7 クマと殺人鬼
大きな滝の音。すぐ目の前にある滝を、木製の橋の上から眺める。霧状になった水しぶきが飛んで、ほてった体を冷やした。
「本当に大きな滝ね。」
膝をすりむいて痛かったが、私は滝のところまでのぼってきた。それは正解だ。だって、こんなに立派な滝を見れたのだ。
滝は、想像より大きく、橋の上にいても滝を見あげることができる。高層ビルを見上げているように高い。
「そうですね。」
彼は滝ではなく、私の方を見つめている。なんだか居心地が悪くて、でも彼の方を見るのもなんだか恥ずかしい。なので、私はそのまま滝を見続ける。
「この近くに小屋があります。ほら、あそこです。」
彼が指をさしたのは、滝とは逆の方。川のすぐ近くに、確かに小屋がある。あんなところに建てるなんて、何を考えているのかと思う。
増水したら、浸水してしまうし、そうでなくても小屋は木製なので、木が腐ってしまうのではないかと思った。
「あれは、何の小屋なの?」
「休憩所のようなものです。・・・何か、見覚えがありませんか?」
「?」
「川の近くにある小屋にです。見覚えはありませんか?」
「・・・」
考えるが心当たりはない。そう彼に伝えると、彼は目を伏せて悲しそうにした。
「それでいいのかもしれません。」
「何が?」
「・・・あなたの目には、怯えがありません。そんなあなたを見ると、どうしても罪悪感がわきます。」
少し前にも感じたが、彼の言っていることが理解できない。彼は、何が言いたいのだろうか?
「私が、何に怯えるの?怯える必要なんてないじゃない。クマが出たわけでもないし、殺人鬼が現れたわけでもないし。」
殺人鬼。その言葉に彼は反応した。
「なぜ、殺人鬼と?」
「え?」
「クマはわかります。森と言えば、野生動物を連想しそうなものですから。ですが、なぜ殺人鬼なのですか?」
「そんなの、怯えると言ったら、殺人鬼とかかな、みたいな軽い思い付きだよ。どうしたの?何か、気になる事でもあるの?」
「・・・」
彼は、私から目を離して、小屋の方を見た。それから、何か決意したみたいに私の方を見て、笑った。
「なんでもありません。安心してください、ここは楽園です。危険なことはありませんよ。クマは人に懐いていて、殺人鬼は隣に寄り添う。そんな、楽園ですから。」
「何それ。そこは、クマも殺人鬼もいないって、言うところだと思うけど?」
彼の言い方では、クマや殺人鬼は楽園に存在しているが、危険はないから安心して欲しい、ということになる。
「だっていますから。クマは、動物園などにいますし。そういえば、動物たちと触れ合えるサービスが最近はやっています。今度、行ってみますか?」
「何それ、楽しそう!クマも触れ合えるの?」
「もちろん。」
「え、冗談だったのに。」
「ライオンにだって触れますよ。ここではね。」
彼は、他にどのような動物と触れ合えるかを話してくれた。私はそれを楽しそうに聞いていたが、もちろん騙されなかった。
殺人鬼がいる。そのことについて、彼は触れない。きっと私を怯えさせないため。
楽園。人を殺して、人を不幸にした者も受け入れる場所。私は、楽園の認識を改めた。