雉も鳴かずば【side椎名雪慈】②
本人が思ってるより酷いのはあるあるだから……。
主人公の頭が綿菓子になってた下校中まで入ってます。
嘘じゃないなら、2年生で、鹿野木さんと同じクラスになったらしい。学年が上がって教室の場所が変われば彼女との接点が無くなると思っていた。それなのに、同じクラスになるなんて。
悶々としたまま新学期初日、早く来すぎた肌寒い教室で1人溜め息を吐く。席を確認して、鹿野木さんと離れていることに少し安心しつつも、あそこに彼女が座るのかと思えば途端に落ち着かなくなる。もう一度溜め息を吐いて、自販機で何か買って来ようと財布を持って立ち上がる。
教室のドアを開けて、その光景に時が止まる。だって、目の前に鹿野木さんが居た。
「ぁ、ごめん。おはよ……」
一瞬で様々な感情が溢れそうになったが、何とか頭を働かせて、掠れた声で挨拶をする。
鹿野木さんは目を見開き、顔を真っ赤にしている。初めて見る表情に心の底でほの暗い笑みが浮かぶ。しかし、男子が苦手で固まっているのかもしれないと気づき、一歩下がろうと体重を後ろにかけたところで彼女が口を開いた。
「あっ、おっあっ……あああ握手してくださいっっ!!!!」
挨拶を返してくれるのかと期待したら、予想外の言葉が返ってきた。そして、頭を下げながら差し出された彼女の小さな白い手。
「え?……あぁ、よろしく」
彼女の様子は明らかに不自然だったが、俺も相当混乱しているらしい。深く考えないまま、ドアにかかっていた左手に財布を持ち直し、右手で鹿野木さんの手を握る。彼女のしっとりとした肌と温かな体温が伝わり、つい不埒なことが脳裏を掠める。自分の煩悩と格闘していれば、再び彼女が声を上げる。
「お、おはよう!ござい!ますっ!!
よよよろしく!お願いしますっ!!
生まれてきてくれてっ!ぅぅっ……ありがとうっござい!ますっ!!
はぁ……ぅ好きですぅぅ……!!」
息も絶え絶えに言葉を紡ぐ鹿野木さんに、喜ぶより心配が増してき……、え、今、何て言った?
告、白……?
俺に向かって、「好き」って。
あぁ、俺、絶対に今、顔が赤い。
固まっていたら、唐突に鹿野木さんが顔を上げる。鹿野木さんの眼鏡越しでもわかる潤んだ瞳が俺を捕らえる。訴えるような熱を孕んだ眼差しが、嘘だと思う考えを霧散させる。
「しゅき……」
ぽそりと呟いて鹿野木さんの身体から力が抜ける。思わず握ったままの手を引き、そのまま抱き止める。鹿野木さんの柔らかな感触と現実であることを示すような重み、理性を壊す爽やかな甘い香りにくらくらする。
さっきから何を試されているんだ俺は!?
どうにか思考を再開して、鹿野木さんの安否を確認する。
「鹿野木さー…ん……大丈夫か……?」
返事は無く、完全に気を失っているみたいだ。このままでいる訳にもいかず、どうにか鹿野木さんを背負い保健室まで連れて行く。
お姫様抱っことやらができれば格好良かったかもしれないが、意識の無い人間を抱えてに安全に運ぶ自信が無かった……。だから、まぁ、色々触ったり、当たったりしたのは不可抗力だ。……うん。
保険医に確認し、鹿野木さんには書き置きを残し教室へ戻る。
鹿野木さんには、改めて俺から告白しよう。見ているだけで我慢していたが、彼女からこちらに転がりこんで来たのなら離してあげられない。
長いこと積もった重たく澱んだ感情も、鹿野木さんのおかげで消化できそうだ。
*****
時間が経つと人は冷静になるものだ。
告白はする。もちろんする。……しかし、どう言って告白する?そもそも会話したのだって今日が初めてだ。今朝のあれだってほとんど相槌みたいなもんだ。あー……というか、嘘じゃない、と、思いたいが、混乱して人違いの可能性……。……。やめよう、うん。例え人違いでも、ここまで来たら告白はしよう。いっそ、はっきり振られた方が鹿野木さんに迷惑をかけないはずだ。……多分。
鹿野木さんは、始業式の時にはまだ戻って居なかったはずだが、クラスで自己紹介をする頃には居たみたいだ。しっかりと話す鹿野木さんの声に大丈夫そうだと安心したが、告白のことで懊悩していた俺は最後まで鹿野木さんの方を振り向くことはできなかった。
*****
ぐだぐだと頭を悩ませていれば、いつの間にか放課後になっていた。午前放課で部活も無い為、校内からどんどんと生徒がいなくなる。待たせ過ぎるのも、いや、人が居なくなってから……。朝の勢いが嘘かのように言い訳を並べて時間を延ばしてしまう。
何とか腹を括り静かになった廊下で深呼吸を1つ。鹿野木さんと一緒になった教室の扉を落ち着いて開ける。
「悪い、遅くなって。今朝、」
「今朝はすみませんでしたぁっ!!
変なこと言ってすみませんんっっ!!
保健室まで運んでくださり!ありがとうっ!!ございましたっっ!!!
このようなこと!今後!起こらないように!!
以後気をつけますぅっっ!!!」
……は?
DOGEZA。
どげざ……え?なんで土下座されてんだ俺。
「ああ、うん。別に謝って欲しくて時間を貰った訳ではないから大丈夫。体調が治ったみたいで良かったし。だから、頭を上げてくれると嬉しいんだけど……」
鹿野木さんはシュバッと音が出そうな速度で頭を上げる。でも、顔は上げて貰えず表情は伺えない。
いや、そうだよ、告白する為に時間貰ったんだよ。しかし、体調は元気そうで良かった……。
「それで、今朝の話しなんだけど、」
あ、鹿野木さん床に座ったままだし顔も伏せてるし……、できればちゃんと顔を見て告白したいんだけど。取り敢えずしゃがめばいいかな。
鹿野木さんの手前30センチ位の所にしゃがみ、少し顔を覗きこみながら言葉を続ける。
「告白されたの初めてで、……嬉しかった。まだ鹿野木さんのことあまり知らないけど、良かったら付き合ってください。」
どうにか声を震わせずに言い切った。告白するのってこんなに心臓に負荷がかかるのか。凄いな鹿野木さん。
鹿野木さんの顔は、髪の隙間から見えるだけでも真っ赤なことがわかる。だけど、鹿野木さんの返事はなく、戸惑った声が漏れ出ている。応えのない状況に否定していた考えがチラつく。
こんなこと言いたくない。けれど鹿野木さんを困らせたくなくて、つい情けない声で聞いてしまう。
「あー、……もしかして、俺以外の奴と間違えたとか?今朝かなりテンパって――」
「椎名さん以上に好きな人などいませんっっ!!!!」
俺の問いを塗り潰すような大声で鹿野木さんは宣言する。鹿野木さんの2度目の告白も、やっぱり凄かった。もう、2人して茹でダコみたいだ。全力疾走したみたいに息を荒げる鹿野木さんと、羞恥で喉がカラカラになり声が掠れる俺。
「ありがと……。じゃあ、その、よろしく。」
鹿野木さんと比べれば素っ気なく聞こえてしまいそうな無難な返答。それでも、鹿野木さんが小さく頷いてくれたことが嬉しくて、手を伸ばす。今朝も握ったその小さな手を掴めば、そっと握り返してくれる。そのまま手を引いて立ち上がる。
立ち上が……ん?鹿野木さんは腰が抜けたようにぺったりと座りこんだまま俯いている。その様子に、逆上せきった頭が少し落ち着いてくる。
「鹿野木さん大丈夫か?まだ体調悪かったり……?」
「ちっ、違いまひゅぅ……。上手く、力、入んなくてぇ……」
まだ呼吸が整わない鹿野木さんは、本当に腰が抜けてしまっているようだ。今朝も失神していたし緊張や興奮が体調に出るタイプなのかもしれない。
見ているだけで、勝手に自分から遠ざけていた頃では考えつかない鹿野木さんが居る。そのことに失望などなく、ただ嬉しさが増していく。
「そうか。なら俺が支えて帰るか」
「ひぇっ……!?」
「そろそろ下校しないと見回りが来そうだし」
「あぁっ……!」
「悪いな。荷物を持って家まで背負える程体力無くてな……」
「めっそうもなっっ!?」
鹿野木さんに再度確認しながらゆっくりと立って貰う。本人が言う通り足下が覚束無い。「ごめん」と一言断り鹿野木さんの腰に手を回し支える。鹿野木さんは、うー、とかあー、とか呟いているけれど歩けそうで良かった。
帰り道、足下をフラつかせる鹿野木さんを役得にも腰を抱いて歩く。きちんとした言葉が返ってくることは稀だったが、俺の話していることは聞いているようだ。些細なことでピクピクと肩が跳ねる様は小動物のようで可愛い。
「鹿野木さんのこと、下の名前で呼んでもいい?」
「……っ!?」
「すず……?」
「ひぅっ!?は、はぃぃ……!」
身長差があまりないせいで俺の口の高さにすずの耳がある。わざと耳元に寄せて聞けば切羽詰まった返答が返ってくる。さっきから思考が変態じみてると気づいていても、すずが嫌がってみせないから調子に乗ってしまうのは仕方がない。
「俺も名前呼んで欲しいんだけど。わかる?雪慈って言うんだけど」
「うっ……はい。もちろんです……。」
「そうか」
「………………」
沈黙が続く。俺も言葉は出さずゆったりと歩く。
すずは、顔を背けたり言葉に詰まることがあっても一度も俺を拒絶しない。今朝から自分も一杯一杯だった為、拒否の行動かと勘違いしたが冷静になれば照れているようにしか見えない。どうしてここまで好かれているのか見当もつかないが、きっとお互い様だ。随分凝縮された日だったと想いを馳せていると、すずの声が届く。
「ぁ、あの、ゆ、ゆぅ……。はぁ……。ゆ……ゅきじさん。んぅぅ……!」
「何、すず?」
「んんんぅぅ……っ!!」
唸り声しか出さないすずを家まで届け、ドアが閉まるまで見送る。明日の朝から迎えに来ようかとも考えたが、今日の様子では遅刻しかねない。
明日教室で会うときが楽しみだと、俺はふわふわした心地のまま帰路についた。
読んでくださり、ありがとうございました!
ヤンデレないが、独占欲は強い。ヘタレるが、行動には移せる。弄るが、苛めることはない。
結局は普通で落ち着く椎名雪慈です。