第十章 網島舞香の場合3
――だったら、誰かと家族になればいい……?
見慣れた星空に、新しい星を見つけた気分だった。しかし一方で、新しい疑問が生まれた。
――誰かと家族になるなんて、私にできるの?
言葉で表現するのは簡単だが、どうすればいいのか、方法がわからない。そして何より、自分にその資格があるのか、自信がなかった。
舞香は、恐る恐る尋ねる。
「私なんかが、誰かと家族になっても、いいの?」
返事を聞くのが怖かった。
しかし、男の子の答えは、舞香の恐怖心を打ち払うには、十分なものだった。
「もちろんさ。君が誰かと家族になること、そしてその家族と幸せを掴むことを止める権利なんて、誰にもない。たとえ神様でも、だ」
中学生とは思えない、大人びた、自信に満ちた表情だった。
その言葉で舞香は、長く手探りで歩き続けていた絶望の闇の中に、光を見た気がした。
心が強くなった。
――今は独りぼっちだとしても、永遠に独りぼっちってわけじゃない。
――私もいつか……。
舞香は、両手で缶コーヒーを固く握り締めたまま顔を上げ、男の子に向かって笑顔を向けた。
しばらく忘れていた笑顔だった。だが、その顔は、いつの間にか溢れ出ていた涙で、グチャグチャになっていた。
涙で滲んだ視線を、男の子の制服の胸に向ける。岡原中学校という校名とともに、名前が見えた。
浜城彰
――有り難う、浜島彰君。私は、あなたの名を、一生忘れない。
舞香は、男の子の名を心の中で何度も繰り返し呟きながら、そんなことを考えた。
*
一命を取り留めたばかりか、未来に対する微かな希望を手に入れた舞香は、高校に入って沙耶と知り合った。
沙耶は、舞香にとって初めての親友らしい親友となった。
――あのとき、もし陸橋で命を落としていたら……。紗耶に出会うことは、決してなかった。
そんなことを考え、自分の命を救ってくれた浜城彰という名の男の子に改めて感謝した。
そして、あの“事件”から十年あまり。
舞香は、職場のジムで浜城彰を名乗る人物と出会った。
本当に、偶然だった。
出会った瞬間、胸の奥底に閉じ込めていた記憶が、まるで昨日のできごとのように心のスクリーンに鮮明に蘇った。
あまりにも出来過ぎたシナリオに、最初は同姓同名の別人かと考えた。
しかし、その顔には、あのときの男の子の面影があった。さらに雑談のなかで、彼は舞香が育った町の隣町にある、岡原中学校の出身であることが判明した。
さりげなく探りを入れてみたところ、確かに自殺しようとした少女を助けた経験があるらしかった。記憶が曖昧で、詳しい状況をよく覚えているわけではなさそうだったが、彼があのときの浜城彰である事実に、もはや疑いの余地はなかった。
あのときのできごとは、舞香にとって忘れてしまいたい過去であり、彼と共有したい記憶ではない。しかも、もし自分があのときの少女である事実を告げたら、「助けた人間」と「助けられた人間」という、余計な人間関係が新たに生まれるかもしれない。
そのため、自分があのときの少女であることは、敢えて告げなかった。
だが、すべてが運命としか、思えなかった。
そのとき、舞香は心に決めた。
――独りぼっちは、終わりだ。この人と、家族になろう。
――そして、新しい絆を、命を育もう。




