02 祝福できません
リズは学校を卒業してからすぐに家庭教師の仕事を始めた。稼いだ金は、父アイザックに支払われる。リズには一銭も入ってこない。父母によるとリズの結婚の支度金として貯めてくれているという。
そして残念な事に、祖母のデイジーはリズの卒業を待つように亡くなってしまった。厳しくも優しい人で心から尊敬していた。彼女が亡くなったいま、リズに逃げ場はない。
家庭教師の仕事は一軒ではなく三軒ほど掛け持ちしているので、かなり忙しい。その上、きちんと仕事内容を守ってくれる家もあれば、まるで下級使用人のような扱いの家もある。おかげで二年もすると家事一般出来るようになっていた。
学校へ通っていた頃の数少ない友人は、みな結婚してしまった。気づけば、未婚なのはリズだけだ。
家庭教師の仕事を終えて家に帰ると賑やかな話し声が聞こえた。客人が来ているようだ。
メイドに聞くと、エリックとその父親のチャールズ・ウィルソン男爵がきているとのこと。
リズは軽く身支度を整えて食堂へ向かった。王宮に出仕している彼とは二年ぶりに顔を合わす。この家に時々、来ているらしいが、いつも働いているリズとはすれ違いになる。
久しぶりに会う彼を思い、少し緊張しながら食堂に入る。すでに皆は晩餐を楽しんでいた。
リズはウィルソン男爵父子に挨拶をする。
「あら、もう少し、遅くなるのかと思っていたけれど、あなたも一緒に食べる?」
母がメイドを呼びリズの分も用意させる。リズが末席につくと横には上機嫌の姉がいた。とりあえず姉の機嫌がよくてほっとした。いらいらしていると彼女は何を言い出すかわからない。ここのところいつも姉の顔色を窺っている。
「リズ、丁度よかった。今日は大切な話があるから、聞きなさい」
アイザックが言うので、リズはお腹が空いていたが、とりえずナイフとフォークをとる前に居住まいを正す。
「マゴットの結婚が決まった。一年以内に式を執り行う予定だ」
突然の話で驚いた。それでエリックがお祝いにかけつけたのかと合点がいった。
「まあ、お姉様、おめでとうございます」
リズは心底嬉しかった。今まで、自分だけが結婚出来るのが後ろめたかったのだ。そのせいもあって理不尽な言いがかりをつけてくる姉に強く出られなかった。
「良かったわ、あなたに祝福してもらえて。ねえ、エリック様」
マゴットがことさら誇らしげな顔をした。姉とはいろいろあったが、彼女がしあわせになるのならば、それに越したことはない。
「……そうだね」
しかし、エリックの歯切れが悪い。どうしたのだろう。そういえば先ほどから伏し目がちで、リズと目を合わそうとしない。以前の彼ならば、まっすぐにリズを見てくれた。
「それで、お姉さま、お相手は?」
一瞬姉の目にずるがしこい色が浮かぶ。
「いやあね。あなたの目の前にいるじゃない」
「え?」
エリックと目があったが、彼は気まずげにすぐに目をそらしたままだ。
「リズ、マゴットの相手はエリックだ」
父のありえない言葉が響いた。そのあとのことはよくは憶えていない。がたりと席を立ち、食堂を飛び出した。リズは気付くと自分の部屋で泣いていた。
その後、家族にさんざん詰られることになる。お前は姉の幸せを祝福できないのかと。意味がわからない。エリックはリズの婚約者だったのだ。いったい何が起きたというのだ。
「マゴットの健康が回復したいま、この家を継ぐのはマゴットであってお前ではない。もともとマゴットはこの家の総領娘なのだ」
と父から言われ、
「あなたのわがままはもうたくさん! マゴットとうまくやっていけないのなら、この家から出ていってちょうだい」
と母が泣き叫ぶ。
「いいわ、お母様、私が、エリック様との結婚をあきらめるわ。リズに譲るから、だから泣かないで。私が不甲斐なくてリズのように働くことが出来ないから、本当にごめんなさい」
母と姉はリズの前で、肩を寄せ合ってさめざめと泣き、父は怒り狂った。これではまるでリズが加害者だ。実際、姉や母の話だと、もともとエリックはマゴットと結婚する予定で、そこにあざといリズが割り込んできたらしい。何その作り話。だいたい結婚は家長である父が決めたのだ。
そんなことを言われても訳がわからない。誰もリズを慰める者はなく。彼女はただ一人泣いた。夢ならば、早くさめて欲しい。