第1話
紗織は前の彼氏が寝ている間に逃げ出しながら、これまでの日々を思い出していた。
今まで何度酷い呼び方をされてきたか。
何度殴られたか。
何度頭をぶたれたか。
ぶたれた時の衝撃で紗織の機械仕掛けの翼の片側は欠けた。
もう飛ぶことも許されないのか。
紗織には走る以外の選択肢はない。
はだけたキャミソールを直す余裕もなく、ただただひたすら走り続けた。
必死に逃げた先にあったのは、真っ暗闇の中、明かりのついている、機械仕掛けの翼専門の修理店だった。
店から溢れるその明かりには、紗織が今まで感じたことのない温もりを感じた。
そろりそろりと、店内に入ると、優しい笑顔の女性が迎えてくれた。
「ようこそ、機械仕掛けの翼専門の修理店へ。私は修理屋の樹梨。これから貴女の欠けた翼の修理をしますから、奥へどうぞ」
樹梨は紗織の手を優しく握ってくれた。
「ここまで来ればもう恐いこともないから。怯える必要もないから、安心して」
店の外からは見えない部屋に通された。
「おいくらかかりますか?」
紗織は自分の声がかすれて自分でもよく聴き取れなかった。
「ここに来るのは皆傷ついた人たち。そんな人たちからお金までもとるつもりはありません」
「それじゃ、このお店は成り立たなくなるんじゃ……?」
樹梨は紗織の背後に回って、新しい翼を数種類あてがいながら、どの翼が、紗織の片側の翼と合うか探っている。
「大丈夫。国が毎月支払ってくれるから」
「そうなんですね」
樹梨は微笑む。
「敬語はもうやめましょ」
「うん。どのくらいで直りそう?」
「1週間はかかるわね」
「そっか」
樹梨が翼の種類を決め、あてがい、優しく修理を始めた。
「大丈夫よ、痛くしないから。動かないでね」
「うん」
樹梨は本当に優しく、丁寧に修理していく。
紗織は徐々に安心感を抱き、うとうとし始めた。
「眠くなってきた? この診察台でうつ伏せで寝て良いわよ」
「ありがとう」
紗織は診察台でうつ伏せになると、間もなく寝た。
「明日はお顔の手当てしなきゃね」
紗織の顔は何度も殴られ、ぶたれて醜くなっていた。