夢みたものは(2)
カウンターのそばにある茶褐色の扉を開け、両側に同じつくりの扉が二つある、狭い廊下に出る。
右手側の扉へ入ると、これもまたレトロなカーペットに一人掛けのソファ、シングルベッドとそのそばにある小さな小物箪笥のみという、落ち着きはあるものの、簡素な部屋が現れた。
バクの後ろからついてきたミキさんは、慣れた手つきで装飾品を外したあと、ピンヒールを脱ぎ、ベッドに横になる。
「よーし、幸せいっぱいになるぞぉ」
軽く伸びをしながら言う。
「良い夢が見られるといいですね」
バクは手に持っていた香木を、箪笥に置いてある小皿に移し、マッチで火をつける。パチパチッと音をたてた後、程無くして、部屋中に甘く香ばしい香りが広がった。
眠気を誘い、人に夢を見せる、不思議な香木。バクが作ることができるそれは、彼自身が「夢幻香」と呼んでいる。
すうっと、その匂いをミキさんが胸いっぱいに吸い込むのを確認する。
「では私は、一時間程後にまた参ります。ミキさん、良い夢見を」
「うん」
わずか数秒後、ミキさんは穏やかな寝息をたて始めた。
「すっごい背が高くてね、で、高いだけじゃないの、それはそれははっとするほどのイケメンでね!私彼と遊園地に行ったの!で、そこで彼が.......」
ミキさんは起こすや否や、夢で見た内容を、ご自慢のマシンガントークで滔々と語り始めた。
はい、そうですか、それはすごい......。
彼女の快弁を、食器を洗いながら空返事と共に流していく。彼女に夢を見せた後の常である。一通り満足するまで話すと、彼女はさっさと帰っていく。
「じゃ、あたしそろそろ帰るわ」
「ありがとうございました」
出口に向かっていくミキさんに一声かける。返事に手をひらひらと振っている。
言い忘れていたことを思い出して「ミキさん」と声をかける。
「ん、なあに」
ドアに手を掛けていた彼女はついと振り向く。彼女をまっすぐ見つめ、訊ねる。
───「お客様、夢は叶いましたか」───
夢見をしたお客様に対して必ず訊く決まり文句である。
柔らかい花弁を開かせた花のように、ミキさんはふっと微笑む。
「──叶ったよ。今日もありがと」
彼女の頬には西日が差し込み、その笑顔が美しく縁取られる。
「お姉さん幸せそう!」
店内にいた子どもが、声をあげた。
ミキさんは「まあね」と恥ずかしそうにしながら、店を出ていった。
ミキさんがいなくなった店内は、温かい空気で満たされた。
彼女は、風は時折強いが温かい、春のような人だとバクはよく思う。落ち着きがなく、おしゃべりだが、去るときには必ず花びらを落としていく。その花びらで、残された人たちを和ませるのだ。
そして、自然と思わせるのだ。「また会いたい」と。
───春が来たかと思えば、嵐がやってくる。彼女と入れ違いに入ってきた男は、まさに、静かな嵐だった。