6話 舞踏会
目の前にあるのは湖に浮かぶ、大きな宮殿。
橋を渡り、玄関にある受付で舞踏会のチケットを提示して、中に入る。
足元には真っ赤な絨毯。壁には高そうな壺やどこかの風景画。天井にはシャンデリアが飾られ、中世のヨーロッパを連想させる。
「豪華だね」
「そうね……ここまで豪華にして、利益は出てるのかしら……?」
首を傾げ、辺りを見回す綾。
綾は金儲けに興味があるんだろうか……?
廊下を歩き、更衣室に辿り着く。
うぅ……俺、男だし……入ったら、不味いよな……。
「どうしたの? 早く行きましょう」
「ま、待って……」
立ち尽くしていると、綾は俺の手を引いて、中に入ってしまった。
「どうぞ、お好きなドレスをお選びください」
出迎えてくれたのは燕尾服を着た男装の麗人。
室内には沢山の色とりどりのドレスやタキシードが置いてある。着替える場所はアパレル店の試着室のように、個人用になっていた。
「よかった」
ホッと一安心する俺。
「たくさんあるわね。どれにしようかしら……レンはドレスとかに詳しい?」
「俺……? 全然」
普段は男だからね。
「そうだ、綾。互いに似合いそうなドレスを選ぼう」
「え……!」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど……良いわ。やりましょう」
よっしゃ! 綾に自分好みのドレスを着せられるぜ!
俺は綾と別れ、ドレス選びを始める。
綾は大人っぽいから、それを活かしたドレスを選ぼう。
色は……青だな。スカート丈もロングで……ドレスはこれが良い。フィットして女性らしい体型が出る。マーメイドドレスかぁ……。
そうして、綾のドレスと小物を選び、綾と合流する。
「どうやら、決まったみたいね」
「ああ」
俺達は互いのドレスを渡す。
「じゃあ、着替え終わったら会場で待ち合わせにしましょう。そっちの方が面白そうだし」
「良いぜ」
ニヤリと笑って、更衣室に入りカーテンを閉める。
受け取ったドレスを広げる。黄色の膝丈までのドレス。腰には水色のリボンが巻かれて、可愛らしさ満点の服だった。さらに、ひまわりをモチーフにした髪留めもある。
「……っ!」
俺はこんな可愛らしい服を着るのか……!
男として抵抗があるが、散々女装をしているので、今更である。
着替えて姿見を見る。
「……」
似合っていた。どこからどうみても可愛い女の子だ。
更衣室を出て、会場に向かう。
大きな扉があり、係員が俺に気付くと、開けてくれた。
まず目に入ったのが、煌びやかに輝く大きなシャンデリア。音楽団が演奏し、それに合わせ、中央でタキシードやドレスを着た男女が躍っていた。端の方にはテーブルがあり、料理や飲み物などが置かれている。
完全にアフェイな世界だ。思わず立ち尽くしてしまうが、後ろから誰か来たので慌てて移動する。
綾を探してみるが、まだ来ていないようだ。早く来て欲しい……。
俺はグラスに入ったブドウジュースを受け取ると、会場内をボーと眺めていた。
「ねえ、君。一人?」
「え? あ……!」
声を掛けてきたのは真っ赤なドレスを着た綺麗な女性だった。
だが、俺が注目したのは顔ではない。
下にある大きなおっぱいだ。谷間がくっきり見えるドレスで、俺の目が釘付けになった。
女性は俺の視線に気がついたのか、俺の腕に胸を押しつけ抱きついてきた。
「今、お姉さんの胸見てたでしょ? ふふ、顔真っ赤にして可愛い」
「……っ⁉︎」
耳元で囁かれ、ドキッとする。こ、これが大人の女性の魅力か……!
「あの……俺、女なんですけど」
「見ればわかるわ。だから、ナンパしてるの。それに、自分の事を俺って……可愛い見た目なのに、男らしいのね……ますます、好きになっちゃた」
「好きに……⁉︎」
やばい、なんか頭がクラクラしてきた。
「ねえ、あっちでお姉さんと楽しいことしましょう」
女性は俺の腕に胸を押し付けたまま、歩き出す。
このままだと、美味しく頂かれてしまう。でも、拘束を無理やり解くのは惜しい気が……。
あれこれ考えていると、反対の腕が引っ張られた。
「……っ⁉︎」
転びそうになるが、抱きしめられる。
「私の連れに何か用かしら?」
俺を抱きしめたのは綾だった。
しかも、その口調は冷切っていて、睨まれた女性は「ひぃ⁉︎」と小さく悲鳴を上げていた。
「ご、ごめんなさい! 連れが居たなんて知らなくて! さようなら!」
女性は足早に去っていった。
俺はそれを黙って見送った。というか、それどころではなかった。
だって、俺は好きな人に今抱きしめられているのだ。
暖かな体温、胴に回された腕。何より、背中に胸が当たっていた。
「レン」
「は、はい!」
邪な気持ちに気づかれてはいないはず……。
「知らない人に付いて行ってはダメよ」
「ご、ごめん」
子供を叱るように俺を叱る綾。
親身になって叱ってくれてるのに、邪な気持ち抱いてごめんよ……。
「まあ、あの人がナンパしたい気持ちも分からなくはないわ」
「えっ?」
「今のレンは最高に可愛いもの」
「か、可愛い……そっかぁ……可愛いかぁ」
顔が熱くなる。ニヤニヤするのが抑えられない。
両手で顔を隠そうとするが、綾が俺の頬に手を添える。
「レン。可愛い姿をじっくり見せて。ね?」
「うっ……少しだけなら」
なんだ? この羞恥プレイは?
恥ずかしくて目を逸らしていたが、段々と腹が立ってきた。
ええい! 仕返ししてやる!
「あ、綾だって綺麗だ!」
真っ直ぐに綾を見詰めて、そう伝える。
今の綾は女性らしいスタイルが出る、濃い青のマーメイドドレス。いつものストレートヘアは、ウェーブがかかっていて、違った魅力を感じる。薄らではあるが化粧をしていて、大人の魅力が引き立っていた。
笑みを浮かべて俺を見ていた綾が、顔を赤くした。
「そう、かしら……?」
「ああ! もっと可愛い顔を見せてくれ!」
俺は真っ直ぐ綾を見つめるが、綾の恥じらう姿に、こっちまで恥ずかしくなり、慌てて目を逸らした。
全く、俺は何をやっているんだ……!
少しの沈黙の後、会場に響いていた音楽が止み、ダンスが終わる。移動する人もいる中、その場に留まる人もいた。おそらく、次の演奏を待っているのだろう。
このままだと気まずいし、参加してみるか。
「良かったら、踊らないか?」
俺は綾に手を差し出す。綾は少し躊躇った後、俺の手を取った。
「……ええ」
俺と綾は手を繋ぎ、会場の中心へ。普通は男女で踊るものなのか、俺たちへの視線を感じた。
「ダンスの経験はあるの?」
「……ないな」
沈黙を破るために参加したが、失敗したかも。
「まあ、何とかなるだろう」
「……そう。じゃあ、リードしてね。恥晒したら許さないから」
「頑張るよ」
俺は周りの奴を参考にして、踊り始める。
だが、運動が苦手な俺はぎこちない動きを繰り返して、何度も綾の足を踏みそうになった。
「何とかならないわね」
「うっ……」
「私がリードするわ。合わせて」
「ごめん」
綾がリードすると自然に踊ることができた。
「綾てダンスの経験あるのか?」
「昔、軽く習った程度よ」
「何だよ。だったら、最初からリードしてくれれば良いのに」
「何とかなる、と見栄を張ったレンが可愛くて、任せてみようと思ったのよ」
「そっか」
ダンスを終え、俺たちはテラスに出た。
夜の風が火照った身体に心地よく感じる。
「今日は楽しかったわ」
「そっか。そりゃあ、良かった」
「ええ、レンの可愛らしい面が一杯見れたもの」
「なっ……! それは忘れてくれ……!」
「無理ね。一生忘れないわ。ふふ」
月明りに照らされ微笑み綾の姿を美しいと思った。
「私、今日あなたと遊んで実感したことがあるの」
「ん?」
綾は俺の事を真っ直ぐに見つめ伝えた。
「私はあなたが好き」
「……っ⁉︎」
突然の告白、頭が真っ白になり、身体が固まる。
「あなたの答えを聞かせて」
「俺も……!」
好きだ、とは続けられなかった。
夢にまで見た展開なのに、嬉しいはずなのに……ああ、そうか。俺が綾に嘘をついているからか。
俺がクソ野郎なら、このままオーケーできたのにな。だが、俺はクソ野郎にはなれそうにない。例え、嫌われても。
「綾、聞いて欲しい話があるんだ」
覚悟を決めて切り出そうとした瞬間、綾が俺にキスをしてきた。
「唇奪っちゃった。可愛すぎるレンがいけないのよ」
「なっ……!」
俺は顔を真っ赤に染める。綾は頬を微かに赤く染め、妖艶に笑う。
「ねえ、もう一回。良い?」
「……ま、待って……! 大切な話が……!」
「ごめんなさい、待てないわ」
「っ!?」
綾は俺の唇を奪う。唇の柔らかな感触と熱が伝わってくる。
いつまでキスをしていただろう。綾は唇を離す。
「それで、大切な話って?」
「……また、今度でお願いします」
「告白の返事は?」
「……それも、少し考えさせて」
綾は「ふぅ」とため息を吐く。
「仕方がないわね。少しの間だけよ。返事くれなきゃ、我慢できなくて襲っちゃうかも」
「っ……!?」
綾って肉食系だったのか……!
これは、早めに返事しないと本当に襲われる……!
「あはは……わかった。できるだけ早く返事するよ」
「うん、お願いね」