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01 男爵令嬢リズは

 リズには四歳年上の姉がいる。幼いころから姉は体が弱く、両親は姉のマゴットに付ききりだった。しかし、彼女が寂しさを感じることはない。姉の具合が悪いときは、優しい祖母デイジーに預けられ、愛されたから。


 

 リズが15歳の時、縁談が舞い込んだ。お相手は隣の領地のエリック・ウィルソンと言って姉マゴットと同じ年の男爵家次男だった。リズの家は姉妹きりしかないので、婿取りをしなくてはならない。


 王都のタウンハウスも近いので彼のことはよく知っている。となりの領地という事もあり、子供の頃はよく行き来したものだ。そしてリズの初恋の相手でもある。エリックは子供の頃からとても優しかった。

 今は王宮に出仕している。将来有望な青年貴族だ。


 だが、父も母も病弱な姉マゴットにも結婚式に参加してもらいたいと、式は先延ばしにされていた。気づけばリズは18歳。未だ両家に婚礼の準備をする動きはない。学校に通っていた頃の数少ない友達は皆結婚してしまっている。





 今日は体調が良いという姉のマゴットに誘われて、男爵家のこぢんまりとしたサロンで茶を飲んだ。


「ああ、リズが羨ましいわ。私は体が弱いから結婚なんて無理ね」


 姉のマゴットは悲しそうに呟く。


「そんな……。お姉さまにもきっといまに」


「きっと何? こんな体の私のところに誰が婿に来るというの? 私が病弱で学校に通えなかったこと馬鹿にしているのでしょ!」


 姉はそれまで穏やかに話していたかと思うと、いきなり豹変し癇癪を起す。いつものことだが、結婚を先延ばしにされているリズも辛い。本当ならば、18歳の誕生日にはエリックと結婚しているはずだったのだ。


「まあ、どうしたの。そんな大声出して」


 騒ぎを聞きつけた母のハリエットがやってきた。するとマゴットが泣き崩れる。


「ひどいのよ。リズったら。この年になっても結婚できない私を馬鹿にするの。私に学がないって嘲るの」


 哀れを誘うように涙声で言い募る姉。


「いえ、私はそんなことは言っていない……」


 パンと音がしてリズの左頬が熱をもつ。


「あなた、なんてことを言うの? 思いやりの欠片もないのね」


 いつもそうだ。この家は姉のマゴットを中心に動いている。姉が白だと言えば黒い物も白になる。だが、それも結婚するまでとリズは我慢してきた。


 姉はよくリズを羨む「リズはいいわね。学校に通うことが出来て」「外で仕事することができて」と。しかし、マゴットが望む受け答えを出すことが出来なければ、リズは家族から非難され、罰を受ける。


 その晩、姉は部屋から出てこなかった。食事もほとんどとらなかったそうだ。それから一週間マゴットは部屋にひきこもる。父や母にリズは「お前は思いやりがない」となじられ続けた。そして毎晩、姉の部屋の扉越しに謝る。


「学校を出ているくせに言っていいこと悪いことの区別もつかないのか? なぜ、お前はそうわがままなんだ。知ったかぶりで、いつも自分の主張ばかり押し通す。理屈っぽくて頭でっかちな女だ」


「可哀想なマゴット。あの子はあなたみたいに健康ではないのよ。頭もあなたよりずっと良かったのに学校に通えなかったわ。それがどれだけ悔しい事か、恵まれているあなたにはわからないのよ」


 母は悔しがっている。利発な姉を学校に通わすことが出来なくて代わりにリズが通った。それが我慢ならないのだ。


 マゴットが体調を崩すと、リズはよく父方の祖母に預けられた。そして祖母のデイジーはとてもリズを可愛がった。学校へ通えたのも祖母のお陰だ。両親は姉のマゴットが通えないのになぜ、妹のリズを学校に通わせるのかと猛反対した。

 それを祖母が、自分が金を出すからと父を説得してくれたのだ。


 リズは、卒業したら家庭教師の仕事をして家に金を入れることを条件に学校へ通えることになった。


 しかし、姉と母の妨害はひどく、家では用事を言いつけられ、なかなか思うように勉強できない。二人とも勉強するリズを見るとバカにしたり、「誰が勉強してくれと頼んだ」と罵ったりした。挙句のはてには部屋にある教科書を出しっぱなしにしたと言いがかりをつけられ、燃やされたこともある。


 遠くへ使いに行かされて学校を休まされることも度々だ。それでも休み時間や隙間時間を利用して何とか勉強して卒業できた。


「マゴットだったなら、もっと良い成績で卒業できたのに、本当に金の無駄ね」


 と母が言う。


「まったく、女に学問をやらせると口ばかり達者になって生意気になる。碌なことがないな」


 父も面白くないようだ。父母は祖母のデイジーが金を出したことは都合よく忘れている。



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