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「おかえり! 我が愛する妹よ!」
大きく腕を広げ、満面の笑みで待機していたのは、イアン兄さまだった。長いと感じられることもあれば、あっという間の旅だった、とも感じられる今回の旅路。どこの国も同じように歴史を重ね、どう発展させていくのか、というのをその時々の為政者たちが頑張って考えていったのだと勉強になったものだ。
残念ながらリリム王国は良き方向へとは進めなかったが、このアルムテア帝国は先の歴史から学び続けた結果、皇族も貴族も関係なく努力したからこその姿。周辺諸国も栄枯盛衰、戦を経て新たな国になったり。
「イアン兄さま、先日も魔法具を使ってお話したように思いますが……」
「それはそれ、これはこれ」
「お仕事は、きちんとこなしてくださいね。侍従の方が、お待ちですよ」
相変わらず、感情表現が豊かなイアン兄さまだが、出会ったばかりの頃はこんな人だと思えなかったのが、とても懐かしい。もっとクールな印象だったから、ここまで顔をユルユルにされると、不思議な気分。
公務や会議などの仕事と、普段のプライベート、切り替えをしっかりとしているのは、わかっているが……というやつだ。皇太子たるイアン兄さまは特に、その辺りを気をつけていると、本人からも聞いた話。逆にイーデン兄さまは、もっとのんびりとしたタイプなので、跡継ぎであろうとなかろうと、あんな感じだったそう。
「わかったよ……ユーニス。ゆっくりと、休むんだよ」
「はい、イアン兄さま。いってらっしゃいませ」
ハラリ、と軽く手を振ったイアン兄さまは、そのまま待機していた侍従と一緒に場を離れていく。視線が少し合った侍従からは、感謝の目礼があったので、普段から振り回されていると見た。
立場上、兄さまは次期皇帝として、ありとあらゆるものを見定められる。一挙手一投足、何もかもを見られるのだ。仕事を少しでも遅らせれば、それは統治者としての素質を疑われる要素となりかねない。
イアン兄さまだけではない、同じように国を背負うイーデン兄さまもシリル兄さまも同様。私だって、皇女という立場にあるのなら、求められるようになる。まだ、私は未熟で社交の経験も微々たるもの。兄さまたちの、周囲への接し方や切り替えの仕方は、大変勉強になるのだ。
「失礼いたします、皇女殿下。こちらに、殿下へ御目通りを、と来客が……」
「どなたが来られているのでしょう」
イアン兄さまと別れた後に、城で滞在するために使う専用の部屋へ移動してしばらくのこと。お城の侍女から声がかかり、来客がある、と伝えられた。言い方が、僅かに困惑を感じさせるものだったので、もしかしたら断りづらい相手なのかもしれない。
「それが……」
コッソリと囁かれた名前に、叩き込んだ主要貴族の一覧にあったものだ、と気づくのには時間がかかった。主要貴族ではあるが、どちらかというと野心家で、派閥争い等も可能性のある方へ賭けるので、途中で鞍替えタイプ。八方美人と言えばいいのか、海を揺蕩う海藻とでも言うべきか。
「お通ししてください。ただし、部屋はあちらを使います。紅茶も出さなくて結構です」
「かしこまりました、すぐにあちらへご案内いたします」
私は普段、レイフ様のお屋敷で過ごす。もちろん、皇族の住まうお城にも私が生活を送ることができるよう、部屋は調えられている。しかし、当然のことであるが私を含めて皇族の動きは、基本的に外部に知らされることはない。通常であれば城にいるから、というのも一つの理由だが、やはり安全面を考慮されると公然の秘密となっているもの以外は秘匿される。
この場合、私がレイフ様のお屋敷で過ごすのが公然の秘密であって、お城に滞在する方は秘匿案件。道中に襲撃などあってはならないからだ。まだ輿入れを済ませていない皇女、それも帝国唯一の皇女。ウェイン公爵家がこれ以上権力を持つのは望ましくない、と考える連中がどう動くのか。少し考えれば、誰でもわかるものだ。




