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此の世に生まれし者は  作者: 児島らせつ
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第四章 コインゲーム2

「ちょっと待ってください」

 声を上げたのは、榊原の横に座った坂沼亜紀だった。驚いた清水が、彼女を睨みつける。だが、彼女はひるまない。

「あの女性が出ていった今、浜城さんを除く全員が『助からない偶数番目と、その次の奇数番目』を二人で決める状態になっています。でも、浜城さんを今、部屋から退出させると、残された人たちは『助かる奇数番目と、その次の偶数番目』を決める状態になります。そうなると、先程と同じように、順番を決めている途中で誰かが抜け駆けをする恐れがあります。だから、浜城さんには最後、つまり八番目になってもらったほうがいいんじゃないでしょうか」

「なるほど」

 清水が、顎に手を当てながら頷いた。そのまま、僕のほうを振り向くと、冷たく笑う。

「お前が部屋を出るのは最後、つまり偶数番目にあたる八番目だ。それが嫌なら、誰かに頭を下げて、三人一組にしてもらうことだ。まあ、無理な話だとは思うがな」

 八番目になるということは、部屋を出た途端、“処分”を宣告されることを意味する。

 かと言って、三人一組にしてもらうというのも、清水の言う通り、確かに無理な話だった。

 二人一組で一枠を争う場合、助かる確率は二分の一だ。しかし、もし三人で一枠を争うことになれば、当然、助かる確率は三分の一になる。僕以外の人々には、助かる確率がより低くなる三人グループをわざわざつくる利点は、まったくない。

 まして、僕は裏切者の相棒だ。僕には、八番目の人物として“処分”を受け入れるほかに、選択肢はなかった。

 僕は、諦めとともに部屋の中を見回した。

 全員が、僕と目が合うと視線を逸らす。清水だけが、「フン」と馬鹿にするように鼻を鳴らして僕を一瞥した。

 続いて「二番目は、この高柳瑠理だ」と高らかに宣言する。

 誰も何も言わない状況を確認すると、清水は高柳瑠理に顎で合図をした。

「ほら、さっき話した通り、お前が二番目だ。さっさと行け」

 その声に高柳瑠理は、生気をなくした顔で、うなだれながらドアを出ていく。

 電光掲示板が「退出確認」と点灯した。

 電光掲示板の内容を目視すると、今度は清水が意気揚々と部屋を出ていった。

 再び「退出確認」の文字が点灯した。

 こうして、部屋からは立て続けに三人がいなくなった。“恩赦の儀式”という名の殺人ゲームの開始から、十分とたっていなかった。


          *


 清水がいなくなると、束の間の平穏な時間が訪れた。

 しかし、まだ殺人ゲームが終わったわけではない。安堵の中に身を置きながらも、次に誰がどのような行動を起こすのか、僕を除く全員がお互いの様子を窺っていた。

 やがて、榊原と坂沼亜紀が、何やらひそひそ話をはじめた。どちらが奇数番目になるか話し合っているのだろう。いっぽうの屋舗兄弟は、二人とも押し黙ったままだ。

 そのまま、十五分ほどの時間が過ぎた頃だった。

 今まで俯いていた榊原が、坂沼亜紀に向かって小さく頷くと、意を決したように立ち上がった。ふうと小さく息を吐き、屋舗兄弟に歩み寄る。

 今までの彼とは異なり、その顔には明らかに強い意思と覚悟が宿っているように見えた。

「君たち、屋舗君と言ったっけ?」

 屋舗兄弟のうち、どちらにともなく語りかけると、視界の隅に僕を捉えながら、言いにくそうに口を開いた。

「彼、浜城という男についてなんだが」

 僕の視線を感じると、話を進めにくいに違いない。そう考えた僕は、敢えて彼らから目を逸らした。

「できれば、私と坂沼は、浜城とは関わりたくないんだ……」

 榊原は、三人のグループになることに対する拒否の姿勢を、遠回しに示した。

 対して、弟の翔次が「それは、僕たちもできれば…」と呟く。榊原たちよりは消極的であるものの、三人グループになることに対して、明らかに躊躇している様子だった。

 翔次が、僕のほうにちらりと視線を移動させた。申し訳なさそうな表情をしている。三人グループを否定することになり、僕に対して罪悪感を感じたのに違いなかった。

 だが、僕は裏切り者の片割れだ。何と言われようとも、彼らの考えを否定する権利など、今の僕にはない。

 彼女の裏切りに生きる希望さえ失って、抗う気力もなくなっていた僕は、俯いたままで力なく呟いた。

「僕は最後でもいいですよ」

 僕の退出順が、正式に決まった瞬間だった。

 屋舗兄弟の顔が、ぱっと明るくなったのは、気のせいではなかっただろう。

 榊原も、驚いた様子で視線を僕の顔に移動させると、「有り難う」と頷くように小さく頭を下げた。

 頭を上げた榊原は、屋舗兄弟を振り返ると、唐突に切り出した。

「考えてみれば、私たちは今まで、清水とかいう男が勝手に決めた『二人一組』という言葉に、囚われ過ぎていたんじゃないかな?」

 屋舗兄弟が、驚いたように目を見開いた。屋舗兄弟の表情の変化に手応えを感じたのか、榊原はゆっくりと続ける。

「私は、実は彼のようなタイプの人間が、大嫌いなんだよ。こちらが、いくら合理的な方法を提案したとしてもしても、決して聞く耳を持たないからね。しかし、彼が自ら『二人一組で出る順番を決めよう』などと言ってくれたときだけは、彼に心から感謝したんだ」

 屋舗兄弟が、やや不思議そうな表情で榊原を見上げる。

「考えてもみたまえ。清水が『俺たち二人は揃って助かる』なんて主張して強引に話を進め始めたとしたら、我々二人と君たち兄弟二人、この四人のうち、一人しか助からない結果になるところだったんだよ。ところが、彼が勝手に二人一組で決めるなどと提案してくれたおかげで、我々四人のうち、二人が助かる結果になったんだ」

 ここで言葉を切り、榊原は今一度、屋舗兄弟の表情をちらりと確認する。

「もちろん、清水の提案は『自分の思い通りになる高柳さんを自分の犠牲にすることで、自分は確実に助かろう』という目論見から生まれた、いわば詭弁だった。しかし、動機などはどうでもいい。彼の提案は、私たちの生存確率を高める内容だった。だから、私は敢えて、彼の提案に異を唱えなかったんだ」

 榊原は、小さく咳払いをした。

「だが、『私たちの助かる確率を高める』という置き土産を残して、彼らがいなくなった今、残された私たちが、清水の提案を踏襲する必要性は、まったくない。そう思わないかね?」

 確かに、榊原の言う通りだった。僕はあらためて、清水の犠牲になった高柳瑠理に心底、同情した。

 そんな思いを抱きながら、僕は榊原と屋舗兄弟の表情を、何気なく眺める。

 屋舗兄弟は、予想もしていなかった指摘に、明らかに心を動かされた表情だった。無言のまま、お互いに顔を見合わせている。

 榊原に指摘されたことで、何の根拠もない清水の言葉に今まで縛りつけられていた事実に、初めて気がついたのかもしれなかった。

 榊原は、屋舗兄弟の心のささやかな変化を見逃さず、畳みかける。

「そこで屋舗君。君たち二人に、一つ提案があるのだが」

 榊原は、ここで小さく咳払いをした。

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