17 優秀なようです
それから、三ケ月が過ぎた。ダニエルの学習能力は恐ろしく高い。もともとこちらの考えていることを読んで先回りするなど、妙に察しの良いところがあったのでそんな気はしていた。
これでは家庭教師はすぐにお役御免になりそう。時折わからない単語があるだけで、手紙くらいならば、すらすら読めるようになってきていた。
食事のマナーもふた月もするとすぐに身につけた。これは驚異的に早い。聞いたところによると、六歳くらいまで、普通に貴族としての生活をしていたらしい。それならば納得だ。もちろん、彼はそれ以上語りたがらないが。もう、まもなく貴族としての優雅な所作も身につくだろう。
リズはマナーについては一通り学んでいるが、専門の教師ではない。一般教養が専門だ。ここから先は、別の人間を王都から呼び寄せたらいいのではないかと思った。リズもダンスは学校で習ったが、夜会には出たこともないのだ。
そしてつい先日ここに図書室があることを知った。主人が、久しぶりに扉を開け、蜘蛛の巣をはらい。二人で掃除をした。
その後、本の虫干しをする。大量の蔵書があり、大変な作業だったが、読み物に飢えていたリズは喜んだ。
最近では主人であるダニエルが自分で手紙のチェックしている。必要があれば返信し、リズが代筆を頼まれることもあった。
几帳面な彼は、いまでは手本のような流麗な文字を書く。
ダニエルはとても頑張り屋で、朝から夕刻まで農場で働き、夕餉のあとリズと燭台の明かりを頼りに勉強する。無理をしているのではないだろうか。リズは心配になった。
「ご主人様、お疲れではないですか? 農場の方のお仕事は休めないのですか?」
「俺が……じゃねえ。私が休むとダメなんだ。あいつら見張ってねえとさぼりやがる」
彼のこの口の悪さ、リズはもはやどこから注意していいのか分からない。結局、言葉遣いの悪さだけは最後まで残ってしまった。
「農場の仕事が大変ならば、私も何かお手伝いしましょうか?」
「いや、やめとけ。あんたは絶対あんな所にいっちゃいけねぇ」
「ご主人様、またお言葉遣いが乱れております」
「ちっ」
ダニエルの舌打ちにリズがため息をつく。これでは端整な顔立ちもシルクのシャツも台無しだ。
「リズ、いい言葉遣いと、悪い言葉遣いの時間を決めないか? 朝だけ、きちんとした言葉遣いで話す。そして、夜はいままでどおり」
ダニエルがさもいいことを思いついたようにこしゃくなことを言う。リズは咳払いした。
「お言葉ですが、ご主人様。朝は殆どお話しする暇がありません」
「それは、あんたが、俺のフォークやナイフの上げ下ろしにいちいちうるさくて、それどころじゃねえからだろ」
「それが私の仕事ですから」
一瞬二人は睨みあう。先に目をそらしたのはダニエルだ。
「わかった。私が、悪かったよ」
そう言って彼は肩をすくめた。
ちゃんとできるじゃない。
♢
そんなある日、主人が一通の手紙を読んで顔色を変えた。リズはどうしたのだろうと不安になる。
心配して声をかけるが彼は上の空だ。そして、「出かけてくる」と一言告げ、馬に乗って行ってしまった。
心配して待っていると夜半過ぎに戻ってきた。彼は言葉少なで話したくない様子がありありだったので、リズは温かい茶とプディングを出して下がった。
いったい、ダニエルはどうしたというのだろう。明け方起きて下に降りると、ダニエルが丁度、主人以外立ち入り禁止の地下室から出てくるところだった。
なんだか、彼が泣いているような気がして、リズはみてみないふりをした。
それから、二、三日ふさぎ込んだ様子はあったが、次第に元の彼に戻っていた。なぜ、相談してくれないのだろうという落胆もあったが、誰にでも秘密はある。リズは触れないでおこうと決めた。




