7話 司との遭遇
「で、何があったの?」
「何、て?」
「惚けても無駄よ。デートから帰ってからずっと心ここにあらず状態だわ。料理のハンバーグは真っ黒に焦がすし、何もないところでこけるし、お姉ちゃんがお風呂入ってるのに、ボーとして入ってきちゃうし、普段ならやらないことばかりよ。いつからドジっ子属性がついたのかしら。まあ、最後のはいつでもウェルカムだけど」
ぐへへ、とちょっと変態的な笑顔のお姉ちゃん。
「さあ! 早くゲロちゃいなさい! じゃないと」
お姉ちゃんは指をクネクネさせると、俺の脇腹をくすぐり出した。
「あはは! や、やめて! お姉ちゃん……!」
「ほら! ここがええんやろ! それともこっちか変態め!」
「へ、変態はお姉ちゃんでしょ!」
「ほう……そんなことを言う弟には躾けが必要ね」
「待って! は、話すから……! ちゃんと、話すから!」
お姉ちゃんはニッコリと笑うと、
「ダメ」
俺の全身を思いっきりくすぐり始めた。
数分後、俺はぐったりとした状態でソファーに寝ていた。
「ふー、満足満足!」
「満足じゃないよ……」
起き上がろうとするが、力が全然入らない。
お姉ちゃんは寝ている俺の背中に座った。
「ぐえっ」
「どうしたの? 潰れたカエルのような声出して? もしかして、重い? そんなことないよね?」
「お……っ! 全然! 軽いよ!」
「そう。それはよかった」
お姉ちゃんに脇腹を突かれ、意見を変える俺。
くすぐりの刑に処された俺はお姉ちゃんの従順なペットなのである。
「で、何があったの?」
「……」
少しの沈黙の後、言った。
「綾に告白された」
「おー、おめでとう。よかったわね……で、どうして浮かない顔をしているの?」
「……答えは保留にした。付き合いたかったけど……! 本当の俺は男で……綾に嘘をついてるから……!」
心の内面を吐き出すように答える。自然と目から涙が零れ、ソファを濡らした。
お姉ちゃんは背中に座ったまま、俺の頭を優しく撫でた。
「なるほど……レンは優しいわね。私がレンの立場だったら、最初の計画通り、メロメロにさせてから正体をバラすのに」
「……」
「で、レンはどうするの? このまま返事を保留したままにして、綾ちゃんと友達のままでいる?」
「それは……ダメだ。綾の返事にはしっかり答えたい……」
「じゃあ、いっそ断っちゃう? ごめんて」
「っ……!」
「無理よね。好きな子に告白されてるのに、断るなんて事、不器用なレンにはできない。絶対に好きだとバレるわ。お姉ちゃんの私が保証するもの。だったら」
お姉ちゃんは俺の背中から降りると、床に座って俺と真っ直ぐに向き合った。
「真正面からぶつかるしかないわ。男だと正直に話して、それでも付き合って欲しいて伝えるの」
「……!」
「図々しい話よ。女装して騙していたのに、付き合って欲しいて言うんだから。失敗したら、殴られるくらいの覚悟が必要よ」
その光景を思い浮かべる。
綾に正体を明かして、それでも付き合って欲しいと伝える俺。
俺は断られ、罵られ、殴られる。
嫌な結末だ。だけど。
「まあ、でもレンはこのやり方を選ぶでしょ?」
「……うん」
「よし、そうと決まれば息抜きに遊んできなさい。ほら、お小遣いあげるから」
「……ありがとう」
お姉ちゃんはそう言って、一万円を俺に渡す。
「そうそう、ついでにショッピングモールでぬいぐるみを買ってきて。抱けるくらい大きいので可愛いやつ。漫画の資料で必要なのよ」
「わかった」
俺は着替えて準備をする。玄関の扉を開け、足を止めた。
「そうだ、お姉ちゃん」
「何?」
「大好きだ」
「……ふふ、私も大好きよ」
家を出てすぐに最寄駅のショピングモールに来ていた。ぬいぐるみ売り場には親子や女子高生など、男には居心地が悪い空間。
たが、今の俺はどこから見ても女の子。無意識で着替えてしまったが別に女装しなくても良かったんじゃないだろうか。
少し躊躇いながらも、中に入る。
「うーん……」
見つけたのは茶色のクマとタヌキのぬいぐるみ。どちらも抱きしめられるほどの大きさで、可愛らしい。
悩んだ末、値段が安いクマのぬいぐるみに手を伸ばしたが、他に手を伸ばした人物がいた。
「っ……⁉︎」
手を伸ばした人物は司だった。
変装のつもりだろうか、帽子を深く被り、大きめの伊達眼鏡を掛けている。
「あっ、ごめんな」
「い、いえ……」
俺は慌てて顔を逸らした。
バ、バレてないよな……?
その場から逃げようとするが、
「ちょっと、待った」
「……何?」
肩を掴まれ、振り返る。もしかして、バレて……!
「いや、このぬいぐるみが欲しいんじゃないかと思って」
「欲しいけど、他の物でも大丈夫」
俺は慌ててタヌキのぬいぐるみを手に取った。ついでにそれで顔を隠す。
「そっか。じゃあ、これは私が……」
ギュとぬいぐるみを抱きしめて、微笑む司。
普段の男勝りの性格とは思えない行動だ。まあ、司も女の子だしな。
「べ、別に私が欲しいわけじゃないんだ! い、妹がどうしても、て……!」
と、慌てて弁明する。
だが、長い付き合いの俺はわかる。嘘だ。絶対に自分用だと。自分が似合ないと思っているから嘘をついているのだ。
「優しいお姉さんなんですね。でも、あなたもそのぬいぐるみ似合うと思いますよ」
「えっ⁉︎ そ、そうかな……?」
「そうですよ。もっと自分に正直になって良いんですよ」
「……そうだな、うん。ありがとう……」
「では、私はこれで」
今度こそ逃げようとするが、
「待ってくれ」
司は俺を呼び止めた。
「良かったら、少し話さないか?」
「えーと……」
流石にバレる可能性があるから嫌なんだが……。
「ご、ごめん。忘れてくれ! 初対面の奴に言われても警戒するよな」
苦笑いをする司。良く知る相手だから警戒はしていないんだが。少し悩んだ後、俺は答えた。
「少しだけなら」
ということで俺達は会計を済ませると、モール内のベンチに腰かけた。
「悪いな。これは付き合わせるお礼」
「ありがとう」
渡されたのはバニラシェイク。
「私の名前は釘塚司。司って呼んでくれ」
「お……わ、私は……」
危なく、俺って言うとこだった。後、名前か……。
「相川レン」
「レン……!?」
「ん? どうしたの?」
小首を傾げると、司は言った。
「いや、幼馴染にレンてやつがいて、驚いただけだ」
「そうなんだ」
知ってるけどね。あえて、とぼけただけだし。
司は「ふぅ」と息を吸うと、真っ直ぐに俺を見つめていった。
「実は私……可愛いものが好きなんだ……!」
「ぬいぐるみとか、ああいうフリフリの服とか?」
ゴシックロリータのお店を指さすと、司は顔を赤くする。
「ああ! そうだ!」
「それで?」
「それで、て……レンはおかしいとは思わないのか? 私みたいな男勝りな女がああいうものを好きなことを」
「うん」
司とは長い付き合いで、可愛いものが好きなのは薄々感づいていたし、司も女の子なんだから可愛いものが好きなのは不思議ではない。
「そっか……ありがとう」
「どういたしまして……?」
「なあ、レン。良かったら買い物に付き合ってくれないか?」
その声は不安げで、チラチラと俺を見ていた。
「今からは無理。また、今度なら」
「本当か!? よっしゃ!」
ガッツポーズをとる司。本当にうれしい時に出ちゃう司の癖だ。
「けど、買い物って何買うの?」
「……可愛い服とか、ぬいぐるみとか……一緒に買いに行く友達が欲しかったんだよ……!」
かぁと顔を赤くする司。照れてるな……。
俺は思わず笑みを浮かべると、司がジーと俺を見つめてきた。
「な、何……?」
「いや、笑った表情が幼馴染とよく似てたから、つい……そう言えば、声も……」
「っ……!?」
サーと血の気が引いていく。司は俺に疑いの目を向けてしばし悩んだが、笑った。
「まあ、そんなことないか。いくら女顔でも女装はしないしな」
女装してますよ!
「……そ、そうだよ! 全く、男と間違うなんて酷いよ……」
「ははは、ごめん、ごめん。あまりにも似てたから。良かったら写真見るか?」
危ねえ……!
ホッと胸をなでおろすと、司は携帯を見せてきた。
「ほら、この小さいのが」
小さくて悪かったなぁ……!
見せてくれた写真は中学卒業の時に撮った、司とのツーショット。
司が俺の肩に手を回し、グッと抱き寄せていて、俺がちょっと苦しそうだ。確か、嫌だと断ったのに無理やり取られたやつだな。
「なあ、そっくりだろ?」
「そう……だね」
写真と俺の顔を見比べる。この流れはちょっと不味いかも……!
「もしかして、司はこの幼馴染の子が好きなの?」
話の流れを変えようと、冗談で言ってみるが、司は顔を真っ赤にさせた。
「そ、そんなこと……! ぐ、実は……ずっと片思いをしてるんだ」
「えっ⁉︎」
まさかの返答に、俺は戸惑う。
司が俺のことを好きだなんてことは、全然気が付かなかったし、司のことは幼馴染であり、親友としてしか見ていなかった。
なのに、どうしてだろう。好きと知ってしまったせいか、司も女の子なんだ、と意識してしまう。
「あー! 言っちまったー! この事は誰にも言わないでくれよ! 会う事はないと思うけどレンには特に!」
「わ、わかった」
まさか、その当人に言ってるとは思っていないだろう。
それにしても、絶対に司にはバレるわけにはいかなくなった。
ふいに携帯が鳴った。
お姉ちゃんからのメールでいつ帰ってくるの、と帰宅を急かす内容だった。
「ごめん、そろそろ、帰らないと」
「そっか。あ、連絡先教えてくれ」
「連絡先。良い……っ」
良くねえ! 連絡先教えたらバレるじゃねえか……!
「……ご、ごめん、携帯の充電切れちゃった」
こっそりと電源を切る。
「そうか……じゃあ……はい、これ私の連絡先。後で連絡してくれ」
「うん、わかった」
司から連絡先のメモを受け取る。
「じゃあ、これで」
「ああ、またな」
司に手を振りモールを後にした。