第八章 四人の退出
僕、浜城彰は部屋の片隅で、四人が繰り広げるコインゲームをぼんやりと眺めていた。
つい今しがた、はじまったばかりのゲームは、二勝一敗で榊原・坂沼組がリードしていた。
僕は、兄である翔太が巾着袋からコインを取り出す様子を視界の隅に捉えながら“恩赦の儀式”、つまり密室からの脱出ゲームのルールについて考える。
ルール説明の声は、こう言った。
――奇数は、より多くの人を救います。
なぜ、奇数がより多くの人を救うのだろう。
そして、なぜ舞香は、体調が悪かったにもかかわらず、ほかの全員を裏切り、真っ先に部屋を退出するなどという、およそ彼女らしくない暴挙に出たのだろう。
僕は、次々と浮かんでくる疑問を頭の中で並べ、すべての疑問を矛盾なく説明することができる解を探しはじめた。
それは、舞香が裏切り者などではないという証拠を探すための作業でもあった。
奇数、体調不良、裏切り……。
僕は、並べられたカードを順番に眺めながら、推理を組み立てては解体していく。
何分ぐらいの時間がたっただろう。
ある推測が突然、頭の中に降りてきた。
――そうだったんだ!
僕が、この脱出ゲームに隠されていた大きな秘密に気づいたのと、ほぼ同時だった。
「そんな馬鹿な!」
翔太の声が、コンクリートの壁面に大きく響いた。
どうやら、ゲームの勝敗は決したようだった。四人の様子から推測すると、榊原・坂沼組の勝利らしかった。
翔太が、納得しない様子で何やら叫んでいる。その抗議を遮るように、放送が流れた。
「すでに勝負が成立している以上、抗議は認められません」
やがて、翔太は天を仰ぐと「畜生……」と呻き声を漏らした。
その背後で、事務的な口調の放送が続く。
「あなた方は、勝負に負けました。よって、榊原氏と坂沼氏を勝者と認めます。この時点で結果を否定することはできません」
放送が終わると、翔次がうなだれる翔太の腕を掴み、支えた。
翔太が、翔次の顔を力なく見上げながら「ごめん、全部、兄ちゃんのせいだ」と震える声で呟いた。翔次は、俯き加減で「兄ちゃんのせいじゃないよ」と答えると、静かに目を閉じた。
それから、数十秒のときが流れた。
翔太は翔次の腕を離れ、ドアに向かって足を引き摺るように歩きはじめる。そのまま、音もなくドアを開け、入口の向こうに消えていった。
ドアが閉まると、電光掲示板に「退出確認」という文字が点灯した。
偶数番目である、四人目の退出者だった。
続いて、坂沼亜紀がドアを出る。電光掲示板の点灯を確認した榊原が、残された翔次に向かって「さあ、君の番だ」と短く声をかけた。
青白い顔で俯いていた翔次は、すべてを諦めた様子で、榊原の声に促されるままに歩を進める。震える手でドアを開け、重い足取りで部屋の外に姿を消した。
これで、退出者は六人。
四人のうちで最後の退出者となる榊原は、ドアの前まで歩くと、僕を振り向いた。
「君には、本当に申し訳なかったと思っている。だが、それもこれも君の彼女が原因だ。彼女が変な気を起こさなかったら、こんなことにはならなかった。恨むなら、彼女を恨むんだな」
そう言い残して、榊原は静かにドアの外へと消えていった。ドアの上で点灯している「退出確認」の文字が、やたらに明るく感じられた。
こうして、部屋の中には僕だけが残された。