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血染めの楽園  作者: 製作する黒猫
楽園はすぐそばに
39/50

39 ドルヒのアハト



 人気のない、まさにゴーストタウンのような場所で、俺は一人見回りをしていた。ライフルを担ぎ、腰には30センチほどのナイフと水筒をぶら下げている。それなりに重いが、別に苦になるほどではなかった。


 ドルヒ・・・短剣という意味のコードネームの俺だが、実際使うのは担いだライフルだ。ちなみに、同じコードネームを持ったものは何人かいて、その中ではアハトと呼ばれている。   ドルヒのアハト。それが今の俺だ。


 ドルヒのアハトは、ここで人殺しをしていた。それは、彼が生きるために選んだ道だ。ここで彼のような人殺しはたくさんいたが、その中でも彼は異質で、異質だからこそこのような場所で見回りをしている。

 基本、ここにいる人殺しは、殺すことが好きだ。でも、ドルヒのアハトはそうではなかった。



 ここに来るきっかけとなった殺しがある。それは、自分の好きな女を激情に任せてナイフで刺し、殺したというものだ。そのときの感触が忘れられない彼は、次から次へと人を殺し、遂に気づいた。


 彼が人殺しを続けたのは、好きな女を殺した感触を忘れたいがため。でも、その感触を忘れられないのは、人を殺し続けているためだ。


 彼は、殺すことをやめた。でも、その罪は消えず、彼は捕まって罰を受けることになった。


 死刑


 当然だと彼は受け入れて、絞首台まで大人しく進む。首に縄をかけて、あとは自分の足元の床が無くなるのを待つばかり。


 足が震えた。彼は気づいた。死ぬのが恐ろしいことだと。


 死にたくないと彼が思うと同時に、彼の足元から床が消える。落下する感覚と首を圧迫される感覚に、今までに感じたことない恐怖が彼を支配し、全てが手遅れだと絶望した。

 そんな彼は、気づけば床に転がっていた。見れば、彼の首を絞めるはずだった縄が切れており、彼がそのせいでそのまま落下したということがわかる。

 全身を打ち付け、体は痛かったが生きていることに安堵した。死にたくないと思った。


 刑が執行された彼に、もう一度刑罰を与えることは出来ない。しかし、彼の罪状と顔は国に広まっていて、日常生活に戻れない。それが彼の現状だった。


 そんな彼に選択権などなく、ほぼ強制的に今の仕事に就くことになった。


 ただ、人を殺せばいい。簡単な仕事だろう?


 そう言われて、絶望した。もう、人を殺す感触は味わいたくない。その思いが、彼の武器をナイフからライフルに変えさせ、人が来ることがあまりない場所での見回りという仕事に就かせたのだ。


「ここまで来る人間は、ほとんどいない。」

 東から西のこの町まで生き残れる人間は少ない。それでも、少ないだけでいるにはいる。先ほど、その少ない人間がアレスによって殺された。そのことにほっとする。

 殺さずに済んだ。


 できれば、今回も殺さずに済めばいい。そんな彼の望みをあざ笑うかのように、目の前に女が現れた。

 その女が丸腰だったら、威嚇する程度でよかったのに、その女は血の付いたナイフを持っている。見逃せないと感じ、ドルヒは追いかけた。


 ここでも見逃して、彼が隙を見せたときに殺されるのはごめんだ。それなら、殺すしかないと、殺した方がましだと思ったのだ。


 ライフルを構えて撃つが、当たらない。仕方なく、路地に逃げる女を追いかけた。背中が見えたと思えば、角を曲がり消えていく女に焦る。焦りから、女が倒したと思われるゴミ箱に足をとられて盛大に転んだ。


 それでも立ち上がって、追いかけるドルヒに好機が訪れる。女が逃げた先は非常階段で、焦らなくても女を追いつめられる場所だった。




 追い詰められた。

 先に進むことができない扉。階段を上がってくる敵。手に持っていたナイフは、落としてしまった。


 いや、落としたのだ。


「ははっ」

 乾いた笑いが口から洩れた。


 あの時だ。アレスに、楽園行きの船に乗せて欲しいと頼んだ時、私の平穏で幸せな日々は終わりを告げた。今回の私は、本当に幸せだったのに。

 私の前の私たちは、全員何かを抱えていた。それが何かはわからないが、私はその何かを抱えていない。だから、彼女と違う目をしていたのだ。


 カバンに入っている、彼と私の写真。それは、おそらく前の私だ。何かに怯え、何かを憎む。そして、諦めている私だ。


「馬鹿だな。」

 おそらく、前の私たちは本当の楽園を望んでいたかもしれない。でも、私は違った。あの楽園島で満足していたのだ。それなのに、こんなところに来てしまった。


 生きたい。


 こんなところに来てしまったせいで、こんな経験をしてしまったせいで、前の私たちの知識が蘇って、強く望むようになる。


 生きたい。死にたくない。


 一番大きな声がそう言った。また、小さな声が、誰も傷付けたくないと泣き叫んだ。

 両方の知識が、思い出が、私の手からナイフを落とさせたのだ。


 カンカンカン。


 殺人鬼の足音は、すぐそばまで迫っている。




 ドルヒは、息を荒くしながら非常階段を上がる。もうすぐ最上階だと気づき、軽く息を整えて、ライフルを構え直した。


 ナイフより、殺した感覚が少なくて済む。彼はそんな理由で、ライフルを担いでいた。早く、この感覚を忘れたいと思っているから。


 いまだに、鮮明に残っているのだ。最初の殺しの感触が。


 彼は、再び階段を上がり始める。


 顔をあげて、最上階の女を見ようとした。茶色の髪が見えて、次に赤い瞳が見える。そして、その顔がはっきりと見えるようになって、彼は驚愕した。


 追い詰めていたのは、俺だったはず。


 動きがとまった彼に、銃口を向けていた女は引き金を引いた。破裂音が響き渡って、男は後ろに倒れる。視界に広がる青空が、妙に清々しい。


 死ぬのは、あの女だったはずなのに。



 女は、笑っていた。そのことに驚いて、動きを止めた男。それが彼を死に至らしめた。




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