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06 心細い夜

 訳も分からず、粗野な男の指示で、リズはネリーに預けられた。ネリーはリズが落ち着くように湯冷ましを持ってきてくれた。


「大丈夫かい。あんた」


 心配そうに尋ねてくる。


「はい、びっくりしました。もう何が何だかわかりません」


 その後、粗末な台所でスープとパンの簡単な夕餉をとった。静かな食卓で二人はぽつりぽつりと会話をする。

 

「へえ、あんた、そんなに若いのに、王都から、一人でこんな何もない所に来たのかい」


 ネリーは感心したようにいう。しかし、若いとはいってもリズは適齢期で婚約者の一人もいない。間違いなくもうすぐ行き遅れとなる。


「何か行き違いあったようで。私はここを追い出されてしまうかもしれません」


 自然とため息が漏れる。屋敷も荒れているし、ここは人手が足らないようだ。ただの使用人で構わないから雇ってくれないだろうか。切実な思いだ。


「なら、王都に帰ればいいじゃないか。あっちの方が仕事はいっぱいあるんじゃないのかい?」


 ネリーの疑問ももっともだ。しかし、今の王都でリズを雇うものがいるのだろうか? エリックが健康なリズから、わざわざ病弱な姉に乗り換えたのだ。尋常な出来事ではない。


 王都ではリズについて悪い噂が広がっている。そのせいか、忙しかった家庭教師の仕事もぱったりとなくなったのだから。それまでは引く手あまたの人気の家庭教師だったのに。

 もちろん父からは「お前が無能だから」だとお叱りを受けた。

 しかし、そんな事情を初対面のネリーに話すわけにもいかず。


 帰りの馬車代に事欠くと、ぽつりと泣き言が零れ落ちる。ネリーは一つ頷いただけで事情をきいてこない。ありがたいことだ。


「なら、街に出たときに働き口をさがしてやろうか? その家庭教師とかいうやつ」


 リズは首を振る。街は通らずここへ来たが、このあばら家が領主の屋敷であるならば、きっと街も貧しいだろう。働き口が見つかるとは思えない。それどころか身を落とすことになるかもしれない。


 しかし、ネリーの言葉は慰めになった。初めて会ったリズの愚痴を聞き、親切に力になろうとしてくれていた。


「私は、年だし、住み込みの使用人が一人増えりゃあ楽だけどね。今は、ご主人様のお世話も満足にできやしない」


 食事もあらかた済んだ頃、呼び鈴がなった。先ほどやってきた中年の夫妻が呼んでいるのだ。リズが席を立とうとすると、


「あんたは行かない方がいいよ」


 ネリーが言い台所から出て行った。


 リズは食器を片付けて、洗い始める。こういう仕事は慣れている。家庭教師とは言っても、気位の高い高位貴族に下働きのような仕事を押し付けられることも多々あるので慣れていた。貴族とは言っても、所詮は貧乏男爵令嬢、偉い人達には馬鹿にされる。


 戻ってきたネリーに今夜泊まる部屋を知らされた。とりあえず一晩は泊めてくれるらしいのでほっとする。


 「悪いね。あたしゃ、膝が悪いから」


 三階まで案内して、この上の階の右手の一番奥が、リズの今夜の部屋だと知らされた。燭台を持ち、暗い階段を照らす。手すりにたまったほこりがキラキラと光を反射する。掃除婦でもいいから、雇って欲しいと唇をかむ。


 天井が高く長い廊下を歩くと、奥の部屋から明かりがちらちらと漏れている。どうやら人がいるようだ。


 ノックをして部屋に入ると、あの粗野な身なりの男がいて、体がこわばった。これから何をさせられるのだろうと震えあがる。


「ああ、あんたか。このベッドはねずみに齧られていて使い物にならねえ。今夜はこっちで寝てくれ」


 男はもう一方の質素だが、清潔なベッドを指さすと、用事は終わったばかりにすたすたと部屋から出て行った。リズはほっとして胸をなでおろす。そしてしっかりとドアにカギをかけた。



 部屋は必要以上に広く、中央に天蓋付きの大きなベッドがあるが、ぼろきれのような布が垂れ下がっていた。ベッドも彼が言ったようにネズミに荒らされ綿や羽毛が飛び出している。きっと、元は豪奢なものだったのだろう。


 代わりに部屋のすみに、小さなベッドがあった。下には干し草がたっぷり敷いてあり、良い香りがする。上には清潔なシーツがかけられていた。


 あの粗野な男は口調こそぶっきらぼうで怖いが親切なようだ。先ほどの主人の態度を思うと、この寝床は粗野な男が自発的に準備してくれたのだろう。


 そこで彼の名前を知らないことに気付く。彼には先ほど助けられた礼も言っていない。使用人の彼が、主人にあんな乱暴な真似をして、大丈夫なのかと今更ながら心配になる。




 ベッドに入ると不安が頭をもたげる。明日にもここを追い出されるかもしれない。次の仕事が見つかるまで待ってはくれないのだろうか。そんな不安な中、眠れないかと思っていたが、干し草のベッドは思いのほか寝心地がよく、長旅の疲れもあり、いつの間にかうつらうつらしていた。



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