第十一章 此の世に生まれし者は2(最終話)
眩しさに、目が覚めた。
目を開けると、カーテンの隙間から差し込んだ朝の光が、僕の顔を照らしていた。
上半身を起こし、目を細めながら光の方向に顔を向けると、隙間の向こうに夏の青空が広がっていた。
枕元に視線を移して、時計を見る。午前八時と表示されていた。
昨日は遅番だったので、今日の出勤時間は午後一時だ。
午後一時半には、企業に対するハッキング用プログラムの修正点について、情報戦略班と打ち合わせをする予定になっている。
僕はベッドからゆっくりと起き上がると、トイレへと立った。
ダイニングキッチンの方向から、包丁で食材を切る音や、ガスコンロから炎が上がる音が聞こえてくる。それらの音に混じって、ときどき、パタパタとキッチン内を忙しげに歩き回るスリッパの音も聞こえてくる。
コンロにかかっているのは、味噌汁なのだろう。味噌の甘い匂いが漂ってくる。
トイレを終えてダイニングキッチンに顔を出すと、キッチンカウンターの向こうに、学校の制服である半袖ブラウスを着た柚奈の後ろ姿が見えた。
「今日は、いつもより早いな」
不思議に思って声をかけると、柚奈が驚いて振り向いた。
「びっくりさせないでよ」と言いながら、コンロの火を止める。
「今日は日直だから、いつもより二十分ぐらい早く出なきゃならないの。お父さんが食べる分は、自分でついでね」
そう言いながら、自分のご飯だけを手早く食卓に並べると、「お先に、いただきます」と手を合わせた。
僕は「わかった」と言い残すと、洗面所へ向かって顔を洗い、歯を磨く。
口をすすぎ終わったとき、ダイニングキッチンのドアが勢いよく開く音が聞こえた。どうやら、柚奈が廊下に飛び出したようだ。そのまま、玄関に向かってドタバタと走る音が聞こえる。
洗面所から顔だけを出すと柚奈が振り返り、慌てた様子で口を開いた。
「そうそう。今日の放課後は、第二聖堂で教義に関する講義があるから、帰りはちょっと遅くなる」
そう言いながら、玄関横に飾られた肖像画の方向を向いて目を瞑り、右手で十字を切る。短い祈りの後に目を開けて靴を履くと、靴先をトントンと土間に打ちつけ、何ごともなかったかのように玄関から駆け出していった。
残された僕は、玄関のドアに歩み寄って鍵を閉めながら、肖像画に目を遣る。
四角い枠の中で、祭服に身を包んだ教祖が微笑んでいる。
――今日も、暑い一日になりそうだ。
僕は教祖を見上げながら、そんなことを考えた。
(了)