6文字熟語も越えるぜ
昨日はあの後、サイラスさんが家まで転移魔法で送ってくれた。
リリィさんも使っていたが、転移魔法というのは空間魔法の上位に位置する高難易度魔法だ。
使用時、消費する魔力量も多いためそうホイホイと使えるものではない筈なのだが、サイラスさんなら化け物じみた魔力量を持っていてもおかしくはないだろう。
僕を送ってくれた後、すぐにまた転移でどこかへ行ってしまったし。
母上に夕方までには帰ってくるとだけ伝え、僕は裏庭の森で待機する。
昨夜、色々聞きたい事があるとサイラスさんに伝えたら早めに迎えに行くから人目に付かない所で待っているように言われたのだ。
父に貰った笛を吹いて暫く暇を潰していると、目の前に昨日見たものと同じ白い魔法陣が現れ、サイラスさんが転移してきた。
「待たせたね」
「いえ!今日は僕の我侭で朝早くからすみません」
「大丈夫大丈夫―――って、その笛...」
「あ、父に15の誕生日に貰ったんです。」
そう言うと、サイラスさんは「そうか...」と、昨日も見せた懐かしそうな目をしていた。
「父が、古い友人の形見って言っていました。たしか、その人の肖像画がうちの屋根裏に...かなり偉い貴族の子供だったんだと思います。この笛も、彫り細工が凄く細かくて、鑑定に出してみたところ、凄い額だったので。」
鑑定士によると、量産はされておらず、この世に一つしかないものらしい。
前の所持者の高濃度の魔力が長い年月を経て染み込み、木材も少し変質しているらしいし。
父のほうが長く持っていたらしいが、その友人の魔力濃度が凄すぎて父の魔力は全て跳ね返されたと言っていた。
現に、僕の魔力も跳ね返されている。
父の魔力はかなり高い方だから、この笛、大抵の魔法は跳ね返せるんじゃないだろうか。
「そうか、もう失くした物かと思っていたよ。それより、肖像画って言った?」
「あ、はい。小さい頃に一度見せてもらったんです。氷肌玉骨、羞花閉月!!って感じの、目が凄く綺麗で美しい女の子でした。会ってみたいなぁ、きっと今じゃ絶世の美人に...」
「おんっ―――!?ふふ、ふははは!!うん、会えると良いね。じゃあ、行こうか?」
「?はい」
サイラスさんが笑っていた理由はわからないが、僕は何かおかしな事でも言ったのだろうか?
そんな事を考えているうちに、あたりの景色が切り替わり、目の前には小さくもどこか気品を感じさせる家が現れた。
「ここは...?」
「俺の家。聞きたいことがあるんだろう?ここなら邪魔が入る心配がないからね。」
「サイラスさんってどこに住んで―――?」
「『神秘の森』」
どうやら昨日のは聞き間違いじゃなかったようだ。
だとすれば、僕は今、とんでもない危険地帯にいることになる。
『神秘の森』といえば、たくさんの古代遺跡で有名だが、多くの凶悪な魔物がいることでも知られている。
朝は竜の群れが通過。
昼は迷宮などで言う、いわゆる”ボス”級魔物があちこちに生息。
夕方には不死・死霊系の魔物が出没。
生えている植物は、どんな病をも治す万能薬の草から、触った途端にその触れた部分から腐食が始まり死に至らしめる毒の花まで。
一見、穏やかで美しい、正に『神秘』の名が相応しい森だが、その実はどんな屈強な戦士をも生かして返さない、絶対的な死地なのだ。
その森の奥に住んでいるこの人はどこか頭を打ちでもしたのだろうか。
それか夢の中に頭のネジをいくつか忘れてきたのかもしれない。
はぁ、頭が痛い。
でも、この死地で住んでいるにもかかわらず、こうして無事に家は建っているし、サイラスさんも生きているのだから少なくとも僕はここで死ぬことはないだろう。
なんだかサイラスさんのあのステータスも伊達じゃないと肌で感じた気分だ。
サイラスさんに案内され、ウッドデッキに置かれた小さな木のテーブルについた。
「あれ、なんで椅子が2つあるんですか?」
こんな死地の奥まで訪ねて来る人がいるとは思えない。
「あぁ、ほとんど毎日客が来るもんでね」
「客!?」
「そうそう、精霊大王が」
「精霊大王!?!?」
精霊大王は、この世の全ての精霊を統べる王。たしか、ここ2000年は目撃されていないはずだ。
一部地域では神と崇められ、信仰の対象だったはず。
そんな大物がサイラスさんに会いに来る...??
「冗談ではないよ?そんな嘘だろって目で見ないでくれ」
うーん、信じがたし。
だが昨日のグレゴリー・アータイルの件もある。それについて聞かないと。
サイラスさんは台所でお茶を用意すると、こっちへ運んできてくれた。
全て手動だ。サイラスさんなら紅茶くらい魔法で淹れられただろうに。
「魔法を使わないで手でやったほうが良いものもあるんだよ」
心を読んだように説明してくれた。
手でやったほうが良いものもある、か。覚えておこう。
それより心の声が読める魔法ってあるんですかね?それとも生まれつきのエスパー...
サイラスさんは紅茶をカップに注ぐと、その茶葉について教えてくれた。
どうやら、この茶葉は『南東の白高原』に生えていた木の葉らしい。
『南東の白高原』は、名前の通り大陸の南東に位置する高原で、それほど広いものではない。だが、その高原はとても極端で、とてつもなく暑いorとてつもなく寒いのどちらかだ。
高原を歩いていると、あまりの暑さに草木が灰になって辺り一帯白くなっていたり、気がつくとあまりの寒さに草木が完全に凍って白くなっていたり...
とにかくどこを見回しても白いから『白高原』なのだ。
またしても死地か...この人は死地マニアなのだろうか?などと考えていると、その葉を焼いた灰を怪我に振りかければ、どんな傷でも塞がると教えてくれた。完全に切断された面でも治癒可能だとか。
笑顔で試してみる?と聞かれたが遠慮しておいた。そんなにしょんぼりしないでほしい。たとえ治るとはいえ腕を吹き飛ばされるのは嫌だ。
話題を変えよう。
「あ、聞きたいって言ってたことなんですけど、」
「あぁ、なんだい?」
「サイラスって偽名ですよね?」
「...そうだよ。できるだけ本名は名乗りたくないんだけどね。アラス。それが俺の名前。くれぐれも家で俺の話はしないでほしい。特に君の父には。」
はぐらかされるかもしれないと思ったけれど、案外あっさり教えてくれた。
ラストネームを教えてくれないのは、知られたら本当に困るからなのだろう。そこは追求しないでおく。
それにしても、やはり父となにかあるのだろうか?因縁てきななにかが。
「あ、昨日の『ぐれちゃん』って人って―――」
「あぁ、あの腐れ眼鏡インテリがグレゴリー・アータイル。あいつとは古くからの友達でね。アータイル商会せt―――「アラス!遊びに来たぞ!」
「......」「!?」
アラスさんの話を遮って、急に目の前に逆さで現れた謎の美少年。彼は今、『天井に立っている』という状態だ。
いいなぁ、まつ毛長いの。羨ましい。
昨日今日で色々驚きすぎて、美少年が天井に平然と立っていても動じなくなってしまった。これが鋼の精神的なやつか?
「今日は客が来るって言ったよね?」
「むぅ!我と遊んでくれてもいいではないか!!」
あれ、喧嘩始まっちゃった?
僕はここにいて良いのだろうか
アラスさんが「うちなら邪魔が入らないと思ったのに...」と遠い目をしていた。
なんというか、ご愁傷さまだ。
「いつも思うんだけど君って暇なの?」
「いや!忙しい!ダラダラするのに忙しい!!」
「忙しいなら帰ろっか」
「ぬ!?やっぱり忙しくない!忙しくないぞ!退屈で退屈でたまらん!だから我と遊べ!!」
「断る。俺に上から目線で物を言うとは、随分偉くなったものだなぁ?」
「ゔっ!...我と遊んでくれ、アラス。寂しいぞ」
「はいはい。おとなしくそこで座ってて」
「わかった」
そう言って謎の美少年はそのまま天井に座った。ずっと逆さでいる気だろうか?
そして、初めは喧嘩かと思ったが、全然喧嘩じゃなかった。ただの駄々っ子とちょっと冷たいお母さんだった。
僕も馬鹿ではない。話の流れでなんとなくこの美少年の正体には感づいてはいるが...一応確認しておこう。
「アラスさん、その子は?」
「さっき言ってた精霊大王」
「ですよねぇ」
この人は精霊大王に『上から目線で物を言うとは、随分偉くなったものだなぁ?』なんて事を言えるくらいすげー立場にいることは理解した(語彙力)
それから色々聞いて知れたことは:
・アータイル商会設立時の主格の一人
・20年前に死んだことになっていて、その頃からこの森奥に住んでいる
・カイ坊は、カイル坊っちゃんの略。まだ僕が赤ん坊の頃にリリィさん達と会っているらしい
あとは、粘り強く問い詰めてやっと聞き出せたのが、アラスさんと父は古くからの友人らしい。
死んだフリをしている理由は全力ではぐらかされてしまったので今日は諦めようと思う。
素顔を隠している理由も頑なに教えてはくれなかったので、またの機会に聞いてみよう。
そんなこんな話している内に、精霊大王が退屈してしまったようで駄々をこね始めた。
「もうそんなツマラン話は良いだろう!そこの弱っちいのも我と遊ぼうぞ!」
「弱っち――!?」
僕は確かに、アラスさんや父ほど強くはないが、弱っちいと言われるほど弱くはないと思っていたのだが...
『弱っちい』はちょっと、なんか、サクッと、グサァっと、くるなぁ......
「でも、もう少し聞きたいことが―――」
「なら我とアラスの話をしようではないか!」
あ、この人話が通じないタイプだ。でも、2人の関係も気になっていたので丁度いい。
「あれはアラスが14の頃だったか...幻覚の花をものともせず、我の城までたった一人で来おってな」
「んや、13だったよ。誕生日の前日だったからね」
「それは14で良いのだ!!ともかく、我が大王になって以来の初めての客だったから盛大にもてなしてやったわけよ」
「君のオモテナシって、あの急に最大火力で精霊魔法ぶっ放してきたやつ?」
「そうよ。それをアラスはうちわで叩き落として、その次の瞬間には―――」
「ボッコボコにされたと?」
「ぬぅ。よくわかったな、弱っちいの。」
まぁ、流れ的にはそうだよね。知ってた。
それよりもうちわで精霊大王の最大火力の精霊魔法を叩き落としたって部分がものすごく気になるのだが。
そのうちわってまだ残ってるんだろうか。
ちょっとそれで仰いだら竜巻起こせそうな気がしてきた()
「だがあれはボッコボコではない。グゥオッタンドゥオッテンだ。」
「謎のオノマトペやめてもろて(笑)」
「(笑)を口で言う人間は初めて見たぞ」
あれ、この下り昨日も聞いたような...?
アラスさんは毎回同じツッコミをされて飽きないのだろうか
昨日のあの場にいなかった精霊大王には被らないようにするなんて無理だろうが。
「つまり、そこでグゥオッタンドゥオッテンに返り討ちにあって、友達になったと?」
「む!こ、この我が貧弱な人間などと、と、『友達』なわけなかろう!」
この精霊大王、もしかしなくてもツンデレと言うやつだな。
ちょっとかわいいかもしれない(末期)
不穏なオーラを感じ、慌てて横を振り向くとアラスさんが鳥を射殺すような鋭い目つきになっていた。
「『貧弱な』人間『など』??ラウフ?きっとこれは僕の聞き間違いだよね?」
「ヒェッ!す、すまん!本当はそんな事思っておらんぞ!」
人が笑顔で怒る場合、口だけで目は笑っていないものだが、アラスさんは口が隠れているため、目は笑っている。
ただし、その怒りを喋り方に込めているので、一見笑っているように見えるが、声が完全に怒っている。地獄の鬼より怖い気がしてきた。
普段『俺』なのに『僕』って言っているのも怖い。
さすが?の精霊大王もビビっている。
そういえば精霊大王の名前ラウフなんだな(今更)
「他の人間はともかく、アラスとあのいつも一緒にいた2人のことは対等だと思っておる!友達だ!!」
「ほぉ〜お?俺のほうが立場は上だと思ったが?」
「くっ!!あの2人なら許さぬが...ぬぬぅ...アラスなら良かろう。唯一我をうちわで打ってきた奴だしな。アラスのほうが上だ」
「よろしい!」
アラスさんドS属性ですね、理解しました。
それより本当にうちわで打って来たの部分がとても気になる。そのうちわ鋼でできていたんじゃないだろうか?
というか、オークションに出したら高値で売れそうだな。『精霊大王を打ったうちわ』って商品名で―――って、オークション!!!
「アラスさん!オークションの時間!そろそろじゃないですか?」
「あ、本当だ。ありがとう、カイ坊」
「アラスさんもカイ坊呼びなんですね...」
「お!弱っちいのはカイ坊と言うのか!じゃあよわ坊、だな!」
「名前の原型...!!!」
せめて名前の原型はとどめてほしかった。カイルの『カ』も『イ』も『ル』もない。
カイ坊のほうがまだ幾分かはマシだ。
「さぁて、じゃあ俺はカイ坊とオークション会場にいくからラウフは帰っ―――「我も行くぞ!」
「は?」「へ?」
精霊大王が、来る...?人間の街に?オークション会場に?
歴史の教科書に載るような事をしようとしている自覚はあるんだろうか、この無駄に美少年な人は。
まぁ、でも流石のアラスさんも精霊大王を帝都に連れ出すようなことは―――
「まぁ、大人しくできるなら良いよ」
「いいの!?!?」
そうか、フラグを...フラグを立ててしまってたんだ!!!
なぜもっと早く気が付かない!くっ、僕のバカ野郎!!!
「ただし、人間並みに存在感は消してもらうけどね。」
「良かろう!アラスもそうしているのだから我も勿論するぞ!」
確かに、今の精霊大王は存在感がありすぎて人目を大いに引くだろう。
というか、アラスさんって存在感消してたんだ。だから人混みに紛れていった時見つけにくかったのだろうか。
そして思った。精霊大王精神年齢幼稚園。11文字熟語の完成。
これが俗に言う残念美少年だな。
と、そんなこんなで精霊大王を2000年ぶりに人間の街に連れ出すことになりました。
......教科書に載ることにならないよう願う
見たい映画がない、これが人生の終わりというやつですか。
諦めたら試合終了って言うけど、諦めても終わらせてくれない試合だってあるんだよ。人生という名の試合とかね...(聞き覚えのあるセリフ)
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へんなところで切り上げてしまって申し訳!あり!ま温泉!