28 助けがないので自力でどうにかします
「エリック、リズをお前にやっても一銭にもならん。それともベレル家より手当を払うのか?」
「そんな! マゴットは大切にしますよ。でも私が女性として愛しているのは今も昔も美しいリズだけです」
エリックの言葉にリズは我に返る。
「ちょっとお待ちください! これはいったいどういう事なのですか。私は、エリック様と結婚するわけではないですよね。お姉さまのとのことはどうなさったのです? まさかどっちにしろ妾の話という事ですか?」
すると二人同時にしまったという顔をした。
「リズ、お前は部屋に下がれ」
「いやです。どういうことなのかきちんと説明してください」
怒りで体が震える。
「お前は家長の言う事に逆らうのか! エリック、貴様が余計な口を挟むからだ」
「しかし、私はお義父上が、リズをくれるというから、わざわざ田舎の伯爵家に行ってリズを攫うような危険な真似をしてきたんですよ」
「馬鹿な事を言うな! 攫うなどと、人聞きの悪い。私は自分の娘を連れ戻しただけだ。そんな事より、リズを早く部屋に連れていって逃げないように閉じ込めろ!」
結局、力でかなうことなく、リズはエリックに引きずられ、二階の客間に閉じ込められてしまった。その上エリックが廊下からドア越しにとんでもないことを言い出す。
「リズ、マゴットが言っていたのだけれど。君は田舎伯爵に囲われていたって本当かい? それで贅沢をさせてもらっていると自慢する手紙書いてきたってマゴットが言っていたが」
くだらない。くだらなすぎる。
「ご主人様は、そういう方ではございません! 聡明でとても親切で立派なお方です。馬鹿にしたような言い方をしないでください。それに、そんな手紙があるのならば、今ここにもってきてください」
「いや、マゴットは、汚らわしい内容だから、破り捨ててしまったと」
「証拠の無い話をいちいち信じるなんて、あなたもどうかしています。ばっかじゃないの!」
怒りのあまり、初めて悪態をついた。またマゴットの人の同情をひくための嘘だ。リズはエリックの相手をするのをやめた。
♢
リズは沈む夕日を見ながら、冷静に考えを巡らせる。エリックが領主には辞めること話してあると言っていたがそれは嘘かもしれない。さっき攫ってきたと言っていたではないか。
恐らく、ダニエルはなにも言わずにリズが出ていったと思っているだろう。しかも彼の留守に。今まで良くしてもらっていたのに恩知らずもいいところだと怒っているかもしれない。せっかく秘書にしてくれたのに。リズは悔しくて、不安だった。そして心のどこかで諦めていた。
使用人が増える前にダニエルと二人で街へ買い物に行った日のことを思い出し、少し泣いた。何の変哲もない、のんびりとした一日だったが、とても楽しかった。
しかしここにいれば、ランドルフか、エリックの妾の二択だ。ありえない。
リズは涙を拭き、スカートの裾のダイヤを確かめた。ここに三粒縫い留めてある。これを換金して、王都から出て行こうと決心した。盗難防止の為の用心がこんなところで役に立った。
しかし、残念な事に、ここは二階で外から鍵をかけられている。そのうえ、ドアの向こうにまだエリックがいた。時々話しかけてきて鬱陶しいことこの上ない。
リズは思い切って窓からカーテンを外した。そしてシーツを縦に切り裂く、こうなったら窓から逃げるしかない。
せっせと切り裂いた布を結び付けて即席のロープをつくっていると、何やら、玄関の方から騒がしい声が聞こえてきた。
ここはグレイ伯爵邸よりもずっと狭い。あの屋敷にある納屋くらいの広さだ。造りも堅牢ではないので、音が響く。玄関口でトラブルがあったようだ。エリックも呼ばれて部屋の前から去って行く。
夜中に逃げるつもりであったが、今がチャンスだと思った。早いに越したことはない。この時間ならば、乗り合い馬車が見つかるかもしれない。さっさと王都を脱出しよう。
目的地はノースエイデン領、攫われたとはいえ、何も言わずに出てきたグレイ家の屋敷に戻る度胸はない。せめて見知った街、領都で仕事を探そうと思った。そして、落ちついたら、ダニエルのもとへ詫びに行くのだ。
ベッドにロープを括り付け、窓を開けてロープを下におろす。長さは足りたようだ。しかし、下を覗くと思ったより高くて、足が震える。だがとてもではないが妾の話は受け入れらない。もう、逃げるしかないのだ。
きっとこの脱出より、その後の生活の方が大変だ。
リズは気持ちを奮い立たせ、窓を乗り越え、手作りロープを伝った。だがしかし、想像するほどうまくはいかない。思ったより体は重く、すぐに支えられなくなる。意に反してずるずると手がすべっていく。
まずい、どうしようと気持ちばかりが焦る。
「リズ!」
その時突然、名を呼ばれ、びっくりして手を離してしまった。
「ひぃっ!」
あっという間に体が落下していく。リズは固く目を閉じた。




