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此の世に生まれし者は  作者: 児島らせつ
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第九章 最後の退出者2

 ――そうだ。舞香は、すべての弱者を救おうとしたのだ。

 清水は、明らかに高柳瑠理を精神的に支配していた。彼らだけではない。榊原たちと屋舗兄弟の立場にも、不公平な勝負を通じて、結果的に支配と服従という関係が生まれた。

 清水と高柳瑠理の遣り取りを聞いていた舞香は、順番を決める手段が話し合いであろうと、何らかの勝負であろうと、「支配され、服従する弱者が、外れくじを引くことになる」ことに変わりないという事実を理解した。

 これが小説や漫画だったなら、か弱い女性や正義感に溢れる主人公が、悪人の“力による支配”に屈することなく大逆転劇を演じた末、無事に脱出を果たすのだろう。しかし、現実はそんなに甘くはない。

 現実の世界では、支配する者は最後まで支配する者であり、服従する弱者は最後まで服従する弱者であり続けるのだ。

 そこで舞香は、最後ではなく最初に部屋の外に出ることで、後に続く強者と弱者の立場を人知れず逆転させ、僕のみならず弱者全員を救済しようとしたのに違いない。

 もちろん、必ず成功するという保証はなかった。しかし、少なくとも弱者が助かる確率は、確実に高くなる。そう考えて、実行したのだろう。

 ひょっとしたら「浜城彰を助けたい」、「清水が憎い」という、目の前にあったふたつの感情が、その行動を後押ししたという事実もあったのかもしれない。

 いずれにしても、舞香の奥妙な計画に対して、僕はただ一つの賞賛の言葉さえ見つけることができなかった。

 代わりに、一刻も早く舞香のもとに駆けつけて、とにかく労をねぎらってあげたいと、心の底から考えた。

「彼女は、舞香はどこですか? 赤ちゃんには申し訳ないけど、堕胎が終わったら、一緒にここから出たいんです」

 妊娠の事実や計画を僕に告げてくれなかった理由についても、ぜひ確認したかった。

 そんな僕の問いに対して、男は無表情のままで答えた。

「それは、できません」

 僕は耳を疑った。

「何だって?」

「母親は、助かりません。彼女の希望で、本人ではなく赤ちゃんが助かることになりました」

「そんな……」

 後の言葉が、続かなかった。

 今の今まで、舞香は赤ちゃんを犠牲にして助かるとばかり思っていた。そう信じることに、一片の疑いももっていなかった。

 しかし、そうではなかった。

 血の気が引いていく頭の中で、半年前、舞香がベッドの中で囁いた言葉が脳裏に鮮明に蘇った。

 ――あなたなら、赤ちゃんと私、どっちに助かってほしい?

 今にして思えば、あのとき舞香は、こう思っていたのだ。

 ――自分ではなく、赤ちゃんを守りたい。

 今回の脱出ゲームでも、舞香は同じことを考えていたのに違いない。


 ――赤ちゃんは、何よりも大切な存在であり、同時に弱者。赤ちゃんこそ、救済の対象としてふさわしい。


 舞香が、妊娠の事実や今回の計画を僕に告げなかった理由も、今、初めて理解することができた。

 恐らく舞香は、この施設内で自分の妊娠を知った。当初は、適切なタイミングを見計らって、僕にその事実を告げようと考えただろう。

 しかし、部屋に監禁されて、自分と赤ちゃんのどちらかしか助からない状況になった時点で、妊娠を僕に告げることはできなくなった。僕が、赤ちゃんを助けることに反対することはわかり切っていたからだ。

 当然、奇数番目と偶数番目を入れ替えて僕を助けるという計画も、打ち明けることはできなかった。この計画の内容を説明するためには、まず舞香自身が妊娠していることを告白しなけらばならなかったのだから……。

 ――僕は、舞香の気持ちをまったく理解していなかった。

 衝撃的な事実が、僕の魂を激しく揺さぶった。理屈では説明のつかない後悔の念が荒波のように押し寄せた。自分の考えの浅はかさに、心と体が打ち震えた。

 握り締めた拳がブルブルと震え、額から冷たい汗が滴った。

 考えてみればルール説明のとき、「二人が一度に外に出た場合はどうなるんですか?」という翔次の質問に対して、スピーカーの声は、こう答えた。

「“処分”される本人が十分以内に意思表示をしない場合は、二人とも“処分”されることになります」

 つまり、赤ちゃんが自分で「“処分”を希望する」と意思表示できない以上、もともと舞香に助かる道はなかったのだ。

 僕は頭を抱え、固く目を瞑る。瞼の裏に広がる絶望の淵に、今にも吸いこまれてしまいそうだった。

 男は、そんな僕の動揺を無視したまま続ける。

「母親は部屋を出てすぐ、体調を崩したそうです。切迫早産のようです。さまざまな精神的ストレスが原因かもしれません。今は妊娠二十五週目らしいのですが、先程診察した医師によると、予定日よりも三ヶ月以上早く、帝王切開をしなければならないかもしれないとの話です」

「赤ちゃんが生まれたら、そのとき彼女は……?」

「残念ながら、ルールですので……」

 男は、申し訳なさそうな顔をした。しかし、それが意識的につくられた表情である事実は、明白だった。

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