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25 やはりぼけっとしているようです

 翌日からリズは前にもまして覚えることが多くなった。元々勉強は嫌いではないので、アーノルドについていろいろと教わる。

 少しずつダニエルから仕事をわけてもらい。こなすようになっていった。


 王都から客が去ってひと月ほど過ぎた昼下がり、いったん休憩をとろうと、一階の台所へ降りて行くとメイドから、声をかけられた。主人もアーノルドも視察に出ていてリズが留守を任されている。


 メイドはジェシーといいリズを嫌っている。何かというと反発したり、陰で悪口を言ったりしていた。リズがここの主人を狙っているという噂を流しているのも彼女だ。


「エリザベス様、王都から、使いの方がいらしています。エリザベス様とどのようなご関係の方かは存じませんが」


 含みを持った言い方をして、意地悪く笑うが、相手にしないことにした。しかし、また好き勝手に噂されるのは少し憂鬱だった。


 リズは客をサロンに通して良いものか迷ったが、この間のダニエルの様子からそれはやめた方がいいかと判断し、玄関に向かった。そういえば、エリックは前も主人が留守の時にきた。


「エリザベス様、それが、門でお待ちになるとおっしゃって」


 ジェシーが意味ありげに言う。どういうつもりなのだろうか? いずれにしても急用に違いない。心配になり、リズは門へ急いだ。しかし、門に行くと誰もいない。


「リズ、こっちだ」


 振り返ると、エリックが茂みのそばに立っていた。


「どうなさったのですか? エリック様」


 彼はいったん王都にもどったのだろうか? それともずっと街にいたのか。馬車が隠れるように茂みの陰にとまっている。


「それが、お義父上の容態が思わしくなくてね」

「ご病気なのですか?」


 初耳だ。実家にいる頃の父はいたって健康で健啖家だった。


「ああ、心の臓が悪い」


 それは大変だ。やはり王都に戻らねばならない。こういう事情ならば、ダニエルも強硬に反対しないだろう。


「それでは急ぎ準備して参ります」

「リズ、ちょっと待って、屋敷に戻る前に、少し馬車で話さないか」

「はい?」


 急いでいるのではないだろうか?


「お義父上から君に預かっているものがあっていま見せたいんだ。すぐに済む」


 なんだかよくわからないが、ここで押し問答をしていてもしょうがない。リズはエリックに促されて馬車に乗り込んだ。


 後からエリックが乗り込みドアを閉めると、彼が御者に合図を出した。その瞬間猛スピードで馬車が走り出す。


 馬車は激しく揺れ、リズは舌をかみそうになった。


「エリック様、これはいったい。どういうことなのですか!」


 リズは揺れる馬車の中で叫んだ。


「大丈夫だよ。リズ、何も心配はない。君の主人の田舎伯爵には許可を貰っている」

「は?」


 許可も何もリズは着の身着のままだ。


「荷物は後から送ってくれるそうだ。そんな事より、お義父上が心配だ。今は王都に急ぎ戻ろう。」


 屋敷の誰にも何も言わず出てきてしまった。何度もエリックに馬車を止めるように言ったが、彼は全く聞く耳を持たない。父はそんなに具合が悪いのだろうか。


「見せたいものとはなんですか?」

「済まない。それは君を馬車に乗せるための方便だ。君は屋敷にはいったら、出てこない気がしてね」

「そんな………」






 ダニエルがアーノルドと屋敷に戻ると、いつも出迎えてくれるリズが見当たらなかった。屋敷の掃除をしていた者に声をかけるが見ていないという。


 図書室にもいないし、自室にもいない。ダニエルはリズが時折庭を散歩しているのを思い出し、外に探しに出た。


 一方、アーノルドは使用人棟の居間にメイド達を集めて聞き取りをする。するとメイドの一人が、いかにも言いづらそうに報告してきた。


「あの、王都からいらっしゃったお客様とお出かけになられたのでは?」

「それはどういうことだい? ジェシー」


 アーノルドが問い詰める。ジェシーはメイド頭ではないが、街の大店の娘で実質的なメイドのリーダーだ。


「いえ、昼過ぎ頃でしょうか。先日いらした王都の紳士が訪ねてきて、エリザベス様と屋敷の外で会っていたようなのですが……」


 ジェシーは気を持たせるように先をいわない。


「会ってどうしたのだ?」


 アーノルドがその勿体ぶった様子に焦れて先を促す。


「言いにくいのですが、その後、戻っていらっしゃらないので、その紳士と王都へ帰ったのではないでしょうか? ここは田舎ですし、エリザベス様は退屈していたようなので。常々、こんな田舎をでて王都に帰りたいとおっしゃっておりました。


 本来ならば、もっと早くに報告すべきでしたが、王都から客が来たことは秘密にしておいてくれとエリザベス様に固く口留めされていたものですから」


 と言いながらジェシーが申し訳なさそうに俯く。


「おい、そこのメイド。適当なことを言うな」


 鋭い声が居間に響く。若い庭師を引きずり、ダニエルが勝手口からずかずかと入ってきた。


「こいつに全部聞いたぞ」


 主人に首根っこを掴まれた庭師は恐ろしさにがくがくと震え、顔色を失っている。ダニエルは長く農作業をしていたせいか力が強い。


「貴様、ジェシーとかいったな? リズが攫われたことを新入りのこいつに口止めするとはどういうことだ? だいたいリズは王都が大嫌いなんだ。なぜ、そんなウソをつく?」


 今まで、メイドに興味がなく、リズに反感を持っている者がいることに気付かなった。ダニエルは悔しさに歯噛みする。



 しっかりしているようで、その実ボケっとしている秘書見習いは自分の留守に攫われてしまったようだ。




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