11話 司とのお出掛け2
ファーストフード店で昼食を終えた俺達は、催事場の猫の触れ合いコーナーに来た。
ガラス窓があり、外から中の様子を伺う。中には黒猫や白猫、茶色の猫。毛並みや種類、色も様々な猫がいた。
うぅ……この中に入るのか、引っ掻かれたり、しないだろうな……。
実は動物が少し苦手な俺。何故かと言うと、動物が何を考えているかわからないからだ。
隣を見ると、司が蕩けそうな笑みで猫を眺めていた。
過去、猫を見つめていた司を見たことがあるが、表情を硬くしていた。もしかしたら、このだらしない顔を隠すためだったのかもしれない。
受付で入場料を支払い、手を消毒する。扉を開けると、中にはもう一枚扉があった。おそらく、猫脱走防止のためだろう。その扉を開け中に入る。
まず目に入ったのが、色とりどりな猫たち。お客さんはソファーに腰を下ろして、猫を撫でたり、床にクッションを敷いて、猫じゃらしで猫と戯れたりしていた。他にも猫を抱きしめ自撮りをしたり、寝ている猫を眺めたりなど。壁際には大きなキャットタワーがあり、カウンターでは猫じゃらしやボールなどの貸出をやっていた。
司はしゃがみこんで猫に呼びかける。
「おいで、おいでー」
だが、司には猫が寄ってこなかった。むしろ、離れていく。
一方、俺は白猫が一匹、足元に近付いてきた。
「っ……!」
俺は警戒して、白猫を見ていると、目が合った。
白猫は俺の足に頬すりする。
何だ。可愛いじゃないか……。
緊張から一変、猫の可愛らしさに癒される。しゃがみこんで、白猫に恐る恐る手を伸ばした。ふさふさしていた。慣れてきて、ゆっくりと撫でると、白猫も気持ちいのか「ニャー」と鳴き声を上げる。
可愛らしさにうっとりしてると、隣から圧を感じた。
「え、えーと……」
そこには落ち込み俺の方を羨ましそうに見る司がいた。
「司も撫でてみる?」
「良いのか!?」
「う、うん……」
キラキラと瞳を輝かせる司。よほど、猫が好きなんだな。
司はゆっくりと猫に手を伸ばす。後少しで触れる時だった。白猫は身震いしたように身体を震わせると、逃げていった。
「あ……」
「……」
司は手を伸ばした状態のまま固まった。瞳からは光が失われ、どんよりとしていた。
「つ、司……どんまい」
見ていて痛々しくて、それしか励ましの言葉が出てこなかった。
司は立ち上がり、ふらつきながら歩き始める。部屋の隅で体育座りして、顔を埋めてしまった。
何か、司が元気を出すものは……!
部屋の中を見回すと、女性客が着けていたあるものが目に入った。
「すいません、それって……?」
「ああ、これ。あそこで貸し出しやってるよ」
女性客が指さしたのは、猫のおもちゃなどを貸出をしているカウンター。
そこで、あるものを貸してもらう。
つ、司を元気にするためだ……!
自分にそう言い聞かせ、それを装着した。
「つ、司……」
「ん……」
司はゆっくり顔を上げた。
虚ろな瞳が俺を捕えた瞬間、俺は手を丸めて、できるだけあざとく言った。
「にゃー」
もちろん、あるもの、猫耳を着けてだ。
正直言って死ぬほど恥ずかしい。今も羞恥心でプルプル身体が震えている。
だが、俺の犠牲のかいあって、成果はあった。司の瞳は光り輝き、俺を勢いよく抱きしめた。
「よしよし!」
「ちょ! 司っ!」
司は俺の背中を撫でまわす。
「ん、んんっ……!」
ぞわぞわとした感触が身体を走り、変な声が出る。
さらに、猫の喉を触るように喉に手を伸ばしてきた。顔も息づかいが聞こえるほど近い。
「可愛いやつめ、チューしてやる」
「っ!?」
司は頬にキスしてきた。
俺の顔は一気に赤く染まる。恥ずかしさの限界で、司から離れた。
「あっ……!」
司が切なげに手伸ばす、そして俺と目が合う。
「あれ? レン……? あたし何して……?」
キョロキョロと辺りを見回す司。
俺を撫でまわした、記憶はないのだろうか。
「覚えてないの?」
「うーん……何か、幸せな夢を見ていたような?」
首を傾げる司。
まあ、俺と猫を見間違うくらいだしな。記憶が抜けてるくらいある……か?
司は立ち上がると、近くにいた猫に手を伸ばす。だが、猫は逃げていった。
「うーん、やっぱり、ダメか……子供の時から、動物に避けられるんだよな……動物好きなんだけど」
寂し気な司。俺はポンと司の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ。いつか猫も撫でられるようになるって」
「ありがと、そうだと良いな」
司は笑った後、キョトンとしたような表情を浮かべた。指先を俺の頭に向ける。
「なあ、レン。それって……」
「ん……っ!?」
しまった! 猫耳着けたままだった!
「似合ってるぞ。可愛い」
「っ!? これ違くて! 司を元気にしようと思って!」
必死に誤解を解こうとするが、司は笑って流した。
「そうか、そうか。ありがと。元気になったよ」
うんうん、と頷く司。その瞳は微笑ましい子供を見るようであった。
「うぅ……」
違うのに……俺の趣味じゃないのに……。
誤解を解くのを諦め、猫耳を返却する。
その後、俺達はお店を出た。エスカレーターでレディースフロアに移動して、ロリータファッション専門のお店へ。
「ここか……」
「……」
目に入るすべての服はレースとフリルがあしらわれたドレス。
和をイメージしたものやチャイナドレスを改造したような服もあった。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」
俺達がお店の前で踏みとどまっていると、ゴスロリ姿の店員が話しかけてきた。
「い、いえ……大丈夫です」
「そうですか。後、当店では商品を購入されなくても、有料で写真撮影ができるサービスがございますので、もしご利用の際はスタッフの方にお声がけください」
「わかりました」
ニコリと笑う店員。アパレルだけあって接客が上手い。
「写真撮影か……」
「やってみる?」
「それは……」
言い淀む司。おそらく、自分の気持ちに正直になれないのだろう。俺は司に笑いかけた。
「遠慮しなくて良いんだよ。自分がやりたいならやって」
「そうだよな……うん、やりたい! レンも一緒に撮ろう!」
「私は……! い、一緒に撮ろうかな……?」
俺も着るて約束したしな。撮影くらい付き合ってやるか。
「よし! 早速服を選ぼうぜ!」
司は服を手に取り、鏡の前で合わせ始めた。
さてと。
俺も服に手を伸ばす。こういう服は着たことはない。というか、女装を始めたのも最近で、どんな服が似合っているのかわからなかった。
司をみるが、服選びに集中しているのか、俺の視線には気付く素振りはない。
「お悩みですか?」
話しかけてきたのは先ほどの店員だった。
「……はい。友達の付き添いで初めて来たんですが……自分にどんな服が似合うかわからなくて」
「なるほど……」
店員は頷くと、ピンク色と白色の長袖のワンピースを手に取った。
「取りあえず、試着してみてはいかかでしょう? お客様は可愛いですから、ピンクとか明るい系の服が似合うと思いますよ」
「あ、ありがとうございます……」
「後、こちらを先に穿いてください」
「これは……?」
ワンピースと一緒に渡されたのは白色の布地が薄いスカートだった。
「パニエです。スカートが広がって、ふんわりとしたシルエットを作り出します」
「わかりました」
試着室に入り、服を脱ぐ。ちょっと手こずりながらも、どうにか着替え、目の前の鏡を見た。
白とピンクのワンピース。長袖でスカートは膝丈。腰には大きなリボンと、所々にレースやフリル、小さなリボンが付けられていた。スカート部分はパニエで、ふんわりと広がっていた。
正直な感想は、似合っていた。
試着室のカーテンを開けて、店員にも感想を聞いてみたが「似合ってます」と返ってきた。まあ、お客から感想求められて、似合ってないと返答する店員はいないと思うけど。追加で、白色のニーソと赤色のブーツ、レースのヘッドドレスを着た。
「レン、似合ってるな」
司も着替え終わったようだ。
黒と濃い青のワンピース。長袖で手の袖がレースになっていて、広がっていた。左胸には青いバラのコサージュ。ひざ丈の長さで、スカートの部分にバラの刺繍が施されていた。足は黒色のタイツと濃い青色のヒール。頭にはレースが付いた黒色の小さなシルクハット。
俺の可愛らしさ全開の服とは違い、どこか落ち着きがあり、大人っぽい印象を受けた。
「司も似合ってる」
「そ、そうか……! ありがと……」
司は顔を赤くして頬を掻く。
それから、店員にお願いして簡易のスタジオで撮影を行った。
写真を受け取り、服を着替えた後、何も買わずにお店を出た。ロリータの服は俺達の財布には厳しかった。
デパートを出て、電車に乗る。夕方で電車の窓から夕陽が差し込んでいた。待ち合わせの駅前まで戻ってきて、別れ際。
「初めてだ、自分の好きなことが共有できる友達と遊んだのは。すごく楽しかった」
「私も……私もすごく楽しかった。また、遊びに誘ってね」
「もちろん!」
嬉しそうな笑みを浮かべる司。色々あった一日だったが、この瞬間が最良の時だった。
「またな」
「またね」
再会の約束をして、互いに帰路についた。