第2話
お父さんお母さん、今までありがとうございました…。
潔く訪れる死を受け入れ、実家の両親に別れを告げた。
前世では何年生きたのか知らないけど、今世はたった15で命を経つのかー…。
短かったなぁ。
なんて、感傷に浸ってる場合か!
なぁに、心配はいらない。
背中から落ち、受け身を取れば死ぬことはないっしょ!
受け身を習ったことはないけど、ゴロロロッ!ってやればいいのは大体知ってる。
…うん。多分大丈夫。
決心した私は、目をつむり頭を抱え、丸まり、迫りくる痛みに身構えた。
ボスンッ!!!
…うん?
ボスン?
明らかに地面に落ちた音じゃないよね、これ。
しかもいつまで経っても痛みはやってこない。
なにかに支えられてる?
若干温かい。
「大丈夫?」
上から降ってきた声に身を強張らせ、ゆっくり瞑っていた目を開いた。
「ひっ」
「…ここで悲鳴はおかしくないかい?」
ごめん。
ごめんけど、目の前に覚えのある、美しすぎる顔があるとつい悲鳴をあげてしまう。
彼は、蒼瀬翔太。
生徒会の会長で、人が良いことで知られている優等生。
しかしそれは猫っ被りで、実は腹黒な危険キャラ。そこが萌えると、人気だった。
彼は攻略対象の1人…つまり吸血鬼だ。
「…すいません。ありがとうございました」
私は冷静を取り繕って、一礼をした。
てゆうか、こうしてる間もずっとお姫様だっこされてる状態なのだ。
恥ずかしすぎるので、降りたい。
「…あの、降ろしてください」
「いや、念の為医務室に連れてくよ」
「大丈夫です」
「遠慮しないで」
「大丈夫です」
セクハラじゃ!降ろせ!!
と念を込めて蒼瀬を見上げるが、彼は気にも留めない。
これはあれだ、新入生への好感度アップを狙っているに違いない。
しかし彼の本性を知る私としては、好感度アップもクソもないし、むしろファンクラブから危害を加えられそうで怖いんですけど。
…あ!そうだ!
「降ろしてくれないと大量のシルバーチェーンとにんにく送りつけますよ」
吸血鬼の苦手なものと言ったらこれっしょ!
おおう、蒼瀬がみるみる顔を歪ませているよ。
ほらほら、早く降ろしてください。
「…その発言は、君がこちら側だということでいいのかい?」
…こちら側ってどちら側?
…あ。
しまった。
私、肝心な事を忘れていた。
たしかにこの世界に吸血鬼は存在するし、この学園にも数十人と吸血鬼が通っている。
しかし、その情報を知るのは吸血鬼ら本人と、学園の関係者のみ。
人間でその事実を知る者は、ほぼいない。
和解派のハンターがいるくらい。
つまり私は、「あんた吸血鬼なんでしょ?私知ってま〜す」と言っているも同然…ということだ。
「…風の噂で、会長はシルバーアレルギーで、にんにくがお嫌いと聞きました。こちら側とは、どちら側のことですか?」
無表情を固定させて、サラッと口からでまかせを吐いた。
すると、会長がニコニコしながら無言で見つめてきた。
明らかに黒いオーラを纏っている。
内心「ひぎぃぃっ!」と叫びながらも、無表情を取り繕い、会長の痛いほどの視線を無視し続けた。
「…まあ、そういうことでいいよ。俺も忙しいしね。ほら、着いたよ」
会長が諦めたようにハァ、とため息をついた。
なんとか誤魔化せた。
うん。
多分誤魔化せてる。
ていうか、着いたなら降ろせよ。
私は未だに会長の腕の中だ。
別に私そこまで姫プ好きじゃないんですけどぉ!?
という、私の心の叫びを知ってか知らずか、会長は私を抱えたまま医務室の扉を開けた。
「おー蒼瀬。今日も王子様やってんな」
「桃崎先生、やめてください。怪我人を連れてきただけです」
ケラケラとからかってきた、この若い先生も見覚えがある。
桃崎蓮司。
彼も攻略対象で、吸血鬼だ。
養護教諭で、俗に言うチャラ男。
生徒に手を出したとか出してないとかっていう噂がある。
あまり好きなキャラではないが、その眼鏡は最高です。
「怪我人ね。そこの椅子に座って」
桃崎から指示を受け、ようやく蒼瀬から開放された。
ドキドキで心臓が死ぬかと思った。
勿論、このドキドキは恋のドキドキなんかじゃなく、いつ喰われるのかという恐怖のドキドキです。
「会長、ありがとうございました」
「いや、また困ったことがあったらいつでもおいで」
「いえ、もう頼りません」
あんた1番危険なキャラなんだもん。
しかも、あんなことがあった後で誰が「はい、よろしくお願いします」なんて言うか!
顔を引つらせた会長には悪いが、もう彼と話すことはない。
一生。
「あははっ、あの蒼瀬にそんな態度取るなんて。可愛い小動物かと思ったら、とんだ珍獣がいたものだ」
桃崎がカルテを手に、お腹を抱えて笑っている。
…そんなに面白いものじゃないと思うけど。
「何?喰われちゃった?」
「…苛ついたので、噛み付こうかと思ったら噛まれました」
「あはははっ!あは、あはははははっ」
本人の前でハッキリと苛ついたと言う私に、桃崎が大爆笑している。
一方で蒼瀬は、ゴゴゴゴゴッ!という効果音がぴったりな程爽やかな笑顔で怒っている。
だが私は、さらに恩を仇で返しにかかる。
「助けて頂いたのには感謝します。ありがとうございました。もうここにいる必要はないですよ、寮か生徒会室に戻ってはいかがですか?」
「…そうだな、そうするよ。それじゃあ、お大事に」
爽やかな黒い笑顔を貼り付けたまま、会長は出ていった。
バイバイ、2度と近づかないでください!
「いや〜、久しぶりにこんな笑った。お嬢さん、名前は?」
「神宮寺和音です」
「和音ちゃんね〜、了解。じゃあ、ここに記入していってくれるかな」
桃崎がそう言って渡してきたのは、カルテだ。
言われた通りに書いていく。
「ところで、蒼瀬に何されたの?」
桃崎の言葉に、ピクッと私の身体が止まった。
なんかその言い方じゃやらしい事されたみたいじゃないか、やめてよ!
…っていう戸惑いではなく、正直に言えば桃崎にまで疑われてしまうという戸惑いだ。
やばい。
超ピンチ。




