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分からない異世界召喚  作者: LostAngel
第二章:湯都サラサ編

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第三十一話:国境を越えたけど、無事でいられるか分からない

第三十一話:国境を越えたけど、無事でいられるか分からない


「いい、皆?」


「うんっ」


「もちろんいいぜっ!」


「おう」


 緊張した面持ちで尋ねると、京月さん、渡会くん、武富くんはめいめいの反応を返した。


 三人の意気込みを確認した僕、一村十海は、前方にまっすぐ伸びる橋を見ながらゆっくりと歩き出す。


 ここはホワイトローズ王国の東端だ。つまり、王国とサンライト聖共和国の国境。このリームル橋を渡れば、ここから先は聖共和国の領土となる。


「陣地に入った途端に襲ってくることも、無きにしも非ずだよ。注意して行こう」


「魔法ありの世界だからなあ、なにが飛んでくるか分かったもんじゃねえ」


 手元で短剣を振り回しながら、渡会くんが笑う。


 サラサ火山の避難先からここまで、結構長い道のりだった。魔物や行きずりの盗賊と何度も遭遇し、全て倒してきた。


 だから、僕たちの戦い方は既に充分『できあがっている』状態にあると言える。


「幅が広くて助かったな。見張りはいないようだが……」


 武富くんが右手で庇を作りながら、遠くを眺める。


 リームル橋とリームル川の河岸は平坦で、見通しが効く。武富くんは目が良いし前衛なので、索敵もお願いしている。


「普通、国境って厳重に警備してるイメージがあるけど、どうして建物もないんだろう?」


「それは、分からない」


 京月さんの疑問に、僕は簡潔に答えた。


「確か、聖共和国は好戦的なんだよね。特殊魔法の使えない人間を世界から排除するために、他国に戦争をしかけてくるって」


「そうだね。ただ、国内の派閥争いが激しいらしくて、最近はあまり外交に積極的じゃないところがあるんだ。だから、ホワイトローズ王国の勇者である僕たちが、どう迎えられるかは正直分からない」


「でも、この先は行くしかないよな。高坂とランゼリカ様を救うために」


「うん。自分たちを信じて行くしかない」


 視界は晴れている。日都サンライトまでは戦うことはないとは言い切れないけど、今のところは大丈夫に思える。


 橋のダジャレじゃないに到着した。引き続き武富くんに先陣を切ってもらい、渡会くんが中衛、僕と京月さんはその後ろに横に並んで、橋を渡っていく。


「しかし、しっかりした造りでたすか……」


「『ボム・ブレイク』」


 突然聞こえた魔法の詠唱。さらに前方、橋の向こう側の終端辺りの虚空から、白い光の塊が飛んでくる。


「飛び込めっ!」


 武富くんの怒号。僕たち四人は考えるより先に、左右の欄干に急ぐ。


 僕は欄干に手を突いて、素早く川へとダイブする。ドオンッという大きな音で耳がキーンとなり、眩しいくらいの閃光が一瞬輝いた。


 魔法が橋桁に衝突。大爆発を引き起こし、橋全体が崩落する。


「逃がさん」


 どぼんっ!僕たちのではない誰かの声は、僕たちが着水する音に搔き消された。


 幅広で深いリームル河は、澄んだ透明な青で満たされていた。僕は水を飲み込まないように注意しつつ、目を開けて周囲を確認する。


 よかった。三人はいる。無事かは分からない。


「……!」


 しかし、襲撃者が少し遠くに視認できた。暗い色の鎧兜を纏い、右手に薙刀のようなものを持っている男が、僕たちめがけて泳いでくる。


 喋っても意味がない。僕は平泳ぎのフォームで水を搔き、水面を目指す。


「ぷはあっ!」


 なんとか顔を水面から出し、呼吸をする。酸素が確保出来たらすぐに顔を沈め、水の中を見渡す。


 すぐ近くまで来ていた京月さんと目が合った。三人とも意識は大丈夫なようだ。もうすぐ僕の方まで泳いでこれそう。


 幸い、僕たちは全員軽装だ。水に沈む重い装備は身に着けていない。しかも全員、泳ぎは苦手ではなかったはず。


 だから、あの重装の男に追いつかれることはないだろう、多分。


「はあっ!」


「ぷはあっ……」


「ぷはっ!」


「皆いい!?反対岸まで行こうっ!ついてきて!」


 三人の顔が浮かんできたところでクロールに切り替え、僕は先導してサンライト側の河岸に急ぐ。


「うおっ……!」


 しかし、途切れた叫び声を上げ、武富くんの顔が沈んだ。


 まずい!


 僕は水に顔をつけて後ろを見ると、あの男が武富くんの足首を掴んで、水中に引きずり込んでいる最中だった。


 数十メートルの距離を、たった数十秒で詰めてきたのか?甲冑を着ながら、武器を手にした状態で?


「俺に構わず、行けえぇっ……!」


「置いていけるわけねえだろっ!『ウォーター・ボール』っ!!」


 武富くんに近い渡会くんが短剣を向け、水の中で魔法を使う。


 水の影響を受けないように水の玉を打ち出す汎用魔法を選んだみたいだけど、やはり空気中とは勝手が違う。命中したが水の抵抗で威力が弱まり、男を引き剥がすには至らなかった。


「死ねえっ!」


 男が上半身を水面から出し、左手で武富くんを水に沈めながら、右手に握っている薙刀を大きく振り上げる。


「うらあっ!」


 武器が振り下ろされる前に男のところに到達した渡会くんは、右手の短剣を突き入れる。


 がきんっ、と金属どうしがぶつかり合う鈍い音が鳴る。


 刃は鎧に阻まれたけど、渡会くんはすぐに体をねじ込み、男に武器を振るわせない。


「ぐっ……!」


「ぐううっ!なんて力だ……!」


 水と空気の境で、川に流されながら、男は武富くんと渡会くんと取っ組み合い始めた。


 僕の前で京月さんが杖を構えているけど、味方に当たるかもしれなくて魔法を撃てずにいる。


「京月さんは泳いでっ!僕が……!」


「『ストーン・アロー』」


 僕の制止を待たずして、京月さんは魔法を発動した。


 あの夜、ホワイトローズ城でガナムトを葬り去ったときのように、寸分違わぬ精度で放たれた石の矢が、浮き沈みを繰り返す男の顔面に吸い込まれていく。


 でも、男は超人的な反射神経を見せた。


「……はっ!」


 魔法が着弾する直前、首を無理やり捻り、兜の側頭部で魔法を受けたのだ。


 速度のある土の塊が与えた衝撃はあるだろうけど、男を無力化するには至らなかった。


 どんだけタフなんだ、この男!


「当てられるときだけ狙う。援護は任せて」


「分かった……!」


 立ち泳ぎをしながら頼もしいことを言ってくれる京月さんの脇を通り抜け、僕も乱闘に参加しに行く。


 十分な力が出せないとはいえ、武富くんと渡会くんの二人がかりでも男を制圧することができていない。とはいえ、遠距離から魔法を撃つにしてもフレンドリーファイアの危険がある。


 だから、僕がやるべきことは……。


 二人が男の動きを止めている間に、急所に一撃を叩き込むことだ!


「はあああっ!」


 僕はショートスピアを取り出し、男の首筋に向かって突きを放つ。


「……っ!」


 男はこれにも対応してくる。二人をいなしながら、顎と肩でスピアの穂先を受け止めてみせた。


「させるかっ!」


「……くそおっ!」


 武富くんのパンチを鎧で受けながら、渡会くんの飛びつきを薙刀の柄で振り払いながら、男は薙刀の刃の部分を僕の方に向けてくる。


「『ストーン・ボール』!」


 水面すれすれで発射された岩の破片を、僕はスピアを横に構えて防御する。


「ぐううっ!」


 土が目の前で弾け、少し後ろに流される。


「『ストーン・アロー』」


「……くっ!」


 魔法発動直後の隙を京月さんが突いた。『ストーン・アロー』で男の得物を叩き落とす。


 さらに、男はバランスを崩した。


「今だっ!」


 渡会くんが近づきながら短剣を切り払うけど、男も懐から短剣を取り出し、受けた。


「甘いっ!」


「っがはああっ!」


 完全に勢いを殺された渡会くんが蹴り飛ばされ、僕の方まで流されてくる。


 これで武富くんと男の一対一になった。非常にまずい。


「ぅうらあっ!」


「はっ!でやああっ!」


 そこからは大の男どうしの、殴る蹴るの喧嘩が繰り広げられた。武冨くんの拳は受け止められ、男の蹴りはガッツと水の浮力でいなす。武富くんの膝蹴りは腕で押さえ込まれ、男の殴打は武富くんの顔にヒットする。けれど、ろくに威力が籠もってなかったのか、武富くんは右を向かされただけだった。


 確実に男の体力は奪えている。だが、このままでは武富くんが耐えきれない。


「京月さん、渡会くんをお願い」


「うん」


「いや、俺もまだいける」


 僕は苦しそうに水を飲んだり吐いたりしている渡会くんを京月さんに向かって流したところで、ついに二人の均衡が破れた。


「はああっ!……はあっ!……うらあっ!」


 男は叩きつけるように肘鉄を繰り返し、武富くんを沈めようとしている。


「武富くんっ!」


「もうこれしかないっ!俺から離れろおおっ!」


「でも……!」


「行けええっ!」


 武富くんは男の腕を掴み、水中で体を回転させて男と位置を入れ替えながら言った。


 どうやら、覚悟を決めたようだ。特殊魔法を使う覚悟を。


「龍司いいぃっ!」


「来るなっ!!」


 僕は、それでも前に進もうとする渡会くんの首根っこを掴み、一緒に後ろへと泳ぐ。


「危険すぎる。離れないと!」


「でも、龍司が!」


「信じよう……」


 僕にはそう言うことしかできなかった。


 京月さんと合流した。三人で全力で水を掻き、岸に急ぐ。


 でも、駄目だ。間に合わない!


「なにを、するつもりだ……?」


 武富くんと押し合いへし合いしながら、男は勘づいた。


 目の前の勇者が、魔法を撃とうとしていることを。


「やめろ!お前も巻き込まれるぞ!?」


「『ヴィヴィッド・……』」


 あの特殊魔法を唱えながら、右の拳を振り絞る武富くん。


 集中し、妨害しようとしてくる男の猛攻を捌いていく。


「皆、できるだけ水から体を出してっ!!」


「『ヴィヴィッド・トゥインクル』っ!!」


 僕がそう言ったのと同時に、詠唱が完了した。


 武富くんが男の胴に正拳突きを叩き込む瞬間、右拳が光る。グローブの鋲から赤色の閃光があふれ、一瞬で男の甲冑をまばゆく照らす。


「ぐう、ああああああっっ!!」


 感電した男が絶叫する。


 なぜ?感電した人は通常、横隔膜が麻痺して言葉を発せないはず。なのになぜ、男は叫び声を上げられるんだ?


 ただ、そんなことを考えている暇はなかった。水の中で拡散した電流は一瞬で僕たちの下に到着し、逃れようのない電撃が僕たちの体を駆け抜ける。


「……っ!!」


 かろうじて、首から上を水面から出すので精いっぱいだった。僕は胴体と四肢に過剰量の電流を流され、意識を失うのだった。


 ゆったりと、しかしとめどなくあふれる水が僕の体を沈め、川下へ流していった。



 ※※※



「あれ、ここは……?」


 目を開けると、真っ暗い闇の中にいた。


 だが、柔らかい。頭の下に柔らかいものが触れている。


「気分はどう、十海くん?」


 京月さんが膝枕をしてくれていた。僕は寝返りをしかけてやめ、すぐ立ち上がろうとする。


「……いたっ!」


「河に流されて、あちこちぶつけたんだと思う。『いつもの献身』で処置をしたから、直に良くなるけど……」


 両腕が錆びた機械のように強張り、ガーゼが巻かれている傷口から血が滲む。


「……分かった、気をつけるよ」


 僕は膝の上で一回深呼吸をする。


 落ち着いて、慎重に体を動かし、暗い地面の上に立ち上がった。


「ありがとう。僕が起きるのを待っていてくれて」


「ううん。私もさっき目覚めたばかりだから」


 嘘だ。僕を治療していたのだ。相応の時間はあったに違いない。変に気を使わせてしまった。


 僕はそのことを追求する代わりに、京月さんに手を差し伸べる。


「ここがどこだか分かる?」


「ありがとう。……分からない。少し周りを歩いてみたけど、どこも暗くて、見渡せなかった」


「そっか」


 京月さんと並んで周囲を眺めてみるけど、やはり暗い。目の前には黒い地面と、空間の闇がどこまでも広がっている。


 でも、なにか聞こえる。ずっと聞こえている。


「後ろの岸が、リームル河?」


「だと思う。私も十海くんも渡会くんも、岸のほとりで目覚めたから」


「え、渡会くんも?今どこにいるの?」


「こっち」


 京月さんが僕の右手を握ったまま、川上の方へ僕を導く。


「岸辺なら安全かなって思って、動かさないように寝かせてある。足下に気をつけて」


「うん」


 京月さんがさりげなく岸の側に回ろうとするので、僕はがんばってブロックする。


「僕なら動けるから、大丈夫。行こう」


「う、うん……」


 また、気を使わせてしまった。


 でも、こっちの方が戦術的に理に適っているし、いざってときに京月さんを守れる。


「……流れが急だ。橋の辺りは緩やかだったのに」


「ここは多分、大きな洞窟みたいになっているんだと思う。川幅が狭いから、流れが激しくなっているんじゃないかな」


「なるほど」


 河岸をゆっくり沿いながら、僕よりも若干、辺りの地理に詳しい京月さんが教えてくれる。


「ところで、渡会くんの怪我はどのくらいひどいの?」


「外傷が目立つけど、命に別状はないよ。安静にしていれば大丈夫なはず」


 歩き始めてすぐに、一人の姿が目に入った。


 わずかな光を受けて鈍く輝く、僕たちの左側を占めるリームル河の支流と、右側を占める真っ暗闇の陸地の境界線上に誰か倒れている。


 僕と京月さんは歩くペースを少し上げて、渡会くんの下に急ぐ。


「……話しかけない方がいいよね?」


「うん。今は意識を失っているだけだけど、自然に起きてもらった方がいいかな」


 僕は渡会くんの安らかな顔を覗き込み、しっかりと無事を確認する。


「武富くんと、あの男はどうなったんだろう?電撃を至近距離で受けたけど……」


「私は見かけてない。もっと下流に流されているのかも」


 僕も京月さんも、最悪の想定を口にすることはしなかった。


 武富くんは生きているはず。彼は自分の『ヴィヴィッド・トゥインクル』で感電しないよう、肌着にほとんど電気を通さないゴムのような材質の装備を身に着けていた。水の中だったけど、それが功を奏していると信じている。


「探してくるよ。溺れているかもしれない」


「私も行く。その怪我じゃ……」


「大丈夫」


 ショートスピアをどこかに落としてしまったけど、僕は素手でも魔法が使える。だから、単身でも大丈夫だ。


 見た感じ、京月さんも杖を失くしているみたいだから、安全だと思われるここにいてもらった方がいい。


「『ライト・トゥインクル』。……大丈夫、僕は武器なしでも魔法が使える」


 僕は魔法を唱えて、持ち上げた右手の人差し指の先に明かりを灯す。ちゃんとLEDライトをイメージしたので、熱くない。


「まだ魔力もある。京月さんはこの辺りを警戒していて。渡会くんを守ってて」


「……うん」


 京月さんが悩んだ末に頷いたのを見届けてから、僕は来た道を戻り始めた。


 LEDの光で手元は明るいけど、未だ数メートル先も見えない状況だ。夜だとしても暗すぎる。やはりここは洞窟なんだろう。僕らは知らぬ間に穴の中へ流されたと考えていい。


 数分歩くと、僕が目覚めた場所まで来れた。地形に覚えがある。


「気をつけよう……」


 ペースをさらに遅らせ、半ば摺り足で歩みを進めていく。辺りにはサッ、サッという地面と僕の靴の裏が擦れる音と、リームル河の流れる音が響き渡っていた。


 地面の起伏がそれほどないのが幸いだ。河に落ちないように気をつければ大丈夫だろう。


 あと河から魔物が飛び出してくる可能性もあるので、岸からは離れている。左側の陸地の暗闇が怖いけど。


「……あれはっ!」


 色々考えながら数百メートルほど暗闇を進むと、二人の人が倒れているのを見つけた。


 武富くんと、さっきの男だ。二人が重なり合った状態で、小石と砂が積もった岸辺の一角に引っかかっている。


「……武富くんっ」


 男の体をどけながら、武富くんに呼びかけてみる。


 くっ、重い。なんて重量だ。


 武富くんは意識を失っていた。男を脇に転がしてから、彼の胸に耳を当ててみる。


「脈は……、ない……」


 僕は急いで、武富くんの上の装備を剥がしていく。


 一か八か、やるしかない。水でぴったりと張りついたシャツを破り、僕の右手に巻いてから、武富くんの大きな胸にかざす。


 『ライト・トゥインクル』の効果が切れ、再び周りが暗闇に包まれる。


 でも、この近さなら外さない。


 呼吸を止めて、集中する。道中で武富くんが言っていたことを思い出す。


『想像するのは、大きな積乱雲から地面に、きれいに落ちた雷だな。白とか青とかじゃつまらないから、気分で色をつけてる』。夜の野宿の最中、一緒に見張り番をしたときの言葉だ。


 武富くんに倣って、僕もそのイメージを試してみる。


 モクモクと湧き立つ灰色の分厚い雲。その中で水の粒子が擦れ合い、爆発的な電圧を生む。そしてそれが、プラスかマイナスの電荷に偏った地面に向かって、轟雷となって降り注ぐ。


 その一連の流れを完璧に、正確に、頭の中で形にする。


 でも、雲は生み出さないようにする。それと実際の雷が持つ一億ボルトくらいにしてしまうと武富くんが死んでしまうので、電圧は弱めに設定する。


 かと言って、時間をかけすぎると武富くんの蘇生の成功確率が低下してしまう。僕は慌てず急いだ。


「……『ヴィヴィッド・トゥインクル』っ」


 絶妙な大きさの電圧、電流を強く思って、僕は武富くんの特殊魔法『ヴィヴィッド・トゥインクル』を発動した。


 媒体は、右手に巻きつけた絶縁体の布だ。この魔法は素手で撃つと感電してしまう。濡れてるから不安だったけど、発動はできた。


 バチチチチッ!という音とともに薄緑色の閃光が瞬き、電流が僕の手から武富くんの胸に流れ込む。


「……っ!!」


 流れ込むのと同時に、僕は感電して気を失った。


 やっぱり駄目だった。



 ※※※



「う、ううん……」


「十海くんっ!!」


 暗闇の中、激流の傍で、僕は二度目の目覚めを体験することになった。


 柔らかい。また京月さんが膝枕してくれていることに気づく。


「大丈夫、十海くん?」


「なんとか……」


 彼女の手を借りながら起き上がると、すぐさま抱き締められた。


 力が強い。苦しい。僕は京月さんの背中を優しく叩いて訴える。


「起きたか、一村……」


 右から声がした。そちらの方を見ると、地面に腰を下ろした武富くんがしおらしくしていた。


「良かった、蘇生できたね……」


 なんとかそれだけ返す。全身がきついのもあるけど、目に入った光景に言葉を失ってしまう。


 武富くんの傍らには男が座っていた。男の後ろで、渡会くんが短剣を突きつけている。


「その人は……?」


「……」


「話せよ、投降するんだろ?」


「……くっ」


 兜で分かりづらいけど、男は唇を噛んで俯いた。


「さあ、早くしろ!」


「……サンライト聖共和国、世界革命党党首のキラル・グレイだ。普段は国内で、『選ばれなかった者』たちを粛清している。王国から勇者が派遣されると聞いて、リームル橋で待ち伏せていた」


「あなたがキラル・グレイ、ですか。噂は聞いています」


「過激派筆頭と後ろ指を指されている自覚はある。国内ではすっかり腫れ者扱いだ」


「でも、なんの罪のない人たちの粛清はやめないと?」


「それが俺の使命だからだ。『神託』を受けた者、いわば太陽に『選ばれた者』だけが人間でいていいのだ。それが、サンライト教の原始的な教示だ」


「原理主義者ということですか。あくまで教えに従っているだけと」


「そうだ」


 僕は平静を装って会話を成立させる。しかし覇気が凄まじく、敬語が取れそうにない。


 キラルは、聞いていた通りの狂信者だった。サンライト教の導きに盲目的なまでに従っている。


 そして、聞いていた通りの実力の持ち主でもあった。


 ホワイトローズにいたときに得た情報では、彼は無敗の将軍として恐れられていた。どんな相手でも、どんなに相手の数が多くても、単騎で絶対に勝つ。サンライトの矛。そう、皆が口を揃えて言っていた。


「それで、どうしてこうなっているんですか?」


「……橋を落とすのは想定内だった。あの爆発の魔法で、お前らは死ぬはずだった。だが死ななかった。だから河に飛び込み、お前らを殺そうとした」


 あとは、僕たちが見聞きした通りだろう。


 泥仕合の末に、武富くんの『ヴィヴィッド・トゥインクル』で全員気を失った。そして、全員ここに流された。そういうことだろう。


「もういいだろう。全て話した」


「二つ、聞いてもいいですか?」


「なんだ」


「まず一つ目に、どうして投降したんですか?ここはあなたも知らない場所なんですか?勝てないと思ったんですか?」


 僕は思わず、矢継ぎ早に聞いてしまう。


 すぐにでも、分からなければならないから。


「お前らに勝てないと思ったからだ。この場所は俺も知らん。投降したのは、お前らの弱さにつけこんで、あわよくば逃げ出そうと考えているからだ」


「素直に話すんですね」


「お前の特殊魔法は知っている。考えることが読めるそうじゃないか」


「……なるほど」


 キラルは、僕のことを指差しながら言った。


 最大限に気をつけていたけど、やっぱり情報が漏れているか。ちょっと違う効果だけど、僕の『分かるようになる魔法』という手札は割れていると見ていい。


「でも、武富くんの雷の魔法は知らなかった。ですよね?」


「間者から聞いていなかったからな。俺が情報を得たのはかなり前だ。王城で活躍していない者の特殊魔法までは知らん」


 一応、言っていることの筋が通っている。信じてよさそうだ。


「もう一つ聞きます。どうして、僕たちを殺そうとしたんですか?僕たち勇者は全員、特殊魔法が使えます。僕たちがやってきた理由は把握していると思いますが、にしても思い切った行動だ」


「……なんだ、そのことか」


 キラルは鼻で笑って応える。


「聖共和国では、勇者は信用されていない。ましてや他国が寄越してくる勇者など、なにを考えているか分からん。不穏分子は前もって排除しておくに限る。日都まで来られては殺すのが難しいから、国境で待ち伏せした」


 その言い方、もしかして……。僕はキラルの言に違和感を覚える。


「もしかして、聖共和国も勇者を召喚したんじゃないですか?その勇者が不義理を働いたから、勇者が信用されていないのではないですか?」


「……その通りだ」


 今思いついた、信用できない相手の発言から仮定した推測の話だ。全くの的外れって可能性もあったけど、キラルは正直に頷いた。


 サンライト聖共和国も勇者を召喚していた。この情報を信じるなら、ノーブルレッド帝国だけでなく、聖共和国も存在を明かしていないだけで、勇者を国の戦力として抱えていることになる。


 そのことを知れただけでも大きい。ただ、聖共和国は勇者を御しきれていないみたいだけど。


「……話は終わりか?なら、とっとと動き始めないか」


 考え込む僕を差し置き、渡会くんが刃物を突きつけているというのに、キラルは立ち上がろうとする。


「おいっ!」


「渡会くん!ここは、キラルと共闘しよう」


「でも……!」


「どのみち、生きて帰さないといけない。でないと、聖共和国との外交がおじゃんになる。『再生の闇』との交渉もままならなくなる」


 キラルに聞かれているけれど、僕は簡潔に旅の目標を伝えて渡会くんを窘める。


 多分ここから先は、キラルの力も必要になってくる。ここは呉越同舟の心意気で、僕たちも歩み寄らないといけない。


「リーダーは賢いようだな」


「うるせえっ!ちくしょうっ……!」


 渡会くんは本当に渋々、短剣を引っ込めた。


 真後ろのことなのに、それを察知したキラルはすっくと立ち上がった。


「……体は、大丈夫そうですね」


「得物はどこかに行ったがな。国宝級の黒槍だったんだが……」


 失ったものの価値を嘆くとは、キラルにも真人間の一面があるんだ。


 川から離れる方向に歩き始めた黒い背を見ながら、僕は失礼なことを思った。


「『ライト・トゥインクル』。……この暗い中、見えるんですか?」


「敵陣で夜を明かすなど日常茶飯事だろう。この程度の暗さで音を上げていてはやっていけん」


 僕は再び指に明かりを灯してから聞くと、根性論全開のアンサーが返ってきた。


 つまり、キラルは視力が良いのか、夜目が利くのか、はたまたその両方なんだろう。魔法を使わずとも前が見えている。


「行くぞ。ここで野垂れ死ぬつもりはない」


 こうして、あてのない行軍が始まった。キラルを先頭に、渡会くんと武富くん、僕と京月さんの順で暗闇の中を歩いていく。


「止まれ」


 数分後、不意にキラルが言い、歩みを止めた。


 前の人から足を止め、僕と京月さんも警戒して立ち止まった。


「なにか来る……」


 キラルの呟く声が響く。


 ようやく、僕たちにも音が聞こえてきた。カサカサという虫が這い回るような音が、真後ろ以外のあらゆる方向から聞こえてくる。


「『ボム・……』」


「待って」


 前方に向かって、手をかざして爆発の魔法を撃とうとしたキラルを僕は止めた。


 たちまち、カサカサという音が大きくなる。


「なぜ……」


「静かに」


 声を落として遮る。囁くような声で。


 ここに漂流してから、僕はずっと考えていた。もしこの闇の中で襲ってくる魔物がいたとしたら、それはどんな生態をしているんだろう、というようなことを。


 おそらく、目は見えないはずだ。『見る』必要がないから。となると、他の感覚が重要になってくるわけで。


 触覚はないだろう。この洞窟は、巨大と言っていいほどに広そうだ。闇はどこまでも続いているように思える。


 であるならば、ここに棲む魔物は自分で触れられる範囲まで近づくために、頼りにする別の感覚があると考えられる。嗅覚か聴覚が発達しているに違いない。


 そして今は、そのどちらが正解かを確かめることのできる貴重な機会だ。


 ただ、嗅覚は全員河で濡れたから、魔物に対して有利に働いているかは分からない。なので、確かめるべきは聴覚の有無だ。


 だから、皆に黙ってもらうようにした。


「……」


 僕は明るい人差し指を口元に持っていき、『静かに』のジェスチャーを京月さんに見せる。


「……」


 京月さんは黙って首を縦に振る。


「……」


 前の二人の肩を叩き、同じようにする。


「……」


「……」


「……」


 二人も頷き、極力音を出さないようにする。キラルは僕の意図が分かったようで、静止している。


「……」


 どれほどそうしていただろう。


 やがて、無数のカサカサという音たちが、その一つ一つの音の大きさが、不揃いになってきた。


 しめた。周りを探し回っている。魔物は僕たちの場所が分かっていない。聴覚を頼りにしている!


 そう、確信した途端のことだった。


 カサカサカサカサッ!


「……っ!」


 後ろで一際大きな音が鳴り、僕の右足に……。


 大きく、細長いムカデのようなものが這ってきた。踵を始点に、ふくらはぎ、太腿の裏側へと登ってくる。


 僕は、最小限の動きで後ろを覗き込む。


「……!」


 長い前腕と顎を大きく開いた魔物と、僕の目が合った。


「……っさ、作戦変更おっ!背中合わせで迎撃するよっ!!」


 僕は今まで我慢していた分、鼓膜が破れるくらいに絶叫し、右足を払う。


「ッギイイイィィィッ!?」


 僕に纏わりついていた個体は呻きながら、全身をのたうたせて近くの闇へと転がっていく。


 やはり、魔物は耳が良い。そして多分、大きすぎる音が有効だ。


「『ストーン・アロー』っ!……これでよし」


 その個体を、京月さんはすかさず放った石の矢で貫いた。


 どちゅっという不快な音とともに、紫色の液体と、甲殻や足の一部が飛散する。


「了解っ!」


「おう!」


「前は任せろ。『ボム・ブレイク』」


 前の三人も言葉を発しながら、僕たちに背中を預けてくれる。


 遠くの方で、大音量と閃光が轟く。キラルの魔法だ。


 一瞬明るくなった近景を目の当たりにして、僕はちょっと後悔した。


 一対の長い前腕を持つ、一メートルほどの長さのムカデのような魔物が、そこらじゅうを這い回っていたからだ。


「……『ファイア・フレイム』っ!」


「『ヴィヴィッド・トゥインクル』っ!」


「『手榴弾』っ!これでも食らいやがれっ!」


 僕は火炎を放射する魔法を行使、武富くんは『ヴィヴィッド・トゥインクル』で肉弾戦、渡会くんは『グレネード魔法』で手榴弾を放り投げて爆発させる。


 魔力を惜しんではいけないことは、皆悟っていた。


「『ボム・ブレイク』!!」


「お前、俺の魔法を……」


「トーミです!爆発は僕たちの世界でもメジャーですからっ!」


 今までと打って変わって、カサカサの音とムカデもどきの鳴き声と詠唱の怒号と魔法が炸裂する音が激しく交錯する暗闇の中で、僕は気取ったセリフを吐くのだった。


 一体、この数の魔物たちを、僕たち五人だけでどうしろっていうんだ?

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