に痛みが走った。スーツ姿の男に首を掴まれたとき、捻ってしまったらしい。

「私たち、どうなるのかしら」

 舞香が、俯き加減で呟いた。

 舞香は、これから何が起こるかわからない恐怖に怯えているに違いなかった。

 ――僕が無謀なことさえしなければ、こんなことにならなかった。

 僕が何もしなければ、多少時間はかかったかもしれないが、舞香はやがて教団施設を出ることができただろう。僕は、舞香を面倒なことに巻き込んでしまった自分の迂闊さを悔いた。

「ごめん。こうなってしまったのも全部、僕のせいだ」

「そんなことない。私の方こそ、ごめんね」

 情けなさに、涙が出そうになった、しかし、無慈悲な教団は、僕に泣いている時間さえ、与えてくれなかった。

 僕の目覚めに気づいたらしい医師が、電話の受話器を取り、誰かと話しはじめた。すると、間もなくドアが乱暴に開き、白い服を着た三人の男たちが部屋に入ってきた。

 真っ直ぐにベッドの傍らに歩み寄ると、三人のなかでもっとも背の高い男が「事務長がお呼びだ」と抑揚を欠いた機械のような声で僕たちに告げ、手首のベルトを外した。

「どんな話ですか? ひょっとして、中本沙耶さんの話でしょうか?」

 男たちは舞香の質問に答えることなく、立ち上がるように手で合図をする。僕は仕方なく、舞香の手を借りながらゆっくりと立ち上がると、彼女とともに部屋を出た。

 二人の男が僕と舞香の前方を、そして背の高い男が最後尾を歩く。薄暗く、長い廊下をしばらく歩くと、男たちは一つの部屋の前で立ち止まった。最後尾を歩いていた長身の男がノックをする。

「入ってよろしい」という声が聞こえた。僕たちは、ノックをした男に促され、開いたドアから入室した。

 無機質な事務机が一つだけの、簡素な部屋だった。机の向こう側には、一人の男が腰かけていた。男は、カトリックの神父を意識しているのだろうか、詰襟の黒いコートのような服装に身を包んでいた。

 入口のすぐ横には、一人の屈強な男が、表情を崩さずに立っていた。数十分前に僕の首を捩じり上げた、例の黒いスーツ姿の男だった。

 神父もどきの男は、僕たちを一瞥すると、眉を小さく吊り上げながら言った。

「今から、事情聴取をおこなう」

 事情聴取は、一方的な裁判のような内容だった。僕が勝手に施設内を歩き回ったこと、舞香を無断で連れ出したこと、追っ手に危害を加えたことなどを執拗に糾弾するばかりで、僕たちに弁明の機会が与えられることは、最後までなかった。

 被告を前にした検察官気取りの神父もどきは、一頻り喋り終えると、今度は厄介払いでもするかのように言った。

「B棟の地下二階、四号室に連れていけ」

 その言葉に、僕と舞香をこの部屋に連れてきた男たちが、僕たち二人に退出を促した。彼らに続いて部屋の外に出ようとした、まさにそのときだった。

 神父もどきは、僕たちの背中に向かって静かに言葉を吐いた。

「君たちは“処分”される」

 ――ショブン?

 一瞬、単語が頭に入ってこなかった。僕は、思わず振り向くと、疑問をそのまま口にした。

「どういう意味ですか?」

「その言葉通りの意味だ。君たちが生きたまま、この施設から出る望みは、残念ながら叶わない」

 担当者は、すべての感情を排除した表情で、冷たく言い放った。

 ――生きて、出られない?

 予想だにしていない言葉だった。瞬間、頭の中が真っ白になった。

 ――どういうことだ?

 僕たちはただ、この施設から元の世界に戻ろうとしただけだ。

 途中、教団関係者と揉み合いになるというトラブルはあったが、それはあくまで不可抗力であり、ことさら積極的に悪事をおこなったわけではない。

 そもそも、日本という法治国家で、そのような私刑が許されていいはずがない。

 気がつくと、僕は振り向き、声を荒らげていた。

「ちょっと待ってくれ! どうして僕たちが、そんな理不尽な仕打ちを……」

 神父もどきに詰め寄ろうと一歩を踏み出したとき、僕は痛みに言葉を失った。横にいた屈強なスーツ姿の男に、右腕を捩じ上げられたのだ。視界の隅に、僕に駆け寄ろうとして制止される舞香の姿がちらりと見えた。

 痛みに顔をしかめる僕を忌々しそうに睨みつけながら、机の男は言った。

「早く連れていけ!」

 こうして、僕と舞香は、ともに施設内にある地下の一室に監禁されることになった。

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