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此の世に生まれし者は  作者: 児島らせつ
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第五章 坂沼亜紀の場合

 まず一回目。

 翔太が巾着袋に手を入れ、コインを取り出した。刻まれている印が見えないように細心の注意を払いながら、床の上に置く。

 コインの上側に刻まれた印は、★だった。

 私、坂沼亜紀は「よろしいですか?」と念を押し、コインに指をかける。

 頷く屋舗兄弟。二人が同時に唾を飲む音が聞こえた気がした。

 私は、ゆっくりと裏返す。裏は、☆だった。

 屋舗兄弟の勝ちだ。彼らは、ほっとした様子だった。

 しかし、勝負はあと二十回ある。これからだ。

 二回目は、★が刻まれたコインを裏返したところ、★が出た。私たちの勝ちだ。

 そして三回目も、☆を裏返して☆となり、私たちが二連勝した。

 これで、私たちの二勝一敗。

 私は榊原が見ている前で、翔太が巾着袋から取り出して床に置いたコインを、一定のリズムで裏返していく。

 簡単に裏返しているように見えるが、実はこのタイミングは簡単ではない。

 遅いと相手をじらせ過ぎて白けさせてしまうし、かといって早ければ早いで、勝負にのめり込む相手の没入感を削いでしまう。場合によっては、ゲームを途中で投げ出されたり、いかさまを疑われたりしかねない。

 それだけではない。タイミングとリズムの変化により、ゲームの流れががらりと変わってしまうことも、実際にある。

 最適なタイミングで、ゲームの行方を引き寄せる。それは、ディーラーとしての腕の見せ所でもあった。

 私は、翔太の表情を観察して心理状態を読みながら、一つ一つの動作を精密機械のように正確にこなしていく。

 四回目。

 私たちの勝利。これで三勝一敗。

 小さな安堵の息を吐きながら、カモである屋舗兄弟の表情を観察したとき、微かな憐憫の情が心の奥に流れた。

 ――彼らは、このゲームに敗れて“処分”されるのだ。

 だが、哀れみは哀れみであって、それ以上でもそれ以下でもない。手加減するつもりなど、毛頭なかった。


          *


 私の夢は、一流のマジシャンになることだった。その夢を達成するため、高校卒業とともにマジシャン養成の専門学校に入学した私は、トップに近い成績で卒業した。

 しかし、卒業したからといって、すぐに一流のマジシャンになれるわけではない。私は、有名なマジシャンの弟子になろうと、いくつかの事務所を訪問して、面接を受けた。結果は、いずれも不合格だった。

 傷心のあまり、半ば無気力になっていた私に、知人が紹介してくれたのが、新宿にあるアミューズメントカジノでのアルバイトだった。

 アミューズメントカジノとは、実際のお金をかけずに楽しむカジノのことだ。ゲームセンターの一種のようなもので、時給は決して高くなかった。しかし、続けるうちに、それなりにやりがいを感じるようになっていた。

 そんなとき、常連客から別のカジノでのアルバイトを紹介された。時給の高さにも惹かれた私は、さらなるステップアップと信じて、軽い気持ちで引き受けた。

 時給が、通常のアミューズメントカジノとは比べ物にならないほどに高かったのも、当然だった。その店は、客に現金を賭けさせて莫大な利益を得ている、いわゆる闇カジノだった。

 闇カジノで働きはじめて、数ヶ月がたった頃だった。支配人の榊原が「給料が上がり、海外のカジノで研修ができるかもしれない方法がある」と言葉をかけてきた。

 具体的には、教団への入信だった。私はこのとき、このカジノが教団の下部組織であり、教団の主要な資金源の一つになっている事実を初めて知った。

 最初は、どうするべきか迷った。だが、心地いい言葉で誘い込む手口にまんまと騙された私は、結果的には深く考えることもなく、教団に入信した。

 ――信じるふりをしていればいいのだ。ふりさえしていれば、大きな見返りを得ることができる。

 そう考えた。

 しかし、いつまでたっても海外での研修が実現することはなかった。失望した私は、教団から脱退し、闇カジノも辞めることを決心した。

 だが、目標から逸れてしまった人生をやり直すための些細な望みも、叶うことはなかった。闇カジノで働いているという事実を逆手に取られ、脅迫されたのだ。

 教団を抜けるという選択肢を奪われた私は、榊原の右腕として、彼のビジネスを助けるために頑張るしかなかった。

 ――いつか外の世界に出たとき、自分の夢に向かって真っすぐに進んでいけるように、少しでもスキルを磨いておこう。

 気持ちを切り替え、半ば自分を誤魔化しながら、盲目的に働いた。

 信者になってどれだけの時間がたっても、心の底から教祖を信じる気持ちにはなれなかった。私は、敬虔な信者として振る舞いながら、決して本当の信者にはなり下がらなかったのだ。

 それからしばらくたったとき、私は榊原がカジノの売り上げ金の一部を横領している事実を知った。架空の機材購入をでっち上げて、ペーパーカンパニーに購入費用を支払っていたのだ。

 そうとは知らずに、私はペーパーカンパニーに対する支払い業務を任されていた。きっと、私を「口が堅く、取り込みやすい女」と考えていたのだろう。

「君は何も考えず、僕の指示通りに事を進めていればいいんだ」

 何となく怪しいとは思っていたが、それによって教団が損をしようが、榊原が私腹を肥やそうが、いずれ教団を去ることになる私には関係ない。

 私は何も考えず、榊原に言われるがまま、不正行為に関わり続けた。

 そんなとき、店が警察によって摘発されるという事件が起こった。私の出世をねたんだ元同僚の女性による内部告発がきっかけだった。

 運よく店にいなかったために逮捕を免れた私と榊原は、原因となった元同僚の女性を監禁し、怒りに任せて身体的暴力を与えた。すると、手加減のしかたが不十分だったためか、その女性は死んでしまった。

 実にあっけなかった。だが、あっけなかったからといって、それが免罪符になるわけでは、決してない。冷たい床に横たわっている彼女の肉体を見ていると、私の人生の歯車が軋みながら、不快な音を立てて狂っていく気がした。

 とはいえ、そのような些細な違和感に気を止める余裕など、そのときの私にはなかった。私は榊原とともに遺体を車で山に運び、林道脇に埋めた。

 それからほどなくして、私と榊原は店が摘発された責任を取らされて、教団に身柄を拘束された。

 その後の尋問で、榊原がカジノの売り上げ金の一部を横領している事実が明らかになった。そして私も、その行為に関与していたことから、同罪と判断された。

 私の人生は、その時点で終わった、はずだった。

 しかし、間抜けな双子たちを前に、私の人生は再び光を取り戻しつつあった。私を長く閉じ込めていた腐り切った世界を飛び出し、外の世界に旅立つチャンスが、ついに目の前にやってきたのだ。

 屋舗兄弟に目を遣る。

 彼らは、自分たちを破滅に導く愚かな行為だとも知らず、巾着袋から取り出したコインを、呑気に裏返し続けている。

 一方で榊原は、その様子を見ながら露骨に満足そうな笑みを浮かべている。

 そんな愚者たちの一挙手一投足を憐みをもって眺めながら、私は誓いを新たにした。

 ――こんな支配人や双子、土の下に眠る元同僚の女、そして教団など踏み台にして、私は第二の人生で成り上がってやる。

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