限界▲▽過去▲▽克服
今回主人公の過去をさっそくいれてみました!
「あはは……冗談かよおい…………」
掌を額の上に被せ、困ったジェスチャーをするロッドが嘆いた。その表情からは消魂の色が伺えた。
それもそのはず、六〇メートル先、矢が木々を倒し地面を抉った跡の所、そこには五匹のプレデターが群れをなしてこちらにゆっくりと、轟音を鳴らしやってきているのだから。
「グルルルルルッ……………」
先頭には眼球に矢が突き刺さったプレデターが痛みにこらえながらもその内には怒気を感じられる感情が隠しきれていれず、空気がピリついている。プレデター達は仲間がやられたことに怒っているようで、唸り声が最初に対面したときの咆哮よりも酷く冷静で落ち着いている。
「あれをやるしかないか……」
先程の毒を注ぎ込まれたような表情とは一転、腹を括ったロッドは覚悟を決めた様子で立ち上がると両手を突き出し、ぶつぶつとつぶやき始めた。
『善元たる勇者様、どうかその御身の分身を我が力の源となして、彼の美事なる力の顕在を今ここで許させたまへ!』
(……ん? 何言ってんだこいつ。急に祈りだしたと思ったら神様にじゃなくて勇者に祈りを捧げてるぞ? この世界は神より勇者の方が敬われる存在なのか?)
プレデックがこの世界の神間序列の在り方について疑問を抱いているとロッドの周りから金色の神々しい光が溢れ出た。それを身に纏うと、役目は終えたとばかりに光は消えていった。
(なんだったんだ今のは。魔力を感じなかったし、熊に何かをしたわけでもない)
プレデックがすぐに消えていってしまった光に、今の一連から可能な限り推察できることを探してみるが、外的に変わったと見られるところは感じ取れない。未だ疑問を持つプレデックだが一つ、変化を感じることができた。
それは、ロッドの纏う雰囲気がさっきまでと違うことだ。
(今の挙動で確実に何かをしたんだろうけど……)
魔力の干渉が無い力なのか、はたまた単純に感じ取れなかっただけなのか、今のプレデックに感じ取れることはそれくらいしかない。
「約30分、限界まで耐えるしかない」
実はロッドは体力がギリギリで、残り一体ならまだどうにか出来ものなのだが、さすがに五体は対処しきれないようで。
不測の事態。
いくら森がロッドにとっての得意の領域だからと言ったところで、相手は学習能力も高い上にその上背は地球の熊の三倍の大きさはあるに等しい。
『鉱石を生やした熊』、これだけ見れば異世界でなら心躍らせてくれる生物だ。だが、現実はそんなに甘くない。実物を前にすればそれは『化け物』もしくは『怪物』の方がよく似合う。
そんな生き物を前に動けるのならまだいい方だ、断言しよう。この化け物を前にプレデックは動くことはおろか呼吸をすることさえもままならない。だがこの男、ロッドは違った。
勇敢にも立ち向かい、尚してプレデックを安心させようとしたのだ。正気じゃない、プレデックが今日ロッドに抱いた印象だ。だがそんなロッドでさえ今は逃げるにしても、怪物五匹相手にこの余力じゃそれも不可能。
元々この化け物は、王国の兵士が最低でも4人はいなきゃ対処できない相手のはずだ。それを二匹倒し、更には最後の一匹をも何とか倒そうとしたのだ。王国の兵士がどれくらいの強さなのかプレデックはわからない、だが、とても一人で対処しきれる内容の物ではないのは確かだった。
「グググググ……グンンルルウゥァァ!」
ロッドが再度弓を引く頃には二〇メートル程プレデターが近付いており、後方にいた二体のプレデターが背中の鉱石の色合いをピンク色に変えると、前衛の仲間に当たらないよう曲線を描く高熱のビームを放った。
「イミイル・ウィンドウシールド!」
目には見えない風の盾が展開され高熱のビームを次々と受け流す。だが、何本かの光線が盾を突き破るとロッドの体を薄く切り刻んだ。ビームには熱も籠っているために熱さが追い討ちをかけて来る。
「くっ!」
ロッドは熱と痛みに苦悶の表情を浮かべながらも唇を嚙みぐっと堪えた。
だが一本のビームが風の盾の隙間を縫うとロッドの左肩にぶつかった。
「うぅっ……?!」
ロッドはのけ反ると、風で出来た見えない盾の威力が弱まった。
(これはまずいっ!)
何が不味いかというと、今直面した一本の光線のそこには肩掛け抱っこ紐の繋ぎの部分が位置しているのだ。そこが切れてしまえばプレデックは地面へ落っこちてしまう。
(やばいやばいやばいやばい!!)
だが、現実は切れるというより焼けるという表現が正しいのか、ずっぽり穴が開いた抱っこ紐の繋ぎの部分、そこが余熱でじわじわと焼けていき、
プツン。
(あっ……、切れた………)
「プレデックッ!」
プレデックは頭から地面に向かって真っ直ぐに落ちた。
(……あっ、死んだな)
頭を打ち付けたプレデックの意識がゆっくりと遠ざかる。痛みは感じない、ほんの一瞬の事象に感覚がついていかない。そして、プレデックは眠りにつくように意識が途絶えた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
目が覚めると目の前は真っ暗で、やけに外がうるさい。プレデックはそう思い小さな手のひらで辺りを探るように暗闇に腕を伸ばすと数本、わずかな光源が視界に射し込んだ。
「プレ………デック……グハッ…………」
眼前を照らし出したのは、血に塗れた顔をしながらも、プレデックに呻吟ながらも呼びかけてくる、必死にその汚いアホ面を作る、ロッドの痛々しい姿だった。
(何で……そこまでして……俺を守るんだよ……)
ロッドは、プレデックに覆い被さる形でプレデターからの攻撃をひたすらにその体を犠牲にして守っていた。
「だいじょ……うぶ……だよ…………俺が……お前をまも…………るから……べろべ……べ……ろべろばー」
ロッドはひ弱で非力で貧弱でだらしない声でプレデックの不安を打ち消そうとしてくる。
本当は自分が一番辛いくせに、自分が一番苦しいくせに、自分が一番逃げたいくせに。
そんなプレデックのどうしようもない、どうにもならないくらいに惨めな言い訳を必死に並べたところで、プレデックの想いがロッドに届くことが叶わないのは彼が本気で、真情からプレデックを守りたいと思ったからだ。今まで一人で生きてこうと、強くあろうと思っていたプレデックの気持ちがロッドにわからないのは当然で、この二人の間には確たる違いがあったのだから。
「逃げ……ウゥッ! ……るんだ……」
(本当は自分がめちゃくちゃ、一番に痛いくせに、それを我慢して生き残れるかどうかわからない一人の子供に、そんな命を懸けるなんて、親でもないお前が、どうしてそこまで出来るんだよ!)
▲▽▲▽▲▽▲▽
プレデックは心の中のどこかで、ロッドの優しさに似た感情の灯火を感じたことがあった。
中学生の頃、ある後輩の悪意が切っ掛けで、教員含めた全校生徒に信用してもらえなかった時が、佐藤蓮にはあった。
何を言ったところで友人だと思っいてた者は自分を信じてくれず、蓮は誰からも信用されなくなってしまった。この時点から蓮は人生のどん底に落とされていた。そしてその時から既に、蓮の立派な人格は形成されていた。
それでも、一人だけ、蓮の言葉を信じてずっと一緒にいてくれた人物がいた。最初は、
(どうせこいつもいつかあいつらみたいに裏切るんだろうな)
と思っていた蓮だが、なかなか蓮の思い通りにはいかず、結果卒業するまでしつこく蓮に接してきた子だった。
結局その子を蓮は信用することはなく。卒業するまで蓮に接してきておいて尚高校の進学先まで彼に合わせようとしてきたその子、随分と図太い神経をもった気合のある子だった。
その子は入試で落ちて私立に行ったのだが皆、教師からさえも嫌われた蓮に話しかけるのは相当物好きな人でもなければそれは狂気の沙汰だ。
そして、卒業式をしてからしばらく会えなくなる時。
その子は桜の木の下、蓮に背を向けるような形で立つと蓮に向かって、『人の心を作るのは愛だ、例え君に向けられた愛がひん曲がっていても、ボクは君が好きだ。だからボクは…君の心を君と一緒に、作っていきたい。今はまだでも、これから先、幸せであっていてほしいから』っと言った。
端から見たら蓮は幸せそうじゃないのか。
そんなことはない、現にこうして中学を卒業している。今までどんな嫌がらせを受けて来ても耐え切って見せた。蓮は言葉にならない言い訳を誰に言うでもなく常に自分の心の中で必死に並べては、自心に言い聞かせてきた。
今更他人に心を動かされることはない、どうせ誰も頼りにならない。
そんな気持ちを言葉にできないままただ、返事を待つその子の前で蓮は、無言で立ち尽くす事しかできなった。
実際幸せではなかった。
正直、高校でも蓮はこのまま変わらないだろうと、誰も救いの手を指し伸ばしなんかしないだろうと。誰も信じないまま拒絶し続けて、誰も蓮を気に留めなくなり一人で無残に死んでいくんだと思っていた。
それもこれも全部、自分の性質と、悪辣な後輩と、それを傍観してたくせに蓮を信じてくれないやつらのせいにしていた。
この時点で佐藤蓮は、救い用の無い人格をしていたのだろう。
そしてその子は蓮が既に救いようの無い人間であり、そんな将来になるのを知っていて、惨めになる蓮の未来を知っていて、尚も自分がその歯止めになるよう、なりたいと蓮に言ってきたのだ。
蓮はそれが自分に向けられた過去にされた偽りの告白とは違う、ただただ彼を想った純情な好意を持った、愛の形をした告白だった事には気づかなかった。
それから蓮が高校生になって一ヶ月。
その子は死んだ。
亡くなってから三日での出来事。蓮の元に連絡が届いたのがその日だった。通夜に出た蓮はその子の死に顔を見た。
「あの時桜の木の下で見た顔のまんまだ……何も変わってない」
死に顔にかかる髪をそっと、おろしてあげる蓮が抑揚のない声でその子の頬を触る。
冷たい感触、生きていないのがわかる。
中性的なのにきらぎらしいその姿は初めて見る人には女性に見せなくもない。
太陽の光を照らし返すような可憐な金髪は薄暗い棺の中でも眩さを失わない。華奢な体に白い二の腕、ぷっくりとみずみずしい唇は凛々しくも儚く、皆に愛嬌を振りまくような顔つきは華々しい人形を連想させる。
(そりゃそうか……まだ一ヶ月しか経ってないもんな……)
死んでも尚、今にも動き出しそうな程のきれいな死体を前に最後に会った桜の木の下の出来事を思い出す。
(あの時の返事をしてないなぁ……もしも俺があいつにしっかりと返事をしてたら今頃、俺の隣でその笑顔を見せていたのかもしれない)
こんな事にはならなかったのかもしれない、自分のせいではないと、そこでも蓮は自分にそう言い聞かせた。そうすればきっと気が楽になれたのかもしれないと。これは自分のせいではないと、危険を知っていながら、棘のある道だと知っておきながら、それでもあの子自身が自ら踏み込んだ道なのではないのかと。その結末がこれだというのは、
(笑えねぇ……ちっとも笑えねぇよ……)
桜の下で見せてきたあの姿。無邪気にも無粋に笑い、抱いた負の感情も、苦労も、忘れさせてくれるような慈愛に満ちたあの笑顔。そんな綺麗な思い出は、自分で壊したくせに、またあの時の時間が流れて来てはくれないかと、無慈悲にも、無情にも、大事な人ひとりいなくなっても。
結局蓮には自分の事を考える以外に余裕がなかった。
疲れているんだと、タイミングが悪かったのだと、そう言い訳を続けても、何も戻らない。
「本当に俺ってやつは……どこまで救えねぇやつなんだ……」
通夜を終え、憤る思いをこぼしながら帰路に向かう途中。死んだあの子の遺族が蓮を呼び止めてきた。
「あなたが、佐藤れんさんですか?」
五〇代前半、金髪の外国人の女性が尋ねてきた。蓮は「はい」と答え女性次の言葉を待った。
「うちの子、死因がストレスによる過労死だそうです。いつも笑顔で、なんの不満もないように笑ってたのに。一体どこでそんなストレスを……ためていたのでしょう。死ぬ直前、あの子はあなたの名前をずっと呼んでいました。『ボクがれんのそばに居てやらないとあいつは……人を信頼することを諦めちゃう。だから、ボクがそばに居ないとダメなんだ』っと必死に。それなのに、まるで……あなたといたことがとても……。幸せだったように笑ってました。佐藤れんさん……あなたは、心当たりはないのですか?。うちの子が、ストレスを抱えるような……。心当たりはないのですか?」
つまる言葉を何とか繰り出す女性に蓮は、罪悪感を隠しながら答えた。
「心当たりは。ありません……」
「そう、ですか……、時間をいただき……ありがとうございます……」
嘘だ。
心当たりならあった。蓮を構うあまりに、彼に悪意をもっておきながらも、それでもなお蓮自身を陥れるためにわざわざ敵を作った。嫌われる原因を作った元凶の後輩達に目をつけられ。蓮の知らないところでひたすらに酷い目に会ってきたはずだ。
蓮はそれを知っていた。知っていて、それでもいつか自分の前からいなくなるから関係ないと、すぐに離れていくと、手を差し伸べてもいらないと振り解かれるだけだと。
どうせ裏切る、どうせ裏切る、どうせ裏切る、掬えていたかもしれない理想を、真っ暗で果てしなくて遠く、先に見えていたか弱い一筋の希望の光さえ、見えていた現実から目を背けてきた。
高校に行っても多分それは同じで。
私立なら今まで以上に辛い目に会う。それでも。それでも、
(家族にはなんの不満もないように笑ってるだって?。『俺がれんのそばに居ないとダメ』だって?)
行き場のない怒りが蓮の臓腑が煮えくり返すように駆け巡る。
(俺は俺だ!人の心を作るのは愛だって?!俺は今まで親から捨てられてもみんなから嫌われても辛いことたくさんあっても、不幸な事いっぱい起きても俺の心は俺が作り上げてきたんだ)
心苦しい言い訳がひたすらに蓮の気持ちを騙し続けようとする。
(それをわかったような口で……言うなよ…………わかってるなら何で勝手に居なくなるんだよ……うそ……つくなよ)
溢れ出てやまない気持ちが、後悔が、今は雑念にもなるその想いが、その煩悩が、零れ落ちては繰り返されるその嫌みが、今はとても鬱陶しいようで無視できない。
(好きだったのに……、俺もあいつが好きだったはずなのに。何で……、なんで一緒にいてあげられなかった……。あいつを殺したのはクソみたいな後輩でも、俺を信じてくれなかった中学の奴らでもない…。)
湧き出る言い訳のベクトルはとうとう自分の方へと向けられた。
今までその優しさを。救い用のない奴のためにボロボロになってでも。それでも差しのべてくれる傷だらけの腕に、背中を向け続け。幸せの拠り所に唾を吐き、自業自得を必死に他人のせいにして、それであの子は死んだ。
あの子が死んだのは。あの子を殺したのは、他でもない、
(俺自身だ。重罪人は……俺なんだ)
矢が刺さる。位置は胸。締めつけられるように胸が痛い。息が苦しい、もう無理で、もう嫌で、もう疲れてて、だからそれを誤魔化すために悲憤慷慨。意識的にもそれは他人に向けられる。
(それでも俺は悪くない)
自分で言ってて気持ち悪い。
(ぜんぶ俺を置いていったあいつが悪いんだ)
ただそんな気味の悪い後味がいつも蓮の心を縛り付けていた。
そして蓮は、転生するまでの残りの人生をあの子の言った言葉を言い訳にして、自分をだまし続けてきた。自分のせいで、自分を守るために死んだ馬鹿なあの子に少しでも報いるためにひたすらに自分を騙してきた。
どれだけ。どれだけ不幸にあって、めちゃくちゃに吐きそうなくらい辛いことがあったか。本当は逃げたい、逃げて楽になりたい、楽になって幸せになりたい。傲慢で怠惰な思いにも言い訳を作っては我慢してきた。もしかしたらこの人は自分を愛してくれてるのかも、自分もそれに答えないと、じゃないとあの子が報われない。偽りの贖罪と知っていてそれでも間違った解釈をした言い訳を信じ続け。人を信じてはいつもその偽りに裏切られ、それでも尚信じてはまた裏切られ。
案の定、あの子が言う通り、蓮は蓮の心を醜く作り上げていた。
(多分俺がこの異世界にいるのも死んだからなんだろうなぁ。あいつと違って死ぬ直前を知らない俺はやっぱりとことん不幸だ)
蓮はあの時からなにも変わっていない。
▲▽▲▽▲▽▲▽
(こいつもそうだ、こんなに身を犠牲にしてまで俺を守る理由も義理も道義もない、ならば何でこいつはこんなに必死に俺を守るんだ?)
アルメロ達に大金でも握られてるのか?こんな状況でそんな卑しいことを考えられるほど、蓮は他人から守られ慣れていない。この男、ロッドから感じられるのはあの時の、桜の木の下の出来事から感じた物だ。好意的、だけどあの子とはまた違った別の感情。だが、今、蓮がこの男に命をかけてなにかしてやる義理はない。
(こいつが勝手にやってることだ、誰も頼んでない……悪いのは俺じゃない)
この男は勝手に自分の身を犠牲にしてるだけなんだと、この男は自分自身の行動のせいでこうなったんだと。そもそも早く援軍に来ないアルメロのせいでもあると。蓮を抱き抱えることが出来ないくせに、毎日成長する姿を幸せそうに見守るレイミーが、狩りに一緒に着いていきたがる蓮を止めきらないせいでもあると。
(俺はなにも悪くない!お前らと違って味方が居ないんだ! それでも生きるのに必死なんだよ! ロッド……言われなくても俺はこのまま逃げさせてもらうぜ)
一通り気が済むまで言い訳を並べると気が楽になった様子のプレデック。
気色悪い。そんなのは当の犯人もわかりきっている。でも、こうでもしないと自分が自分でいられなくなる、そう思えて仕方がないのだ。
(悪いなロッド!)
蓮は必死に地面で自分を抱き守るロッドを押し出し、脇から外によちよち走りで必死に走りその場から離れ、逃げた。プレデター達は蓮を見やると攻撃しようとしたがその後ろから、
「イミイル・スラッシュウィンドウ!」
そう詠唱しプレデターのプレデックへの攻撃を防ぐのは、後ろでぼろ雑巾のように倒れてる男、ロッドだ。プレデックは振り返り、ロッドを見るとその男は屈託のない笑みでこちらを見ていた、まるでプレデックを逃がせたことを心の底から喜ぶように。
(なんだよもう!)
ロッドの笑顔が不思議なことにあの子の笑顔と重なった。死ぬ寸前。なのに、自分の犠牲を下手に隠して、プレデックを守るため、不安を抱かせないために、
(なんで……、そんなに幸せそうな顔をするなよ!)
あの子の顔が必死で逃げるプレデックの脳裏を何度も何度も過る。今の蓮にはとても鬱陶しい。それでも、蓮は気づいた。あの子も死ぬ前にそんなことを思い、あんな幸せに満ちた顔をしてたのかなと。
(ああもうくそう!)
半ばやけくそ気味にプレデックは立ち止まり、地面に落ちていた小石を拾った。蓮はそのまま振り返り、プレデターに投げつけた。
プレデターは振り返り、こちらに殺意の目を向け、睨み付けた。
足が震える。
体が強張る、ロッドの胸にいたときは分からなかったが地面に足を付けると実際、その巨体を見上げると異常なくらいのでかさと迫力に全身の震えが止まらない。腕が痙攣して喉が渇く、真っ直ぐに見つめてくる視線がきつくて怖くて。拾った石を思わず落としてしまう。キンと冷えた嫌な汗が背筋に流れた。
ロッドはプレデックの行動を見て絶望したように目を丸く見開き、口をぽかんと開けている。
(あー分かってるよ! 本当は俺に逃げてほしかった事くらい……でも、俺はお前のあんな顔を見てホイホイと逃げ出したくないんだ、第二の人生俺はあいつの言う通りに誰かと一緒に俺を作るんだ! だから、もう二度と、あいつ……いやアリベル・ミー・セインに顔向け出来ねぇことはしねぇ!)
覚悟の決まった様子のプレデックは唇を引き結んだ。血の味がする、生きている証だ、今はその余韻に浸っている余裕はない。真っ直ぐ、覚悟の決まったプレデックの視線とプレデターの視線がぶつかる。
(もう他人のせいにはしねぇんだ!)
覚悟の決まった人間は強い。例えロッドの様には行かずとも、その小さな体が真っ向からぶつかり合う気合は出来上がっている、負けるのは十分承知。
それでも、震える唇を必死に動かし言葉を紡ぐ。
「……ろ……ろ……ろっどおじさん……から……は…………はなれろぉー!」
──その時、初めてプレデックはこの異世界に来て言葉を発した。──
いやー過去編で登場したあの子、実は男なんですね…まあ男と言っても中性的なんで……中性的なんで!!(黙りなさいなってね笑笑)