4話 デートが楽しみで……
昼休み後の体育授業。男女別れてのバスケ。
運動は得意じゃないが、好きな俺には楽しみな授業である。けど、今日は違った。
上の空だった。もう、完全に妄想の世界の住人だ。
午前の授業内容も耳に入ってこなかったし、休み時間も空を眺めてボケーとしていた。
頭にあるのは日曜日のデートのみ。
そして、それがまずかった。
「危ない!」
誰の声だったかはわからない。
「えっ?」
ただ、気が付くと俺の目の前にはバスケットボールがあり、顔面に衝突した。そのまま倒れ床に頭をぶつける。顔面と頭部への衝撃で意識を失った。
ああ、俺、超カッコ悪い……。
「お、目が覚めたか?」
目に入ったのは白いカーテンと、パイプ椅子に座っている女子生徒。
クセッ毛のある長髪、凹凸がはっきりとしている魅力あるスタイル。身だしなみに気を遣えば、美人であるが、残念ながら本人は洒落っ気がない。
幼馴染の釘塚司だ。
「司……か? ここは?」
「保健室だ。覚えてるか? 授業で顔面にボールを受けて、そのままダウンだ」
「うっ……」
嫌な記憶を思い出し、表情を歪める。
「大の男が情けない。それじゃあ、いつまでたってもカッコイイ男にはなれねえぜ」
「うるせえ」
俺は布団を被ってそっぽを向いた。
「で、どうしたんだよ?」
「何が?」
「今日一日、おかしかっただろ? 何か悩みがあるんじゃないか? 相談に乗るぞ」
「……確かに悩みだけど、相談は必要ない」
デートが楽しみで仕方がないだけだ。ただ、デートの件は秘密だ。誰が女装してデートに行きますなんて言えるか!
「水臭いなぁ。あたしには相談しにくいことなのか? もしかして……デートか?」
「っ!? ち、違うっ!」
的確な指摘に、思わずベッドから起き上がり否定する。
しまった……! これじゃあ、認めているものじゃないか……!
「おいおい……マジかよ……で、相手は誰?」
「そんなの……どうでも良いだろ!」
「良くない」
司は立ち上がると、俺に詰め寄った。後ずさると、バンッと壁に手を着き、顔を近づける。
「相手は誰?」
「っ……!」
近い! ものすごく近い……!
さらに、体育の後なので良い匂いがした。
司は男らしい性格だが、女の子なのだ。
「か、関係ないだろ! つ、司は俺の彼女とかじゃないんだし。俺が誰と付き合おうと勝手だ!」
「っ……! そうだな……レンの言う通りだ」
司は俺から離れると、白いカーテンを開けた。
「悪かった。レンの事を妹のように思ってたから、つい、心配になってな」
「そっか……ん、妹……? 俺は男だ!」
「はいはい、そうでしたね、まあ、頑張れよ」
司はそう言うと保健室から出ていった。
「はぁ……」
俺はベッドに寝転がった。
テンパってたとはいえ、さっきは言いすぎてしまった。後で謝ろう。
それに、妹て……俺は男だっていうの。
「おーい、阿久津。ケガの具合はどうだ?」
カーテンを開け、声を掛けてきたのは保健室の先生だ
「大丈夫です……っ!?」
「見せて見ろ」
先生が頭を触ると痛かった。
「ああ、コブになってるな……倒れた際にぶったんだろう。放っておけば治る……それで、一人で帰れるか? 心配なら家に連絡を入れるが」
「一人で帰れます」
「わかった」
俺は保健室を出て教室に向かう。
グランドからは運動部の掛け声が聞こえ、校舎には吹奏楽の演奏が響いている。
そんな放課後の廊下を歩いていると、前から綾が歩いてきた。
「……っ!?」
どうする!? 隠れるか……!? いや、今隠れたら不審がられる。自分は何もやましいことはしていませんよ、て顔で通り過ぎるんだ。
何て考えていたが、結局顔を伏せ、顔を見られないように注意して、すれ違う。
気づかれなかったぁ……はぁ、当然か……。
「待ちなさい。そこの男子生徒」
「……っ!?」
俺は足を止めて振り返った。綾は落ちていたハンカチを拾うと俺に差し出す。
「これ、落としたわよ」
「あっ……! ありがとうございますっ」
いつのまにかポケットから落ちていたのであろう。俺はハンカチを受け取ろうとしたが、綾がハンカチから手を離さない。
「えーと……」
ジーと俺を見つめる綾。嫌な汗が流れる。
もしかして、気付かれて……!
「あなた、どこかで会った事ある?」
ああ、完全に疑われてる。
俺は視線を泳がせながら、頭をフル回転し、答えた。
「………………こ、この前、月ノ森さんに告白しました」
「……ああ、それで」
納得した様子の綾は俺にハンカチを渡した。
「時間を取らせて、ごめんなさい」
そう言って、綾は去っていく。俺も歩き出して、曲がり角をまがったところで壁に寄り掛かった。
「はぁ……危なかった」
もう少し見られてらバレたかもしれない。
でも、俺が女装したレンだって、気づいてくれたのは少し嬉しかった。
て、気づかれたらダメだろ!
教室に入ると、俺の机に司が座っていた。
「よう、レン」
「司」
俺は頭を下げた。
「さっきはごめん、言いすぎた」
「……気にするな。あたしも無理に聞こうとしたんだ。ごめん」
しばしの沈黙して、司が俺に鞄を渡した。
「ほら、帰るぞ」
「うん……司、謝るために待っていたのか?」
「……ま、まあ、謝るためていうもある……けど、病人を一人で帰らせるわけにはいかないだろ」
そう言って、笑って俺の頭を撫でる司。
俺は言い親友を持ったものだ。
「ありがとう……後、コブになってるから痛い」
「あっ……悪い悪い」
司は頭から手を離す。
「やっぱ、どこか寄ってかない?」
「寄ってかないって……レン、病人だろ?」
「良いじゃん。遊びたい気分なんだよ」
「……はぁ、わかった。少しだけだぞ」
「よしっ。ゲーセン行こうぜ」
「はいはい」