1話 始まりの日
久しぶりの新作です。よろしければ読んでください!
今日、俺は好きな女の子に告白する。
トイレの鏡の前で何度も自分の姿を確認する。大したこだわりもないのに髪を梳かしたり、制服を整えた。おかしいところはない。大丈夫。
「よしっ!」
自分の頬を叩いて活を入れる。片手に花屋で買った花束を持って、屋上に向かう。
鼓動が高くなる。全身から汗が出て、手に力が入る。
扉の前で一呼吸置いて、扉を開けた。
屋上には一人の女の子がいた。
月ノ森綾。一年前に一目惚れし、ずっと片想いをしていた女の子。
容姿を分かりやすく表現するなら和風美人。腰まで伸びた艶やかな黒髪は夕日を浴びてキラキラと輝いている。肌は雪のように白く、端整な顔立ちをしている。
そんな彼女を見て、ドクンと鼓動が高鳴った。
「手紙をくれたのはあなた?」
「……う、うん」
俺は頷く。月ノ森さんに屋上に来て欲しい旨をしたためた手紙で、朝のうちに月ノ森さんの下駄箱に入れておいたのだ。
「そう。それで、私に何の用?」
「……」
人気のない屋上に手紙で呼び出される。よく、アニメや漫画などではある告白のシュチエーション。察していてもおかしくないのに、月ノ森さんの対応は極めて冷静なものであった。
もしかして、告白だと知っていても、気にしていない……!? いや、弱気になるな、俺!
鈍感なだけかもしれない!
「黙っていても分からないわ。話す気がないのなら、帰るわ」
「待って!」
脇を通り過ぎようとした月ノ森さんの腕を掴んだ。咄嗟の行動だった。月ノ森さんが眉を顰めていたが、緊張していた俺は気が付かなかった。
好きだ! その一言を伝えるんだ!
勢いよく花束を突き出して、想いを言葉に出した。
「好きです! 俺と付き合ってください!」
頭を下げてギュッと目を瞑った。
期待と絶望が混じり合い、情けないことに立っていることがやっとであった。
数秒もの時間が長く感じる。月ノ森さんが口を開いた。
「ごめんなさい」
その一言で全てを察した。
「あなたの想いには答えられないわ。だって私」
世界が暗くなる。身体から力が抜けて、現実感がなくなってきた。
でも、倒れるわけにはいかない。
フラれても最後まで格好をつけたい。好きな女の子の前では特に。それが男というものだ。
「女の子が好きなの」
「え……?」
女の子が好き? じゃあ、最初から無駄な挑戦だったのだ。
「じゃあ、さようなら」
月ノ森さんは屋上を去っていった。
扉が閉まると同時に、虚勢を張っていた俺は床に崩れ落ちた。そのまま寝転がり空を見上げた。
オレンジ色の夕焼けだった。
「はぁ……」
ため息を吐く。目から涙が溢れて止まらない。
人気のない場所を選んで良かった。泣く姿なんて誰にも見られたくない。
泣き止んだのは外が真っ暗になった頃だった。
フラフラと歩きながらも家に帰り、玄関を開けると、お姉ちゃんが立っていた。
「レンっ! どこに行ってたの!? 心配したのよ!」
「……お姉ちゃん」
俺と目が合うと怒っていたお姉ちゃんは一変、心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫? 顔色悪いよ」
「大丈夫……大丈夫だから」
笑って心配しないで、と言いたいが、顔が笑わないや。涙も……あんなに泣いたのにまだ出てくる。
「レン」
お姉ちゃんが俺を抱きしめた。
「お姉ちゃんに話してごらん、話せば楽になるから」
「お姉ちゃん……」
俺は告白してフラれてたことをお姉ちゃんに話した。
「そっか、フラれて……残念だったね」
「うん」
「でも、レンは一度フラれたくらいで諦めて良いの?」
「……っ!?」
お姉ちゃんの問いかけに、心に灯がともる。
嫌だ! 諦めたくない!
「で、でも……月ノ森さんは女の子が好きだって……」
諦めたくないけど、女の子が好きなんじゃ、チャンスなんてない。
「なら、簡単な話じゃない」
簡単な話?
疑問に思う俺に、お姉ちゃんはニッコリと笑った。
「レンが女の子になれば良いのよ」
「………………はい?」
聞き間違いだろうか? こんな真面目な話をしている最中に、冗談を挟むようなお姉ちゃんでないことを、俺は信じたい。
「……つまり、タイに行って手術してこいてこと?」
「違うわ。可愛い弟にそんな酷いことさせるわけないじゃない」
はは、そうだよな……。
お姉ちゃんはニッコリと笑って言った。
「女装すればいいのよ」
俺は立ち上がると玄関の隅で体育座りした。
ああ、隅っこて落ち着くなぁ……。つらい現実を忘れられるよ……。
「ほらほら、現実逃避しないの」
「格好良い男を目指してる俺が、そんなことできるわけないだろ!」
日頃から筋トレ、ランニングをして格好良い男を目指しているのだ。女装なんてもっとも遠ざかる行為だ。
「けど、それって月ノ森さんを振り向かせるためにやったんでしょ?」
「確かに、そうだけど……」
「だったら、それを女装にシフトチェンジするだけじゃない」
「うっ!」
「それに、真の男だったら、好きな女の子を振り向かせるために女装くらいできないと、ね」
と、ニッコリ笑みを浮かべるお姉ちゃんの姿は悪魔に見えた。
「けど……月ノ森さんを騙すって事だろ? そんなこと俺にはできない!」
「確かに騙す行為よ。いつかは月ノ森さんに話さないといけないわ……だから、男だとバラしても好きって言われるくらい、メロメロにしなさい! そうすれば、結果オーライ! 全て丸く収まるわ!」
「……」
「それとも自信がないのかしら? 真の男を目指しているのに?」
「……わ、わかった……! やってやる! 月ノ森さんを振り向かせるために女の子になってやるよ!」
「うんうん、その意気、その意気。じゃあ、早速女装しよっか」
お姉ちゃんに乗せられている気がするが、俺自身諦めたくなかった。お姉ちゃんの部屋に連れ込まれ、一時間後。
「あら……すごーく、可愛いわ。レン」
「……」
鏡に映っているのは女装した自分の姿。自分で言うのも複雑な心境だが、可愛い女の子だ。
ウィッグは腰まである黒髪。唇は口紅でほのかな桜色。
服装は、フリルがあしらわれた花柄のミニスカワンピースに、デニムのジャケット。黒いタイツを履いている。
そこまで良いのだが……俺はスカートの袖をギュッと掴んだ。
「お姉ちゃん」
「何かしら?」
「どうして、下着まで女性用なんだよ! 下着は男物で良いじゃないか!」
そう、俺は今女物の下着を履いているのだ。
「レン、あなた分かってないわね」
「お姉ちゃん……?」
はぁ、とため息を吐き、やれやれと首を横に振るお姉ちゃん。
何か間違ったことを言っただろうか。
そう思っていると、
「可愛いからに決まってるでしょ!」
「……」
「いいっ! 可愛いは、絶対正義! この世、唯一の真理なの! 分かった!」
全然、分かりません!
「恥ずかしいから……男物じゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ! いい! その恥じらいが可愛らしさを生むの! わかった!」
「……はい、わかりました」
興奮したお姉ちゃんに何を言っても無駄である。
「それじゃあ、もう着替えて」
と、自分の私服に手を伸ばすと、お姉ちゃんが服を回収した。
「何を言ってるの。今日一日そのままよ」
「へ? どうして?」
「レン。これから好きな女の子に振り向いてもらおうというのに、その子に会う時だけ、女装するつもり?」
「……うん、そうだけど」
だって、普段から女装してたら変態じゃん。
「ダメよ。普段から女装して慣れてないと、いざという時、女の子として振る舞えないじゃない。だから、しばらくは女装して過ごしなさい」
「……」
「それとも、レンの覚悟はその程度の物だったの?」
「違う! 俺は……ああ、やってやる」
「そう、その意気よ………………相変わらず、チョロいわね」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何も言ってないわよ」
こうして、俺の女装する日々は始まった。