22 王都からの客
ダニエルは、最近、アーノルドを伴って領内の視察に出るようになった。そんなときリズは屋敷の留守を任される。気づけば、もう20歳をすぎていた。この国では、年増だ。
ときおり、若いメイドに行き遅れとか、屋敷の主人を狙っているとか、陰口をたたかれているのは知っている。この北の領地は王都のそれよりも結婚適齢期が早いのだ。それでも食べていければいいと思っていた。
誰かを愛し結婚を望むなどもうこりごり。いつでもリズの一番欲しいものは姉の手に渡るか、零れ落ちてしまう。
しかし、リズは将来をそれほど悲観していなかった。何だかんだとダニエルは変わらない。少なくともリズの前では見た目以外は出会った頃のままだ。ここを首になったとしても泣きつけば、きっとどこかを紹介してくれるだろうと、気楽に構えていた。
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そんなとき、リズに王都から来客があった。こんなことは初めてだ。アーデン家からの使いだという。嫌な予感がした。家から追い出したと言うのに今更何の用だろう。今日は主人もアーノルドも不在でリズは不安だった。
仕方なくサロンへ行くと、エリックがいた。その姿を見た途端胃がキリキリといたんだ。もう、二年も前のことなのに。
「リズ、久しぶりだね。元気だった?」
彼は変わらず柔らかい笑みを浮かべる。それにここではあまり見ない洗練された都会的な物腰。
「はい、そちらもお変わりないですか?」
何しに来たのだろうと思いつつ、挨拶を交わす。茶を飲みながら本題に入った。
「実はね。君に折り入って話がある」
「はい………」
話とはいったいなんのだろう。警戒してしまう。金の話だろうか。
「いつまでも一人でいるからと君の御父上が心配してね」
「はあ」
心配? 余計なお世話だ。勝手に婚約を解消し、行きだけの旅費を渡して、ほとんど身一つで放り出したのに今更何を言うのだろう。ここの主人が良い人なでければ、野垂れ死にしていた。
父の身勝手さに腹が立つ。しかも使いにエリックを使うなど、無神経すぎる。
「家庭教師とはいってもここに教える子供はいないようだけれど?」
エリックが不思議そうに聞く。ここの主が読み書きができなかったことを知っているのは、ネリーと叔父夫妻、アボット卿にウォーレン伯くらいだ。アーノルドも知らない。最初の頃はリズがフォローしてきたのだ。
「それで、何の御用でしょう」
彼の疑問には答えず。話の先を促す。
「君のお父上からの伝言なのだが、王都に戻って欲しい」
「何を今更……」
「びっくりしたよ、君が家を出たと聞いたときには。私とマゴットの結婚がよほど嫌だったんだね」
話がかみ合わない。リズは追い出されたのだ。あの家は、都合よく過去を改変する。そういえば、二人の間に子供はもうできたのだろうか?
「今はそんなことはないですよ。遅ればせながら、ご結婚おめでとうございます」
前は言えなかった。「おめでとう」という言葉がすんなりと出た。ただマゴットにそれを言えるかはわからないが。
しかし、それを聞いたエリックの顔が引きつる。
「もしかして、知っていて言っているのかい?」
「はい? 何のことでしょうか?」
「君には何度か手紙を書いたが、一度も返事は来なかった。マゴットもそのことで傷ついている」
「手紙など受け取っておりません」
そういえば、ここへきて最初の頃は叔父夫婦が手紙のチェックをしていた。そのほとんどが捨てられていたらしい。しかし、マゴットが手紙を書いたというのは嘘だろう。癇の強い姉を思い出し、少し気分が悪くなる。
「マゴットとの結婚前に、君の母上が馬車の事故に遭われて、いま少し体が不自由なんだ」
「え!」
リズは驚いた。
「歩くのに少し不自由している。こんな状態だから、結婚は先延ばしになってしまって……」
そんな時こそ、早く結婚して家を支えて欲しいと思う。
「それで、母は大丈夫なのですか?」
「歩行訓練をしているところなのだけれど、なかなか上手く行かなくて。マゴットも病弱だし、君に会いたがっている。お義父上も帰ってきてほしいと言っているんだ。
いろいろとわだかまりはあるだろうが、顔をみせるだけでもいい。様子を見に来てくれないか?」
嫌だった。しかし、放っておくわけにもいかない。屋敷の主人は視察から今日の夕刻に戻る。相談してみようと思った。ここでの仕事は続けたい。
「屋敷の主人に休みを貰えるか聞いてみます」
リズは慎重に答えた。実家で暮らすのは嫌だ。母の様子を見て、必要な処置をし、すぐに戻るつもりだ。
「私は街の宿に二、三日いるから返事をくれ。馬車もあるし一緒に帰ろう」
「わかりました」
そういって彼は宿の場所を残していった。しかし、王都までは三日かかる。エリックと一緒に帰るなど気づまりだ。街に出たら自分で貸し馬車を探すつもりだった。




