6 川
ご飯を食べ終わった私たちは、少しきつい坂を歩いていた。山の中にはもう入っているので、両脇には木々が並んでいる。木の奥には、小さな川も流れていて自然豊かだ。
顔をあげれば、葉と葉の隙間から、きらきらとした光がもれている。正面を見れば、少し先を歩く彼の背中。
私は、彼の後ろをついていく。
静かな山は、風が吹けば葉と葉がぶつかり合う音が聞こえて、その音がない間は、川のせせらぎの音が心地よく聞こえる。
「川の音って、安心できるね。」
「そうですね。」
彼は立ち止まって、川の方へと目を向ける。
彼は、なぜか皮肉気に笑った。
「こうやって見る分には、川は美しくて、人々の心を癒してくれます。ですが、近づけば人の命を奪うものでもある。まるで・・・」
何かを言おうとした彼だったが、私の方を見ると目を伏せた。
「なんでもありません。」
「・・・そう。」
何でもないってことはないと思うが、私には彼の言いたいことが見当もつかなかったので、相槌だけをうった。
歩き出した彼の背中は、落ち込んでいるようで、先ほどより歩くペースが速くなっていた。私から離れようとでもしているようで、なんだか嫌な気持ちになる。
私は、少しペースを速めて、彼を追い越した。そんな私を彼は驚いたように見上げる。
「意外とネガティブだね。さっきの川の話を聞いて、そう思ったよ。でも、そんなもの視点を変えればいいだけのことだよ。」
「視点を変える?」
「うん。聞きたい?」
「それは・・・そうですね。」
「なら、私を捕まえて。鬼ごっこだよ。そうしたら、教えてあげる。」
「え?」
「よーい、どん!」
私は、彼の返事を待たずに走りだす。そうしなければすぐに彼に追いつかれるだろうから。
坂だけでなく、階段もある道のり。しかも川が近くにあるせいで、所々滑る。
「待ってください!危ないですよ!」
「なら、捕まえて。そしたら、走らなくて済むから。」
私の言葉を聞いて、やっと彼は動き出した。いつも優雅な動きをする彼だが、男性で足も長いものだから、すぐに私に追いついた。
追いつかれたことに焦った私は、階段を踏み外して転んだ。痛いのと恥ずかしいのとで、顔に熱が集まる。
「いつっ」
「大丈夫ですか!?」
彼がすぐに駆け寄ってきて、私を助け起こす。
「ははっ。恥ずかしい。」
「だから危ないと言ったのに。あぁ、膝をすりむいていますね。近くに川があって良かった。すぐに洗い流しましょう。」
「そう、それだよ。」
「はい?」
「近づいたら命の危険があるけど、近づかなければその恩恵は受けられない。なーんてね。」
「・・・全く。」
先ほどの川の話をすれば呆れられたが、彼は笑った。
「まさかとは思いますが、それを教えるために怪我をしたのですか?」
「それは、違うよ。ただ、走ればのどが渇くから、川の水を飲んで、川は恵みを与えてくれるって言いたかったの。」
「そうですか。・・・あなたの言いたいことは十分にわかったので、もうこんな危ないことはしないでください。」
「わかっているよ。私もこりた。」
「そうだといいのですが。」
彼は、私に手を差し伸べた。それを私は見惚れながらも、その手を取った。
「同じかと思っていました。」
「え?」
彼が小さく呟いた言葉は、私の耳には届かない。
「何でもありません。ただ、あなたは私が幸せにしたいと思っただけです。」
「え?」
言葉が理解できず、何度も頭でその言葉を繰り返し理解する。そうしたら、またもや私の顔は熱くなった。