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27 父の思惑

 昼過ぎにおきると、食堂にエリックがいた。彼はもうここに住んでいるのだろうか? それとも昨夜泊まっただけなのか。リズは寝不足気味の頭で考える。


「リズ、昨晩は大変だったね」


 労うような笑顔で言う。リズには、それがどこか薄っぺらく感じられた。


「いえ、そんなことより、母の容体は本当のところどうなのでしょう? 昨日様子だと随分元気なように見えましたが」


 本当に元気な様子で、リズに嫌味を垂れ流していた。母の方が体力があるのではと疑うほどに。


「ああ、体はもう何ともないんだ。医者によると精神的なものではないかと」

「はあ?」


 リズはキレそうになった。それはいつもの母のわがままではないか。都合が悪くなると昔から彼女はマゴット同じで具合が悪くなるのだ。


「では、歩けるという事ですか?」


「そうだね。でも足が痛いと歩きたがらないから、少し力が弱っているようだけれど」

「それでは、なぜ、私はここに連れ戻されたのでしょう?」


 怒り狂いたいのを我慢し、感情を押し殺してエリックに聞く。


「マゴットとお義母上(ははうえ)が、君を家に戻せと癇癪を起してね。いつまで田舎の伯爵家に世話になっているかと。それから、この家では少々金が必要でね」

「私に稼げというのですか? それで連れ戻したということですか?」


「いや、それは直接、お義父上(ちちうえ)に聞いてよ。冷たい言い方をするようだけれど、ここの家の問題なんだから」


 人を攫うように伯爵領から連れて来て、都合のいい時だけ家族の問題にする。婚約者であるときは気付かなかったが、この人は狡い。そして優しさはまやかしだ。


「もう、エリック様とお呼びするより、お義兄様とお呼びした方がよろしいようですね」

「いや、今まで通りエリックで構わないよ」


 皮肉の一つも言いたくなる。なぜ、まだエリックとマゴットは結婚していないのだろう。昨晩も二人は仲睦まじい様子を見せていた。


「それで、お義兄様、もうこの家でお暮らしで?」

「いや、まさか。今はたまたま泊まりに来ているだけだよ。もちろん、マゴットとも部屋は別だよ。清い関係だ」


 リズは彼らの関係などどうでも良かった。そんな情報いらない。


「なるほど。それで部屋が余ってなくて、私は屋根裏で寝るはめになったのですね」


 リズがだんだんと怒りのゲージが上がってくるのを抑えられなくなってきた。彼らの身勝手さに、いまにも叫びだしそうだ。


「いや、君の部屋はあるだろう?」

「私の部屋にはお姉さまの荷物に占領されておりました、私の荷物など影も形もございません」


 リズの私物は処分されたか、マゴットの物になったかどちらかだ。


「マゴットの荷物があったからいやだったの? 君は本当にマゴットが嫌いになってしまったんだね。なぜ、上手くやれないのかな? 体が弱い以外、すべてにおいてマゴットが優れているからかい」


「違います! やれ自分の物を壊しただの、盗んだのと言われるのが嫌だからです!」


 するとエリックが驚いたように、リズを見る。ここを出る前は姉が怖くてこんなセリフ吐けなかった。誰もがマゴットの嘘に騙される。その作り話に整合性がなくてもだ。しかし、今はどうでもいい。本音をぶつけなければ心が死んでしまう気がした。


「リズ、そんなことを言うものではないよ。君を心配し帰りを待っていたマゴットがかわいそうだ。それはきみの被害妄想だよ。そんな調子では、向こうでも人間関係が上手く行っていなかったんじゃないのか?」


 ここまでくると、もはや自分の頭がおかしいのか、相手の頭がおかしいのか分からない。リズは、メイドが運んできたサンドウィッチを黙々と口に運んだ。


 エリックは今日は出仕しなくてもいいのか、まだリズのそばにいてごちゃとごちゃと話しかけてくる。うるさくて仕方がない。

 マゴットも母もこの時間は部屋で寝ている。彼女達は怠け者なのだ。


 しばらくすると父の執務室に呼ばれた。


「お父様、お呼びですか」


 多分どこかで働けというのだろう。しかし、二年前の騒動でリズの家庭教師としての評判は地に落ちているはず。どこかの貴族の家か商家で下働きでもさせられるのだろうか。


 別に洗濯婦でも掃除婦でも構わない。働くことは好きだ。だが、稼いだ賃金が一銭も自分の手元に入らず、姉と母だけが新しいドレスを新調するのが解せない。


 そのうえ、マゴットは病弱なのに、夜会に出たことがある。リズが、学校へ通っていた時期だ。家にいるときは気が付かなかったが、今考えるとこの家はいろいろとおかしい。だいたいリズはマゴットがかわいそうだからという理由で夜会に行けなかったのだ。



「お前に縁談があってな」

「え?」

 

 意外な話ではあるが、追い出しておいた娘に縁談とは驚いた。それに、この家に支度金があるのだろうか? 前より使用人も明らかに減っているし、屋敷は痛んでいて手入れされていない。


「ベレル伯爵家のランドルフを覚えているか?」


 忘れるわけがない。ランドルフはリズが教えていた少女の兄だ。彼は婚約者がいる身でありながら、リズに手を出そうとした。


 それをリズが袖にすると、母親のベレル夫人にあることないこと吹き込んだ。そのせいでリズは首になった。しかもその夫人の意地の悪いこと。もう二度と会いたくないし、あの家の敷居もまたぎたくない。


「お父様、もちろんよく存じ上げておりますが、ランドルフ様はもうご結婚なさったのでは?」

「ああ、もちろんだ。お前にそんな良い話が来るわけはなかろう」

「まあ、そうでしょうね」


 父はいったい何がいいたいのだろう。リズは苛立ちを覚えた。


「それが、子宝にめぐまれなくてな。お前を妾にどうかと言ってきた」

「……」


 頭の中が真っ白になった。話についていけない。


「もちろん、妾だから支度金はなくてもいいし、手当もくれるという。あちらは子供を2、3人産んでくれればそれ相応の礼はするといってくれている。いい話だろう。お前の年で引き取ってくれるというのだ」


 リズは今まで身を落とさないように頑張ってきた。愛があるのに事情があって結婚できない者もいる。すべての妾を否定する気はない。だが、これは論外だった。


 夫人にもランドルフにもひどい目に合わせられたし、彼らは性格が悪い。そのうえベレル伯爵は夫人の言いなり、冗談ではない。


「いやです!」

「そうだ、リズ! そんなひどい話従う必要はないよ」


 バタンと執務室の扉が開き、エリックが入って来た。


「お義父上、お話が違います。リズは私にくれると言っていたではありませんか? だからあんな危険な真似をしたのに」

「はい?」


 

 いきなり入って来たエリックは、いま何と言った?


 

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