番外編 イアン 1
そのご令嬢は、初めて会ったはずなのにどこか、懐かしく愛しいと思える子だった。
アルムテア帝国第一皇子にして、皇太子。日々、国のために忙しく動き回っている。そんな俺に、隣国リリム王国との国境付近である森に、多数の魔物の群れが見つかったと報告が上がった。すぐに付近を閉鎖し、近衛や騎士団を率いて、魔物の群れを確認しに向かったあの日。想像以上に群れは多く、強い個体ばかりで撤退の指示を出す頃にはバラバラになっていた。
俺の側には、ウェイン公爵となった馴染みの男。絶対に俺を守り通す、と意地でも守ってくれた強い男だ。小さな頃から、互いに切磋琢磨しあってきた立場を超えた友人でもある。
そんな男を犠牲にして生き延びるのは、避けたい事態だった。自分を庇って怪我をし、度合いも明らかに酷い。状態も、刻一刻を争うようなもの。とにかく逃げないと、と思い二人で逃げた先に小屋を見つけた。
ただ、その小屋にたどり着く前に、俺たちは力尽きて倒れてしまったのだ。そこを助けてくれたのが、ユーニス・エインズワース伯爵令嬢だった。こちらにまで轟く噂の持ち主とは違い、見た目からすぐわかるほどの穏やかな気質かつ、心優しい子。
噂では腹違いの妹を苛め、さらには王都で豪遊したり男と毎晩遊び回っているなど、様々聞いた。伯爵も伯爵夫人も諌めているが、聞く耳を持たず。特に伯爵夫人に関しては後妻ということから、異母妹に対するのと同じように暴力をふるうこともあるとか。
その噂がすぐに嘘だとはわかったものの、相手が味方とも言えないので警戒はさせてもらった。食事や薬に毒物がないかを警戒したが、いらぬ心配だったのは言うまでもない。
彼女は伯爵令嬢だと言う割には、お世辞にも綺麗とは言えない服装だった。城で働くメイドよりも酷い服装で、伯爵家は財政難かと思ったほどだ。しかし、よく観察していると、服装もそうだが彼女の身体にも傷がたくさんあった。細かな物から、薄くなっていた痣まで、噂は違うと裏付けるようなものばかり。
立場上、着飾った人間を男女ともに見かけることの方が多い。視察に赴けば、国民の生活を垣間見ることもあったが、彼女はその水準にすら達していないとすぐにわかった。貴族令嬢は痩せている者が大半だが、それ以上に瘦せ細った体躯。森番のための小屋、というこの場所に自分たちのような成人男性二人を運ぶのは、とても大変だったことだろう。
細かく備蓄品も整理して保管され、薪などもちゃんと積み上げられている。生活をしばらく続けられるだけの備品が、ここには揃っていた。手際よく棚から薬を取っているあたり、この場所を普段管理しているのは間違いなく彼女。自分でも不思議なくらい、目が離せない。
「レイフ、大丈夫か」
「ああ、だいぶマシになった……」
食事を終えた後、彼女は屋敷の方へ戻っていったためレイフと二人だ。無駄に長居をしない姿、何も言いはしなかったが、きっと俺たちをゆっくりと休ませるための気遣いなのだろう、と感じる。普段、何かを感じることもないし、感謝はあってもそれ以上に気に掛けることもない自分の変化に、戸惑いさえもある。炎獅子を紋章に持ち、魔法適正も武術も両方に秀でたウェイン公爵家の若き当主レイフからも、どこか穏やかな空気が出ている。
「何かあったか?」
「……いや、初対面のはずなのに……初めて会った気がしないな、と」
「ははっ! どこのナンパ男のセリフだ、それは」
怪我の具合も良くなったというのに、腑に落ちない、と言いたげなレイフ。思わず何かあったのか、と聞けば。返事はまさかのナンパ男みたいな言葉、笑ってしまったのは仕方がないだろう。社交界でも女性人気が高く、貴族男性人気一位と言われる男から、まさかそんな典型的な言葉が出るとは。
零れた笑いに、レイフもやっと表情を崩したが、言いたいことはなんとなくわかる。初めてあったはずなのに、そんなふうには思えない。これが弟のイーデンやシリルなら、何かしら分かったかもしれないが。イーデンは騎士として国一番の実力を誇る、非常に腕の立つ武人。雰囲気などから血縁関係だったり、武術や魔法の実力を見て把握できる。
シリルは魔法適正が高く、魔法研究所に副所長として勤める研究者。魔法の適性有無を判断できるだけでなく、当人の持つ魔力から血縁関係がわかる。イーデンとはまた違う感じ方だが、二人はどちらにせよ飛びぬけた才を持っているのだけは間違いない。
その点、俺自身にはそう言った才はなかった。見るだけで何かを感じるなど、残念ながら自分には持てないもの。弟たちを皇太子に、と派閥争いがなかったのは、ひとえに肝心の弟たちが皇帝位に興味を持たなかったこと。そして、兄である第一皇子が相応しい、と公言して臣下に下ることをはじめから言っていたからだ。
話をしていると、弟達と接している時のような、警戒心を必要としない感覚。父や母として話をする両陛下との感覚にも、似ているか。




