3つ、目立ちたくないらしい
実は壁にめり込む人の気持ちになってみたいアラス。
「母上!では行ってまいります!!」
あれから十年の月日が経ち、母に絵本を読んでもらっていた少年は今や立派な青年となっていた。
「ええ、気をつけるのよカイル。学校の入学試験前なんだから、はしゃぎすぎて怪我しないようにね?」
「わかってますよ。もう、母上は僕を子供扱いしすぎです!僕だってもう16、冒険者登録のできる年齢なんですから!」
そう言ってその青年...カイルは胸をトン、と叩いた。
「そうだけど...、カイルはまだ帝都の城下町、行ったことないじゃない。それを独りでなんて...不安だわ。本当はお父さんについて行って欲しいけれど、あの人は相変わらず無理だから...私がついて行こうかしら」
「もう、母上!!心配しすぎですって!もう、行きますよ」
「あっ、う〜ん、これ!」
迷った素振りを見せながら、カイルの母、ルーシルは財布を握らせた。
「えっ、母上?もうお小遣いは先日貰いましたが...」
「ええ、これは私からのちょっとしたボーナスよ。存分に遊んでらっしゃい。気をつけるのよ!」
「はいっっ!!!」
そうやって、出発までに時間はかかったものの、カイルは初めて敷地の外へ一歩、踏み出したのであった。
✧
「す、すごい...」
城下町へついた僕は思わず感嘆の声をあげた。
見渡す限り延々と店が並んでおり、絶えず人で賑わっている。
今まで感じたことのない活気に、驚きとやっと敷地の外の世界を見ることができたという嬉しさがこみ上げてきた。
小さい頃からレベル上げは広大な敷地内の森でやっていたし、買い物も使用人がやってくれていた。
父上が言うには、僕らは貴族ではないらしいが、なぜか貴族よりも裕福な暮らしをしている。
何度か理由を聞いてみたことがあるが、誰も教えてはくれなかった。
時が来たら教えてもらえるようなので、その時まで僕は待つしかないようだ。
今日は、今度入学試験を受ける予定の帝立フォーサイス学園の周りを事前に見て回るために来た。(当日迷ったりしないように)
友達によれば、伝説の英雄方...ミヤル様とカイン様はよくこの辺りを歩いているところを目撃されるらしい。
ミヤル様はカフェやケーキ屋などのスイーツ系の店で、カイン様は帝立中央図書館にて。
僕は御二方の顔を知らないが、かつて世界を救った英雄としてグラシア大陸国際連盟―――この帝国の位置するグラシア大陸の国際連盟―――より勲章を与えられていて、それを常に左肩にぶら下げるのを義務付けられているので、ひと目で分かる。
憧れのミヤル様に会えないか、そんな期待を胸に商店街を歩いていると、すぐ近くで女性の悲鳴が聞こえた。
僕はすぐさま悲鳴のした方へ駆けつける。
そこには既に人だかりができていた。
「手を上げろ!!!金目のものを全て出しやがれ!!いいか、1分やる。それ以内に出さねぇとこのねぇちゃんの首が飛ぶぞ!」
「わわ、わかった!わかったから!どうか娘の命だけは...!!」
ジュエリーショップだろうか、ネックレスや指輪の並んだショウケースの奥には四角いひげのおじさん――わぁ、すごいイケオジ――がせっせと渡されたカバンに宝石を詰めていく。
店の中央には口をバンダナで隠した強盗と、そいつにナイフを突きつけられ人質にされている若い娘がいた。
体温がぐんぐん上昇し、自分の頭に血が上るのを感じる。
許せない、武器も何も持っていない善良な市民を人質にとるなんて...なんて酷い奴だ。
僕は魔法の詠唱を始める。
本来、魔法を習うのは学校に入学してからだが、僕は父よりいくつか教えてもらっていた。
今の僕では魔法の詠唱は最短でも15秒はかかる。はやく、はやく終われ。
そう願いながら今、自身が出せる最も早いスピードで詠唱をする。
(速く速く速く速く速く速く速く速く速く......!!!)
まだ13秒も残っている。詠唱している間は術者には周囲の時間の進みが遅く見える。
そのことに苛立ちながらも詠唱に全神経をつぎ込む。
それは、突然だった。
その場にいた誰もが、何が起こったのか理解することができなかった。
僕でさえ...『詠唱している術者は全てが遅く見える』というのに、その者の動きを一切捉えることができなかった。
「は......??」
強盗は、一瞬にして壁にめり込むほど強く、吹き飛ばされていた。
そして、その強盗のいた場所には、また強盗のように口元を隠した白銀の髪をした男が蹴りのポーズで立っていた。
「まさか、さっきの一瞬で強盗を蹴り飛ばした...??」
人混みのなかの誰かがそう漏らす。
ありえない、速すぎる、そういった声があちこちで上がる。
だが、強盗は先程の一瞬で吹き飛ばされている。それも、壁にめり込むほどに。
それは紛れもない事実だ。
白銀の髪の男は無造作に足を下ろすと、まるで何事もなかったかのようにその場を立ち去ろうとした。
「あ、あの!!お名前は?」
人質に取られていた娘が急いで呼び止める。
「あー、うーん...らー、らす...さい...あ、サイラスでいいよ」
なんだか今思いついた様な様子だったが、気にしないことにした。きっとなにか事情があるのだろう。
サイラスさん...きっと相当偉い御方に違いない。だってこんなに強いんだから。
いつかきっとお礼をと深々と頭を下げる親子には全く興味を示さない様子で、無表情のままサイラスさんはその場を立ち去った。
しばらくして詠唱後の硬直状態(10秒)が溶けた僕は急いでサイラスさんを探し歩いた。
先程のことで聞きたいことが沢山あったのだ。
どうやって一瞬で現れたのか、とか、どうやったらそれ程強くなれるのか、とか...
あれから何時間経っただろうか、太陽が真上まで来ていた頃だった。
人混みの中に太陽の光によく反射する白銀の髪を見つけた。
「あっ、サイラスさん!!」
名前を呼ぶものの、反応がない。
人違いかとも思ったが、あの白銀の髪に片方だけボブでもう一方は短髪、後ろに細く束ねられた長いインナーレイヤーという、一度見たら忘れないほど特徴的な髪型は先程みたサイラスさんしかいないだろう。
僕はなんとか人混みの中を前へと進み、サイラスさんの腕を掴む。
「待ってください、サイラスさん!!」
「...あっ、俺か。何?」
サイラスさんはワンテンポ遅れて反応した。まるで『サイラス』が自分の名前だということに今気がついたかのように。
「あの、聞きたいことがあって!!」
「そーかそーか、うん、なんか面倒そうだけど昼一緒にどう?それとももう食べた?」
「あ、いえ。まだですので是非!」
✧
サイラスさんと一緒に昼食を食べてわかったことがある。
一つ、サイラスさんはとんでもなく抜けている。
二つ、ある程度仲が良い相手には感情豊か。
三つ、目立ちたくない。
四つ、極度の面倒くさがり屋。
五つ、図書館を詰め込んだんじゃないかと思うほどの知識量。
六つ、たまに変なことを言う。
七つ、辛党。
「う、うわぁ...」
サイラスさんの皿の上はスパイスで真っ赤になっており、僕のところに漂ってきたその香りそれだけで涙が出そうになる。
「サイラスさん、よく平気で食べられますね。すごいです」
「ふぉう?」
だが、サイラスさんは一切汗もかくことなく涼し気な表情で皿の上のものを全て平らげた。
「んで?他に俺に聞きたいことは?」
「あの強盗を倒したとき、どうやって一瞬であんな蹴りを入れることができたんですか?詠唱中の僕でさえ見えなかった。まさか、強盗が来ることを予想して準備を...?」
「あぁ、あれね。予想なんてできないよ。悲鳴が聞こえた直後、足のみに《身体強化・3級》を発動、蹴りの体制に入る直前に左足のみに《身体強化・3級》を集中、右足を上げたと同時にさらに左の親指に《身体強化・3級》を集中、《3級》から《身体強化2級》に発動昇格しただけ。蹴り入れた右足の方は素の力だったよ。流石に強盗と言えど殺すのはまずいからね。」
彼は口元をナフキンで拭くと、あれがなんて事のない事のように教えてくれた。
今サイラスさんが言ったことは全て常軌を逸していた。
スキルのレベルには全部で20。段位12つの上に級位8つとなっていて、そもそも級位を持っている事自体レアで習得が難しいと言うのに、8の級位の中でも5級以上の保有者は現在、大陸で二人しか確認されていない。
サイラスさんの話が本当なら、三人目がいるということになるが、そう簡単には信じられなかった。
第一、もし本当に持っているとすれば、話題になって記事になっているところだ。
あの秒速を超える蹴りを見たあとでも、あの伝説に並ぶ人がいるなんて信じがたかった。
「ん、どした?」
「あ、いえ、すみません。どのスキルにおいても5段以上を持っている人は、その、英雄の御二方以外に聞いたことがなかったので...」
「あー、信じがたいってか。うん、信じなくていいよ。説明めんどいし」
「え、えぇ...あ、あの、ステータス、見てみたいなぁ...って...?」
そう、僕が言ったときだった。サイラスさんの表情が氷のように凍てついた。
「あ、すいません!!嫌ですよね!そりゃ当然ですよね!!すみません図々しく!」
「え?あ、違うよ。そのことじゃなくて...別に見せてもいいけれど、一つだけ約束してほしい」
「なんでしょう?」
「今日見たことは全て他言無用。特に君の父には絶対に話さないでほしい。」
そう言ってサイラスさんは神妙な顔つきで僕の眼を真っ直ぐ見つめた。
ぼうっとしているとその星空のような瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
「もちろんです。でも、なぜ特に父上なのですか?」
「あー、そのうちわかるよ、そのうち」
この人は僕の父のことを知っているのだろうか。
父の知り合いにこんなに強い人がいるとは聞いたことはないけれど、父の若い頃の話は聞かされたことがないので、もしかしたら学友だったのかもしれない。
そういえば、父もかなり強かったので、もしかしたら共に冒険者でもやっていたのでは...?
「はい、ステータスだよブルータス」
そう言いながらサイラスさんはステータスをフリップさせこちらに向けてくれた。
「ブルータスて...」
なぜ裏切り者と名高い人の名前をいきなり出してきたのかはわからないが、そこは一旦置いておいてステータスの詳細を見る。
〚Status〛
Name: ■■■・■■■■■■
Age: 35
Title: 【■■】【■■】
Skill: 《召喚術・特級》
《暗殺術・特級》
《魔術【炎】・1級》《魔術【水】・1級》《魔術【土】・1級》《魔術【風】・1級》《魔術【闇】・特級》
《体術・1級》
《馬術・1級》
《弓術・3級》
《魔砲術・3級》
《剣術・4級》
《操糸術・8級》
《薙刀術・12段》
《フェンシング・7段》
《華蘭武術・5段》
《槍術・5段》
《抜刀術・5段》
「....は?」
ブックマーク押してくれたら歓喜で偏西風呼んでこれそうです(?)
ペルセウス座流星群、雨のせいで見れなかった僕に慈悲を!(なにいってんだこいつ)
星が降ってこないかなぁ、下に星あるなぁ、青く光らないかなぁ(←うぜぇ)