番外編 イアン 4
さて、弟たちもユーニスに出会ってすぐ、親族であることはわかったらしく。恩人という話を抜きにしても、かなり入れ込んでいる様子。シスコンと呼ばれるに相応しい兄へと変貌している現在。特に、シリルには初めて下の子ができたとあって、いつも可愛がっている。
イーデンは訓練、シリルは魔法研究、日常の中で兄弟が集まることも少なかったというのに。今では何日かおきに、仲を深めると称してお茶会を開催。いい息抜きになってもいるらしく、どちらも訓練や研究が捗っているんだとか。
「ユーニスぅ、これたーべよ〜」
「イーデン兄さま、こちらも美味しいですね」
「でしょ〜」
「ユーニス、こっちのラスクも絶品ですよ」
「っ! シリル兄さまのオススメも美味しいです」
元々こちらが希望していた皇女として迎え入れる案は、ユーニスが快諾したことによって何事もなく決まった。新たな皇女として発表するには、まだ準備が必要とのことから、ユーニスの存在は全ての城に仕える人間に箝口令が敷かれ、正式なお披露目までは秘匿。
それでも、皇太子と公爵共々救った令嬢、というのは噂として存在はしていたため、貴族たちには城にいると思われていたが。噂というのはあくまでも噂、さすがに容姿までは知られていなかったのが幸いした。本当かどうかもわからない話に、探りを入れてくるような者もいない。
「イーデン、シリル」
「兄さん」
「兄上」
「相変わらず早いな、お前たちは」
ユーニスの後ろから二人に声をかける。妹は、兄二人から怒涛のオススメラッシュを受けていて、口にお菓子を運んでいるところだ。弟しかいない自分の立場でさえ、ユーニスという妹はとても可愛い。二人が可愛がるのもよくわかる、何をしても可愛いしか出てこない。
「ユーニスも、元気になってくれて嬉しいよ」
「イアン兄さま、ありがとうございます」
「ところで、俺はこのタルトがおすすめなんだ。お皿に取ってあげよう」
「あ、兄さんずるい。シリルもおれも、まだそれしてない〜」
元帥としても国の騎士を率いるイーデンは、お茶会など誘われても参加しないし、一日の大半は騎士とともに訓練に励むか周辺国境の状況を報告で受けている。シリルも似たようなもので、魔法研究のために研究所に詰めているのがほぼ。
そんな城を空けがちな二人が、ユーニスの来る日に合わせて、わざわざお茶の準備をする。しかも自分たちもそこに同席なんて、過去の行いからは到底思いもしない。良くも悪くも、二人は興味がないことには、とことん興味がない。持てない、といえば正しいか。
男兄弟が集まって茶会、なんてのもしたことがなかったし。集まったら話すことといえば、近況報告と互いの状況報告。なんなら、途中から誰かしら呼ばれて不在。兄弟というのは、どこもそういうものだと聞いたから変だとも思わなかった。
それが妹という存在ができて、こうも変わるとは。婚約者どころか候補すら、選定の進んでいない二人が。欠片も女性に向かない興味、もしや恋愛対象が違うのかと疑われたこともあったというのに。たった一人の妹、それだけでこの違いだ。
「イアン兄さま、このタルトもとても美味しいです。お城の料理人は、本当にすごいですね」
「彼らもそれを聞いたら、喜ぶよ」
「だって、魔法みたいですから。同じものを使って、同じように作っても、この味には到底及びませんし、ならないと思います。料理人の手にかかるだけで、こんなに美味しいなら、それはもう魔法だと思うのです」
「魔法、か。たしかに、俺も同じ味にはできないな」
「ユーニスの言う通りです。私も、材料まで同じ用意をし、手順も真似たところで、間違いがなくとも再現はできません。これが、料理人という仕事をしている者と、そうでない者の差かもしれませんね」
魔法、何もない場所から火や水、氷を生み出せる力を持っていて。その魔法みたいだ、と料理人の腕を評価するユーニス。表現の仕方が秀逸だな、と感じた。料理人が作るんだから、美味しくて当たり前、そう言わないところもいい。
何事も、どんな仕事でも、努力しないで結果は残せない。皇族の住まう城で料理を作る職人が、美味しくて当たり前なのは、彼らがその評価をされるだけの努力をしてきたからだ。
大切なことのはずなのに、目の前からあっさり見えなくなって、当然のように思えてしまう。ユーニスの言葉は、その当たり前をそうではないのだと、気づかせてくれる。
「俺なら爆破しちゃうなぁ〜」
「あぁ、イーデン兄上はあれ以来、厨房は出禁ですからね」
なんてことないようにお菓子を食べるユーニス、その横でイーデンはシリルと話をしている。隣の会話に、ふと思い出したあの日の、厨房が半壊した衝撃。ドーンッという大きな爆発音に襲撃だと思った。大慌てで騎士を引き連れて見に行ったら、中心にイーデンが立っていた。本人は魔法防御で無傷だったが、周囲は悲惨だったのは言うまでもない。
あの件で、まずイーデンは出禁となったが、魔法による防御が一応はできるくらい魔法適正があったのだけは、救いか。適性が無かったら、怪我だけで済まなかった可能性も高い。魔法よりも武術ばかりを幼少より好んでいたイーデン、その教育係として魔法を絞ってでも教えた教師には足を向けて寝られない。魔法の授業を受け持っていた教師は、大変苦労しただろうけれど。
「な、何を……されたのですか……?」
「えー? ちょっと小麦粉出し過ぎただけだよぉ~」
「可愛い言い方をしても無駄だ、イーデン。粉塵爆発と言え」
本人がのほほんと語るだけに、威力が伝わらないだろうから粉塵爆発と言えば、引きつった笑みが、完全に固まったユーニス。もはや厨房の方が可哀そうなもらい事故と言えよう。両親が責任持って直しなさい、と激怒したのもここだけの話。




