第六章 屋舗翔次の場合2
はったりだった。そんな証拠など存在しないことを、僕は誰よりもよく知っていた。
だが、その一言で、右頬を押さえていた教団幹部の顔色が微かに変わった。幹部は、身動きが取れなくなった翔太を忌々しそうに見詰めながら、「あの部屋に連れていけ!」と、震える声で叫んだ。
僕たちは精一杯の抵抗を試みたが、所詮は多勢に無勢だった。さしたる成果を上げることもできないまま、監禁部屋に放り込まれた。
薄暗い部屋の中で膝を抱えて座りながら、僕の思考は教団に対する怨嗟に完全に支配されていた。
――すべては、この教団のせいだ。
そもそも、宗教二世などという呪わしい運命がなければ、このような目に遭わずにすんだのだ。
逃れようとしてもがいても、決して逃れることができない、どこまでも僕たちを追いかけ纏わりついてくる、宗教という忌まわしい呪い。
僕たちは体中に纏わりついた呪いにがんじがらめに縛り上げられ、身動き一つできないまま、暗い信仰の海に沈もうとしている。
*
自分の人生に絶望しながら、僕はコインゲームに意識を戻した。
勝負は、十二回目に入っていた。
坂沼亜紀が、床の上で☆を示しているコインに手を伸ばす。そのまま二本の指で摘まみ、ゆっくりと裏返す。
示された印は、☆だった。
これで、三勝九敗。
再び、自分たちの運のなさに打ちのめされた。
――あと二敗で、僕たちの負けだ。
逃れることができない、不幸な運命を恨んだ。
そのとき。
僕はある事実に気がついた。
――コインは、裏と表を別々に考えるべきではないのか。
確認のために、僕は脳内で今回の勝負をシミュレーションしてみる。
床に置いたコインが☆を示していたとき、その印は
①両面☆のコインの表。
②両面☆のコインの裏。
③両面が異なる印のコインの一方。
の三通りだ。
コインが★を示していたときも当然、同様に考えられる。
つまり、裏返したときに同じ印になる確率と、異なる印になる確率は、等しくないのだ。
――同じ印が出る確率は三分の二だ!
考えてみれば、当然の話だ。巾着袋には、両面とも同じ印のコインが二枚入っているのに対して、両面が異なる印のコインは一枚しか入っていないのだから。
僕は、衝撃の事実に眩暈を覚えた。
――このゲームは不公平だ!
気がつくと、十四回目の勝負が終わり、五勝九敗となっていた。
僕は、翔太に近づくと耳に口を近づけ、ゲームの真相をそっと告げた。
「このゲームは公平じゃない。確率的に、彼らにとって有利になっている」
――このゲームが公平ではないことを申告して、無効にするべきだ。
そう伝えるつもりだった。
翔太は、驚いた様子だった。しかし、それも一瞬だった。
すぐに落ち着いた表情を取り戻し、僕に右掌を向けて、制止するような仕草を見せた。その目は、自信に満ち溢れていた。
このゲームが公平ではないと知ったうえで僕を制したということは、何か考えがあるということに違いない。
――まさか、勝つ自信があるのか?
俄かには信じ難いことだが、翔太の表情を見ると、そうとしか考えられなかった。
――翔太を信じよう。
そう心に決めた僕は、無効にするという提案を胸の奥にしまい、黙って勝負を見守ることにした。
そうしている間にも、勝負は続く。
翔太は、今までの負けを瞬く間に挽回するばかりか、気がつくと逆転して十勝九敗になっていた。
確率的に信じられない話だが、翔太は今、確率を超えた奇跡を起こしている。
――あと一勝だ。
奇跡を目の前にして、僕の気持ちは一気に高ぶった。勝利を確信する思いと、神に祈る気持ちが交錯して、握る拳が汗で濡れた。
次の勝負は、残念ながら相手の勝ちだった。これで十勝十敗の五分だ。
それでも僕は翔太の勝ちを疑っていなかった。
――流れはまだ、僕たちにある。
そのとき。
「待て! これはいかさまだ!」
思わぬ人物から声が上がった。
僕たちは、声がした方向を一斉に振り向く。
榊原だった。