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此の世に生まれし者は  作者: 児島らせつ
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第四章 コインゲーム3

「私は今でこそ、この体たらくだが、実はもともとカジノの支配人をしていたんだよ。だからというわけでもないんだが、助かる人をちょっとしたゲームで決めるというのはどうだろう? 一人残される彼、浜城には申し訳ないが、私たち二人と君たち二人が一対一で勝負して、勝った側が二人とも助かることにするんだ」

 少し間を置いて、言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開く。

「君たち二人の間でどちらが助かるかを決定するということは、助かるのはどちらか一人ということだ。私たち二人にしても、同じだ。しかし、私とのゲームに乗れば、運がよければ二人とも助かる。決して、悪い話ではないと思うがね」

 当然だが、清水の主張を、真っ向から否定する主張だった。だが、異常な状況のなかで混乱した双子の思考は、清水がいなくなった今、榊原の言葉を拠り所にしようとしていた。榊原の主張は、明らかな説得力をもって、双子の思考回路に浸み込んでいるようだった。

 気がつくと、榊原の顔から、先程までの絶望的な表情は完全に消えていた。代わりに、人の心の隙間にたやすく入り込んでいきそうな怪しげな笑みを浮かべていた。

 勝手にルールを決めていたときの清水に似て、すべてが芝居がかっていた。しかし、それを責める資格は、やはり僕にはない。榊原もまた、生き残るために、自分がもつあらん限りの技術を駆使しているだけなのだから。

 一方の屋舗兄弟はというと……。

 とくに兄の翔太は、まんざらでもない様子だった。

「いったい、どんなゲームですか?」

 翔太は榊原に向き直ると、やや前のめりの感じで尋ねた。

「なあに、簡単なゲームだよ」

 榊原が語りはじめるのを合図に、隣に立っていた坂沼亜紀がすかさず、左手首につけたブレスレットに右手を添える。パチンという音とともに、表面を装飾していた十円玉ほどの大きさの円形の金属板が外れた。坂沼亜紀は、いくつかついている金属板を続けざまに外していく。最終的に、三枚の金属板がすべて外され、坂沼亜紀の右掌に収まった。

「これは、ブレスレットの飾りですが、手品用のコインとして使うこともできるんです」

 そう言いながら、三枚のコインを慣れた手つきで右手の四本の指の間に挟み込み、掌を裏、表とひっくり返してみせた。

「坂沼君は、私のカジノでディーラーをやっていたんだよ。そして、付け加えるなら、もともとはマジシャン志望だったんだ」

 道理で、手つきが手慣れているはずだ。僕は感心すると同時に、教団のチェックをかいくぐって勝負のための道具を隠し持っていた事実に驚いた。

 彼らが今までカジノという舞台で、勝負に対する強い執着心をもって、多くの人間から大切なものを奪ってきたであろうことは、容易に想像がついた。

 僕は、道具を使って勝手にゲームをはじめることを咎める放送が流れるのではないかと、耳を澄ました。しかし、放送が流れる気配はなかった。許容範囲内ということなのだろうか。

 僕がそんなことを考えている間にも、坂沼亜紀は立て板に水といった様子で説明する。

「コイン自体にしかけが隠されているわけではありませんが、見ての通り、一枚目のコインは、どちらの面にも★の印が刻印されています。二枚目は、一方の面には☆、もう一方の面には★が刻印されています。そして三枚目は、どちらの面にも☆が刻印されています」

 言い終わると、坂沼亜紀は三枚のコインを翔太に手渡した。翔太は、三枚のコインを裏返して確認する。

 つまり、整理すると


  一枚目……表は★、裏は★

  二枚目……表は★、裏は☆

  三枚目……表は☆、裏は☆


ということになる。

 確かに、彼女の言う通りに印が刻印されていたのだろう。翔太は隣の翔次とひそひそ話をすると、深く頷いた。

 続いて、坂沼亜紀は壁に貼られた「イエス様のために、我が身と財産を捧げましょう!」というスローガンのポスターに手をかけると、下四分の一ほどをいきなり破り取った。そのまま、破り取った長方形を器用な手つきで折り畳んでいく。ほどなくして、小さな巾着袋が完成した。

 榊原が、語りを受け継いだ。

「さて、ここからがゲームのはじまりだ。まず、三枚のコインをこの巾着袋に入れた後、シャッフルして一枚を取り出し、床に置く」

 榊原の語りに合わせて、坂沼亜紀は翔太から受け取ったコインを巾着袋に入れる。一枚を取り出すと、床に置いた。★が表示されていた。

「このように、★の面が上になっていた場合、裏返したときに★が出る確率と☆が出る確率は、二分の一ずつになる。当然だ。巾着袋の中には、両面が★のコインと片面だけ★のコインが、一枚ずつ入っていたんだからね。これは、☆の面が上になった場合も、まったく同じだ」

 屋舗兄弟は、黙って深く頷いた。

「そこで、裏返したときに異なる印が出た場合、つまり★を裏返して☆になった場合と、☆を裏返して★になった場合には、あなた方の勝ちにしよう。一方で、裏返しても同じ印だった場合は、私たちの勝ち。ゲームは二十一回おこなって、先に十一回勝ったほうが勝者となる。いかがかな?」

 翔太が頷く横で、翔次が確認した。

「いかさまは、なしですよ」

「もちろん」と榊原は笑い、コインと巾着袋を翔太に手渡した。翔太は翔次とともに、受け取った巾着袋とコインを今一度、詳細に確認する。

「では、いかさまができないように、コインを巾着袋から一枚取り出し、床に置くまでの一連の動作は、あなた方におこなってもらおう。で、そのコインを裏返すのは、ここにいる坂沼君だ。それでいいかな?」

 坂沼亜紀が右手を伸ばし、二人が覗き込むコインの表面を指し示した。

「コインの表面は、指先で数字を確認する行為、いわゆる盲パイ的な行為はできないように、特別な加工が施されているので、心配はいりません。ちなみに、材質や重さも同じです」

 やがて翔太は、巾着袋にコインを入れると、坂沼亜紀に手渡しながら言った。

「わかりました。このゲームで構いません。やりましょう」

 こうして、生き残りをかけたコインゲームがはじまった。

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