番外編 イアン 7
「イアン兄さま」
「どうした、ユーニス」
ユーニスが、文官として各領地をめぐり終わってしばらく。リリム王国内のクーデターが成功し、正式に新たな国となり、周辺諸国を招いた大規模な宴が催された。レジスタンスと綿密に情報のやり取りをしていたのか、思ったよりもレイフはリリム王国内部をよく理解しており、その姿から他国の中でも彼らが味方に引き入れたかったのはアルムテアなのだとも、わかった。
アルムテア帝国は、周辺国家の中では大きな国に入る。当代皇帝陛下はかなり穏健で、他国と関係性を維持するのも長けているが故に、侵略された・したと言ったことはない。軍事力もさることながら、国土が広く首都を狙うのは厳しいのも、他国との衝突がない理由だが。
父は争うことよりも、発展していくことを第一に考えていた。他国と争ったところで、自国の民が豊かになれるわけではない、と以前聞いたことがある。もちろん、守るために戦うこともあるかもしれない、でもそれまでは極力避けたい、とも。
「レイフ様より、此度のクーデターの全容を聞きました。元王族たちの処遇も」
「そうか……あまり気持ちのいい話ではないからな。無理はしていないか?」
「大丈夫です。一応、私も辺境伯家の者でしたから、あの国の行く末は、知る義務があります」
「えらいな、ユーニスは。レイフの説明した通りだが、トップは平民から選ばれている。今後、あの国の王となる者は、厳しい目で見られるだろう」
「はい……」
少し表情が曇っているようにも見える、どこか泣きそうな顔。妹にとって、あの国での生活は幸せではなかったはずだが、それでも何かしらの思い出もある国だ。思うところが、ないわけではないのだろう。
「私は、これからアルムテア帝国と帝国民のために、もっと精進致します。無益な争いは、悲しいだけですから」
レイフから、エインズワース辺境伯家のことも聞いたようで。辛いことばかりだったとしても、虚しさを感じているらしい。自分でもこの気持ちをなんと言えばいいのかわからない、と言う。
例え、許せない相手のことでも、こんな終わりを喜んでいるわけではない。喜ぶなんて、できない。そう言ったユーニスの声音は、ひどく淡々としていた。それだけで、まだ彼女の中で何一つ解決していないのだな、と思った。
痛みばかりの記憶と、エルシー様との優しい記憶。良いことなんてほとんどなかったのは、わかっていても。相手がもう処刑されて、文句を言うこともできなくなって。でも、優しいからこの子は、胸のうちに抱えたモノを誰にも言えない。それが、罵詈雑言だろうが、恨み節だろうが、はたまた赦しの言葉だろうが。何一つ、きっとこの先に、この子が口に出すことは、ないとわかる。
こればかりは、時間が解決していくのだろう。なにせ、あの日出会うまでは互いが親戚であることも知らなかった。今は兄として、彼女のことを大事に思っているし、何となくわかることも多いけれど。彼女にしかわからない部分は、当然ある。
逆に、わかると言えるのは、安易に言葉を発さないこと。あの子は、どんなに心深くに根付いた負の感情も、その場任せの言葉で吐き出したりしない。それは、俺たちが下手につついていいものでもない。ある意味、彼女自身が乗り越えるべき課題だ。そうしてやっと、あの子の中でも区切りがつくのだろう。
いつだったか、恨み言を言ったりしないのを、イーデンが聞いたのだ。言えばいいのに、と。それに対しての返答を、未だによく覚えている。あの子が、あんな境遇でも負けずに自身を保った理由が、そこに詰まっていた。
『言葉は凶器。どれほど憎い相手であっても、人を貶めたりするような言葉は、私自身も同じように傷つけます。それは、心だけでなく品格も含まれます。わかる人には、どんなに綺麗に見せても、身の内の汚さは隠し通せません』
汚い言葉で罵りたいこともあっただろうに、しっかりと紡がれた言葉は、本当に強かった。神の子と呼ばれる者は、特殊な力を持っていた者を総称するのは、過去の文献からわかっていたが。きっと、それだけではない、と思わせるもの。
そういうところも含めて、妹は本当にすごい。弟たちにも同じように抱いている尊敬を、抱かずにはいられない。そんな優しいあの子が、幸せになれるように。兄として、鋭意努力せねば。
あぁ、でも。その前に、あの父をどうにかして視界から消す方法を探しておかねば。あの人、絶対に結婚式で大号泣するに決まっている。近くで自分の父親の大泣きなんて、見たくないからね。
イーデンやシリルは優しいから、父の相手をしてくれるかもしれない。いや、先に母が父を制御してくれるか。なんだかんだいって、影の皇族トップだ。母は怒らせたら怖い。笑顔で鋭い言葉を刺してくる。あれが女性の茶会で培われるものだと思うと、余計に怖い。
「ユーニス、ユーニスはずーっとそのままでいいからね」
いつかユーニスも、あんなになるかもしれないと思うと、なんとも言えない気持ちになる。どうか今のままの優しい子でいてくれ、そう願うくらいはいいだろう。母は尊敬しているし、優しいのもわかっている。でも妹はまた別、母みたいになったら、それはそれで頼もしいけれども。
ご令嬢やご婦人方の茶会は、男の戦場とはまた違う戦場。社交界でいかに、人脈を広げるのか。はたまた情報を手広く得るのか。領地の税収だけで生活をしている貴族は少ない。特産品などを商売に活かして、やっと領主とも言える。
その商売も、他の領地に売り込んだりするには、社交界での営業が必須。民から流れていくだけが、全てでもない。まあ、妹は何でもそつなく、こなすだろうが。
「はい……?」
不思議そうにこちらを見る妹の顔は、今度は暗くなかった。願わくば、彼女のこれから先の未来が、輝かしいものでありますように。
ここまで、長らくお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
いろいろ考えて書いていたら、途中から恋愛要素消えた……?ってなりました。ただ、自分の中では良い終わりにできたので、恋愛と言い張っておきます。
今後も、引き続き作品を書いていきますので、よろしくお願いいたします。




