2話 初めての女装外出
女装してから一週間が過ぎた。
お姉ちゃんから女装のやり方を教わり、おぼつかないが自分でも女装できるようになった。小さな一歩である……複雑な気持ちだけど。
「そろそろ、外に出てみたら?」
「え?」
この格好で? 冗談だろ?
「はぁ……最初の目的を忘れてないでしょうね?」
「っ! 大丈夫! 忘れてない!」
そうだった。この格好で月ノ森さんを口説くのだ。
「そう……それなら、外に出てみましょうか」
「いや……でも」
慣れて羞恥心が薄れてきたが、それでも他人の目がある場所に行くのは恥ずかしいし、バレたら社会的に終わる。あれ? この作戦てリスク高くないか……。
「大丈夫よ。今のレンはどこからどうみても美少女よ! 自信を持ちなさい!」
「……そうかな?」
小首を傾げると、お姉ちゃんが鼻血を噴出した。
「そうよ! 今だってお姉ちゃんが男だったら間違いなく押し倒しているわ!」
「男に押し倒されるなんて嫌だよ!」
「男に押し倒されるレン……じゅるり、へへ……いい」
「お、お姉ちゃん」
お姉ちゃんの目が怖い。あれは変態の目だ。
「………………はっ! ご、ごめんね、つい妄想しちゃった」
「……」
精神の安定のために、妄想の内容は聞かない方が良いだろう。
「じゃあ、お姉ちゃん。俺、散歩してくるよ」
「お、頑張りなよ。あっ! ついでにコンビニでカフェオレ買ってきて」
「へー」
「レンも好きなやつ買って良いからさ」
と、お姉ちゃんは五百円玉を投げてきた。
「……わかった」
キャッチした五百円玉を財布にしまう。財布は可愛らしい赤い小さなバックにしまった。
「じゃあ、いってきます」
「うん、いってらっしゃい。痴漢には気を付けてね」
扉を開け、家を出ると、外は夕方だった。
「どこに行こうかな」
この散歩の目的は女装に慣れることだろう。だったら、人目が多い商店街とかが良い。
そうして、商店街に向けて歩き出すと、前から少女連れの親子がやってきた。
『ママ、あの人男なのに女の格好してるよ? どうして?』
『しー! 見ちゃいけません!』
何て話さないよな? い、いかん! 平常心だ! 平常心! 動揺したら変な目で見られるぞ!
俺は顔を上げ、胸を張る。微かに膨らみがあるのはパット入りだからだ。通り過ぎようとした時だった。少女と目が合った。
あ、バレて……!
血の気が引きそうになったが、少女は俺を見ると、ニッコリと笑って手を振った。俺も表情筋を引くつかせながらも、笑みを浮かべ手を振る。
「ふぅ……」
角をまがったところで、壁に寄り掛かった。
心臓に悪い。人通りに出たら死ぬわ……。けど、男だってバレなかったな。思えば、女装してない時も、女だと勘違いされたことあったな。
それから、何人かとすれ違ったが、誰も俺を男だと気が付く人はいなかった。
「さて、と」
コンビニで目的の物を買い、帰ろうとしていた時だった。
「ねえ、そこのお嬢ちゃん」
チャラそうな二人組の男が現れた。邪魔だな。俺は横を通り過ぎる。
「おーい、お嬢ちゃん。無視はないんじゃねえ」
「そうそう、人の話はちゃんと聞かないと」
さーて、家に帰ったら夕飯作らないとな……。
「無視すんなって!」
「そんな態度してるとケガしちゃうよ」
うーん……カレーにしよう。うん、カレーの気分だ。
「おい!」
「っ!?」
後ろから肩を掴まれた。振り返ると、邪魔なチャラそうな二人組の男がいた。
「無視するとか。舐めてんのか!」
「えっ!?」
まさかこいつら俺に話しかけてたの!? でも、お嬢ちゃんて……あ、女装してるんだった。
「もう、キレた! こっちにこい!」
「嫌! 離せよ!」
抵抗するが、相手の男の方が力が強く、引っ張られていく。
やばい! このまま連れてかれたらあんなことやこんなことをされる! 男なのに男に! 絶対に嫌だ!
「待ちなさい」
ガシッと男の腕を掴む、女の子……月ノ森さん。
どうして、月ノ森さんがここに……?
「あぁ、てめぇ、邪魔すんじゃねえよ!」
「そうそう……いや、もしかして君も混ざりたいとか」
「お! 良いねぇ。じゃあ、君も一緒に行こうか」
このままじゃあ、月ノ森さんまで巻き込んでしまう。助けないと……!
もう一人の男が月ノ森さんに手を伸ばした瞬間だった。
「あぁぁぁ! 目がぁ! 目がぁ……!」
男は手で目を覆い崩れ落ちる。
月ノ森さんの手には催涙スプレーが握られていた。
「女の子を無理やり連れてこうなんて……クズね」
冷ややかな目を転がる男に向ける月ノ森さん。
「てめぇ、よくもやってくれたなぁ!」
男は俺を掴んでた手を離すと、月ノ森さんに近付く。
月ノ森さんが危ないっ!
俺は男の後ろに立つと、金的を蹴り上げた。
「うぅ……!」
崩れ落ちる男。ざまぁみろ!
「月ノ森さん! 逃げよう!」
「ええ」
月ノ森さんの手を引いて逃げた。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫……!」
走ったせいで息が上がった。慣れてない女性用の靴で足が痛い。
「ここまで逃げれば大丈夫だと思うわ」
「……そっか」
「さっきはありがとう。おかげで助かったわ」
「いや、助けられたのは俺の方で……!」
「ん? 俺?」
「あ……いや、その」
女装してるんだった……! 俺のバカぁ……!
月ノ森さんはクスリと笑う。
「可愛い見た目とは違って、男らしい口調なのね」
「……う、うん。そうなんだ……!」
よかった……! バレてなかった。
「ねえ、どうして私の名前知ってたの?」
「え?」
「ほら、逃げる時、『月ノ森さん』て呼んだでしょ。あなたとは初対面だと思うんだけど……どこかで会ったかしら?」
「っ……!?」
小首を傾げ、俺をジーと見つめる月ノ森さん。そんなに見られたらバレる可能性がある。
てか、そんな見られると……かぁと俺は顔を赤くした。
「……実は俺の友達が、月ノ森さんと同じ高校の生徒で、写真を見せてもらったことがあって……き、きき綺麗な人だなと印象に残ってたんです……!」
俺は真っ赤な顔を俯かせた。
「綺麗な人ね……ありがとう。嬉しいわ」
よかったぁ……! 誤魔化せた……!
「じゃあ、私はこれで」
月ノ森さんは去っていこうとする。
良いのか、これで。
今がチャンスなんじゃないのか。
「あ、あの!」
「ん?」
「お、お礼をさせてください!」
「別にそこまでのことは」
「お願いします! 恩人にお礼をしないのは気が済まないんです!」
嘘ではない。だが、もっと月ノ森さんと一緒に居たい思いの方が強かった。
「そう……そこまで言うなら、コーヒーでも奢って貰おうかしら」
「……ありがとう」
「そう言えば、あなた名前は?」
「俺は、あ――っ!?」
「ん?」
危ない危ない。本名を言うとこだった。
「……相川レンです」
「相川さん、ね。知ってると思うけど、私は月ノ森綾よ。よろしくね」
「よろしくお願いします」