15 来客
ここのところ朝晩の冷えが厳しく、ネリーが、時々腰やひざの痛みを訴えた。
「ネリーはどうだ」
主人は決まって一日の終わりにネリーの様子を聞く。ネリーは朝も早いが夜も早くもう就寝している。
「今日は少し腰が辛そうでした。私もなるべくお手伝いをしているのですが、力仕事は無理かと」
「そうだな。そろそろ農場の方が忙しいし、誰か力仕事の出来るものを雇いたいところだが」
いまこの家で力仕事が出来るのは主人であるダニエルだけだ。彼は察しがよく頼む前に動いてくれるが、農場に行ってしまうと不便だ。新しく雇ってもらえるならばありがたい。
「おじさまに頼まなくてはならないのですか?」
踏み込んだ質問ではあるが、当面の生活が保障されているせいか、やはりこの家の事情は気になる。
それにせっかく掃除をしても絨毯を替えないのでは、見栄えが悪い。そこらあたりの金もでないのだろうか。もちろん、未だにリズの給金もでていない。しかし、ここに置いてもらえるうちは文句を言うつもりはない。
今のリズは置いてもらう代わりに、勝手に働いているだけだ。
「そうだな。人を雇うよう、おじきに頼んでみる」
そう言うとダニエルはガシガシと頭を掻いた。
「あの、ご主人様。御髪は整えられないのでしょうか?」
「あ?」
意味が分からなかったようだ。
「髪はとかさないのですか?」
「ここらへんじゃあ、普通だ」
すっぱり切られた。彼は驚くほど無頓着だ。しかし、伯爵として普通ではない。服装にしても洗濯はしてあるらしいが、着古したズボンに古く変色したシャツに皮のベストだ。
そして、いつものことだが、爪に入り込んだ土が気になる。きっといつか腹を壊す。
彼は変わっていて、洗濯も自分でする。前は、ネリーがやっていたそうだが、もう年よりなので負担を減らしたくて自分でやるようなったと言っていた。
「それならば、私がやります」
とリズがいうと、「冗談じゃない」と顔を真っ赤にして怒ってしまった。悪気はないのだろうが、リズは少なからず傷ついた。まだ、信用されていないようだ。いつまでたってもリズはよそ者なのかもしれない。
♢
月日は過ぎ、やっと腰を落ち着け、田舎暮らしにも慣れてきた頃のことである。その日はあらかた午前の仕事が片付け、リズは繕い物をしていた。
すると昼過ぎに屋敷に来客があった。今日、ネリーは休みで村に行っている。孫に会うそうだ。ダニエルはいつものように農場に出かけていた。
本館の玄関を開けて客を迎え入れると、ウォーレン伯爵の代理人マーカス・アボットだった。彼は従者を二人引き連れて王都からやってきた。
茶の用意をし、少し絨毯が残念だが、綺麗に掃除したサロンに通す。
「お久しぶりです。アボット卿」
面識のあった彼と挨拶を交わしつつもリズは不安だった。やはり家庭教師の件は間違いだったから、この屋敷から退去するようにと言われるのだろうか。胸がどきどきした。
「家庭教師の仕事はいかがですか?」
「はい?」
マーカスに問われて驚いた。
「いえ、その、行き違いだそうで……」
彼は行き違いの件を知らないのだろうか。確か、ゴードンは家庭教師の話は断ったといっていた。
「行き違い?」
「はい、家庭教師は不要だと言われました」
「おや、それはどういったことでしょう? グレイ卿がそうおっしゃったのでしょうか?」
逆に聞かれてしまった。
「事情はよく分かりませんが、このお屋敷には家庭教師を必要とされるお子様はいらっしゃらないようです」
リズにはそれしか答えようがない。
「おや、それでは、あなたはなぜここに? ははあ、ここの御主人に見初められたのですね」
それは絶対にない。金がないから置いてくれと泣きついたのだ。
「めっそうもございません」
慌てて否定する。
その時、廊下から、ゴードンのがなる声が響いてきた。叔父夫妻は相変わらず週に一度は訪ねて来て、リズにいろいろとケチをつける。だが今日はダニエルもネリーもいない。どうしよう。
「ネリー! ネリーはいないのか。エリザベスはどこだ! いるんだろう」
その品の無い声にマーカスが顔をしかめる。
「誰だね? まさかここの主人ではないよね」
「ええと、伯爵様の叔父様で、お屋敷や領地のことを取り仕切っている方だそうです」
「屋敷や領地を取り仕切る? どういうことだ?」
そのときばたんとサロンのドアがあけ放たれた。ゴードンとアンヌのグレイ子爵夫妻だ。
「迎えもないとはどういうことだ。おい、そこの女! 何をしている! お前、まだいたのか。昼間から、男を連れ込むとはとんでもない女だ!」
いきなりステッキを振り上げ殴りかかってきた。
その前に、少しお話ししませんかね?




