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【電子書籍化】伯爵様、どうか私を雇ってください!~婚約者を奪った姉を祝福するなんて無理です~  作者: 別所 燈


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32 ダニエルの事情


 ダニエルの父フランクは長年社交も領地視察も怠って来た。その結果、あっさりと家督はジュードに乗っ取られた。彼は何食わぬ顔でグレイ伯爵を名乗る。


 その後、しばらく乗っ取りはつづいたが、金の亡者である彼は悪質な方法で、賭博で金を稼ぎ、王都の憲兵に捕まった。

 それがもとで、グレイ伯爵の偽物であるとバレたのだ。


 その頃、取締官の長をしていたウォーレン伯のお陰で、ダニエルは農場の過重労働から、解放されるが、すでに十代も終わりに近づいていた。広大な荒地を持つ北方の伯爵家は、建国時の功績およびウォーレン伯の尽力により、取り潰しではなく存続が選択され、グレイ家にとって不名誉なこの件は公には伏せられた。

 ウォーレン伯によるとグレイ家はダニエルの祖父の代までウォーレン家と昵懇(じっこん)にしていたらしい。 



 そして、ダニエルは解放された直後、すでに白骨化していた父の亡骸を墓地に葬った。


 最初はウォーレン伯がダニエルの面倒を見る予定だったが、遠縁の叔父が名乗りを上げる。それが、ゴードンだ。ダニエルの父から見て従兄弟に当たる人物だった。


 叔父によると、ダニエルの存在を取締官たちに知らせたのは自分で、彼が知らせなければ、ダニエルの存在には誰も気づかれなかったと言っていた。

 ダニエルは叔父に恩を感じ、領地経営をしたいという彼の希望をくんだ。


 当時、彼は領地よりもグレイ農場の劣悪な環境を変えなければならないと思った。不正を働いた農場監督を首にし、王都からながれて来た犯罪者を国に引きわたした。学問をやるよりも、悪事を正すことが先だと考えていたのだ。

 

 当然読み書き計算のできない彼には領地経営など手が回らない。だから、叔父には好きなようにさせていた。そのころは、まさか税を私的に使い込んでいるとは思ってもみなかった。あの日訪ねてきたアボット卿に現状を知らされるまでは。

 そのうえ、彼らはグレイ子爵を名乗っていたが、実は爵位を持たない平民だと後から分かった。



 改革を進めて行くうちに瞬く間に二年が過ぎる。落ち着きを見せた頃に、リズが屋敷にやってきた。


「ウォーレン卿が手紙で俺の様子をきいていたが、おじきがのらりくらり躱していたらしい。それで、うちを調べさせたら、俺がまったく教育をうけている様子がないとわかった。

 先にあんたを送り込んでから、さらに念押しのつもりで代理のアボット卿が様子を見に来たんだ。おじきを見て驚いていたよ」


 リズは身じろぎもせずダニエルの話を聞いた。



「あの時は、領地をおじきに任せて、農場をどうにかしようと思ったんだ。ひどい環境で、厳しい冬は人死がでたりした。だから農場の件がきっちり片付くまで、学問をあわててやる必要はないと思っていた。

 グレイ家の農場だから、俺が改善しなくてはと。だが、おじき達が領地の金をかってに使い込んでいてな。ウォーレン卿が子細に調べてくれていた。代理で来たアボット卿に説教されたよ。字も書けず、帳簿も読めないのでは大切なものは守れないとね」


 それでアボット卿と会った次の日から、ダニエルは熱心に勉強し始めたのだ。


「叔父様方はどうされているのです? ここのところお見掛けしませんが……」


 リズは恐る恐る聞いてみる。


「おじき達は罪にとわれることになる。もとはと言えば俺の怠慢のせいだ。だから、出来る限り手はつくしたが、税に手を付けてしまったし、爵位を持たないのに子爵を騙ってしまったから、どうにもならない。あんたにもずいぶん嫌な思いをさせちまって、済まなかったな」

 

 ダニエルは悔いているようだ。


「いえ、そんな。領主様が簡単に謝ってはいけません。むしろ、ご主人様にはとてもよくしていただいています。

 それで、そのジュードと言う男は、いま服役しているのですか?」

「死んだ」

「死刑になったのですね」


 家督を乗っ取り、非道なことをしたのだ。当然だろう。


「いや。捕まったあと。あの男は逃げたんだ」

「えっ!」

「俺も農場での仕事の合間、奴を探していた」


 気持ちは分かるが殺人犯を追うなんて危険だ。


「そんな……危ないです」

「見つけたら。殺してやろうかと思っていた」


 ダニエルの瞳が昏く翳るのを初めて見た。


「怖いか?」


 少しは怖いと思うが、憎くて当たり前だ。


「あんたが来てからしばらくして、うちに知らせがあったんだ。あの男が死んだと」


 覚えている。ダニエルがしばらく落ち込んでいた時期があった。


「奴は、賭場でくだらねえ喧嘩をして、刺殺された。親父と同じ死に方だ」


 リズはかける言葉もなかった。


「やっぱり、こういう訳ありの家にいるのは嫌か?」


 ダニエルが心配そうにリズの瞳を覗き込む。


「いいえ、そんなことはありません」


 慌てて首をふる。


「じゃあ、ずっとここにいてくれるか?」


「……それは」


 もう少し前ならば、リズは迷わず頷いていただろう。

 しかし、リズはダニエルに助け出されたときに自分の気持ちに気付いてしまった。


 彼には感謝しているし、恩もある。一生懸命勤めあげたいと思うが、その一方で彼のそばにずっとい続けるのはつらいと感じる。

 彼もそのうち結婚するだろう。そうしたら自分はグレイ夫人に誠心誠意仕えることができるのだろうか。


 屋敷の主人に恋をしてしまった。


「リズ、嫌なのか?」


 ダニエルが焦れたように聞いてくる。青い瞳が不安に揺れている。

いつの間にかぎゅっとダニエルに手を握られていた。さっきまで冷たかった彼の手は熱を帯びている。


「あの、がんばります。これからも宜しくお願いします」


 言ってしまった。主人があまりにも不安そうだったから。ほんの少し苦い思いが込み上げてきた。

 




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