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【電子書籍化】伯爵様、どうか私を雇ってください!~婚約者を奪った姉を祝福するなんて無理です~  作者: 別所 燈


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34 思いがけない申し出

 その後もダニエルは、変わらず図書室に毎日茶を飲みに来る。気まずくなるかと思いきや、そんなことはなく、向かい合い、今まで通り和やかにその日の出来事などたあいないことを報告し合っている。


 彼は結婚のことを口にしないし、リズが指輪をどこにやったかも聞いてこない。やはり一時の気の迷いだったのだろう。頃合いを見て主人に指輪を返そう。

リズは自分に夢を見てはいけないと言い聞かせた。

 

 彼はそのうち適齢期の貴族令嬢と結婚する。そのことを考えるだけで胸が苦しくなった。


 ダニエルには幸せになって欲しい。だが、それをずっと横で見守り続けることは出来そうにない。 



 

 そんなある日アボット卿が訪ねてきた。茶を出しに行くと、今日はリズに話があるという。大切な話があるようで、人払いがされた。


「実はね。今日は君にひとつ提案があってきたんだ」

「はい」


 なんの話だろうと緊張した。


「君は、今は家庭教師ではなく秘書をしているんだよね」

「はい、まだ見習いと言う感じですが」

「そうかい。グレイ卿もアーノルドも君は上手くやってくれていると言っているよ」


 アーノルドにまで、そんな風に言ってもらえるとは思っていなかった。彼は気さくな同僚だが仕事には厳しい。ダニエルは……甘い気がする。


「それでね、貴族の家の上級使用人は、たいてい貴族の子弟がやるというのは知っているよね。君も知っての通りグレイ家はいろいろとあって、こういう状態だが、前はそれなりの名家だったんだ」


「そうでしょうね」


 まるで城のような屋敷、広大な農場を持っていること、それに領地の広さ、言われなくても気づいていた。


「それで、君は実家から籍を抜かれてしまって、不安定な身分になってしまったよね」


 だからリズはこの家には似つかわしくないというのだろうか。どきりとした。


「そこで提案なのだが、うちのアボットの名前をつかわないか? もちろん形式的なもので、君に負担をかけるものではない。考えてみてはくれないかな?」


 驚いた。てっきりこの家を追い出されるのかと思っていた。


「あ、あの、それはご迷惑ではないですか? うちの父が今後何か言ってきたりして、ご迷惑をおかけするかもしれません」


 リズが慌てていうと、アボット卿がゆったりとした笑みを浮かべる。


「リズと呼ばせてもらっていいかな? 君にはもう父親はいないのだよ。アーデン男爵がどこに迷惑をかけようが君には関係ない」


 彼女に言い聞かせるように言う。


「それで、どうかね。君はまだ若い。これからの人生を考えたら、家はあった方が良いと思うのだが」


 アボット卿は心配してくれているようだ。


 リズは感謝を込めてありがとうございますと頭を下げると、アボット卿が書類一式をテーブルに出す。


「そう、ならば良かった。これにサインをしてくれ、君には一切の義務は発生しないから、安心して欲しい。良ければ、休みの日に、うちの領地に遊びに来るといい」


 見ると養子縁組の書類だった。仕事が妙に早い。それに礼はいったが、まだ了承するとは言っていない。


「え! あの、いまですか?」

「こういうことは早い方がいい。長く考えてもいいことはないよ」

「あの、ご主人様に相談してもいいですか?」

「大丈夫、彼は賛成してくれているよ」


 多少パニック気味だが、ダニエルが賛成しているのならと、素直にサインした。願ってもない話だ。


 それから、リズはかねてからの疑問を口にした。


「あの、なぜ、家庭教師に私を推薦してくださったのでしょう? 私はとても評判が悪かったと思いますが」

「そんなことはないよ。悪い噂を聞いて雇い止めにした家もあったけれど、君を優秀な家庭教師だと褒め、感謝している人たちもいるんだよ。居心地の悪い家ばかりではなかったろう?」


 言われてみれば、そうだ。とても懐いてくれた子供もいる。最後の授業で涙を流した子供や、贈り物をしてくれた家もあった。


「もちろん、候補は何人もいて、ウォーレン卿は何人かの家庭教師と面接している。ただね。卿は、未婚で気立てがよく、賢いご令嬢がこの家にはぴったりだと考えたようだよ」


 そういって、アボット卿は悪戯っぽく笑った。






 アボットになることが決まったとリズが報告すると、ダニエルはとても喜んでくれた。


「良かった、リズ。これで万事解決だ」


 その晩ダニエルは街で買ってきたケーキと花を持って図書室にやってきた。彼から花を貰うのははじめてだ。とても嬉しい。リズは花束をぎゅっと抱きしめる。


「あらためて、リズ、俺と結婚してくれ」

「え! あのっ」


 また求婚されるとは思っていなかった。


「え、じゃないだろ。この間身分差が問題だといってたじゃねえか。もう解決しただろ?」

「は、はい」


 そう言われてみればそうだ。


「あ、あの、でも、私でいいのですか? もっと若い娘じゃなくて」


 リズがあたふたする。彼のことはもうあきらめていたから、まったく心の準備ができていない。


「当たり前だろ。あんたが、がたがたと面倒くせえこというから、アボット卿に知恵を借りた。まったくこんな田舎の貧乏伯に身分の違いもなにもねえだろ。これで断ったら、怒るぞ。まあ、あんたは終身雇用だから、断られたところで首にはしねえけど」


「ああ、なんてこと……私ったら」


 リズはことここに至って、やっと彼に愛されていると気付いた。思い当たる節はある。彼は危険を冒して、リズを実家から救い出してくれた。最初からいるから特別扱いなのだと思っていたが、今思い返してみると、とても大切にしてくれていた。

 思いがけない幸せに、嬉しくて……。


「おおい。勘弁してくれよ。まいったな。なんで泣いてんだよ。とりあえず「はい」と言ってくれ」


 困ったような顔をしてダニエルはリズの頭をよしよしと撫で、ハンカチでせっせと涙をふく。


「はい、一生お仕えします」


 リズは嗚咽を漏らしながら、何度も何度も頷いた。






 その半年後、二人の結婚式はつつましやかに行われる。アボット卿とウォーレン卿が招待された。リズは絶縁されてしまったので、実家の人間は一人もいない。

 

 それでもネリーやなじみの使用人達に祝福され、リズは幸せいっぱいだった。






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