3 偽りの楽園
少年たちの姿が見えなくなり、私はベンチに腰を下ろす。
そこへ、タイミングよく彼が帰ってきた。手には2つの紙コップ。
「お待たせしました、どうぞ。」
「ありがとう。」
彼から紅茶入りのコップを受け取る。冷たくて気持ちいい。
「どうやら見つかったようですね。」
「うん。ついさっきお父さんの方が来て・・・」
私は、感じた違和感を思い出し、黙り込んだ。
「どうかしましたか?」
「なんか、変な感じだったと思って。噛み合っていないって、言えばいいのかな。私は、あの子が両親と公園に来てはぐれたと思っていたのだけど、お母さんの方は今家にいて、お父さんの方は仕事を早く切り上げて迎えに来たと言っていたの。おかしいと思わない?」
「・・・」
彼は黙り込んだ後、優しく微笑んだ。
「そうですね。もしかしたら、彼は母親と喧嘩をして家を飛び出したのかもしれませんよ。最初は、迷子という言葉を否定していましたし。」
「つまり、あの子は嘘をついていたの?」
「可能性の話ですが。ただ、悪意はないのでしょう。きっと、一人で心細くなったので、一緒にいてくれる人が欲しかったのではないですか?」
「そうかな?」
「子供の言うことです。難しく考えることはありませんよ。では、行きましょうか。」
「どこに?」
「塔です。この公園のシンボルで、その塔から見える景色をお見せしたいのです。特に今の時間帯は、夕日と夕日の色になった海が綺麗なんですよ。」
「夕日。」
そう言われてみれば、もう日が沈む時間帯になっていることに気づいた。この島に来た時間帯が遅かったので、時間が過ぎるのが早い。
真っ白に塗られた塔は、上部分が展望台になっているようだが、それ以外は窓ひとつない。たった一つある扉は、なぜかカードキーで施錠されていて、彼はそれにシルバーのカードを使う。ピピっと電子音が聞こえた後、扉がゆっくりと開いた。
「さぁ、どうぞ。中は薄暗いので気を付けてください。」
「うん。ありがとう。」
中に入ると、小さなろうそくの明かりに照らされて、らせん階段が上まで続いているのが見えた。らせん階段を何本ものろうそくが照らす。
ばたんと、大きな音が響き、外からの光が遮断され、一層暗くなる。扉が閉まったようだ。
「こちらです。」
彼はらせん階段を示して、上がり始める。それに私は続いた。
コツコツと、彼の足音が規則正しく響いている。
「いかがですか、楽園島は?といっても、まだ公園しか案内できていませんけどね。」
「とても楽しかった!見るものすべてが美しくて、きらきら輝いていて。良いところだね。ここなら、幸せに暮らせそう。」
本心を口にした私だったが、最後の言葉に疑問を抱いた。「ここなら幸せに暮らせそう。」それは、どういうことだろうか?
「そうですか。」
彼の足音がとまり、私は顔をあげた。いつの間にか階段を上がりきっていた彼は、扉の前に立ち、こちらに青い瞳を向けている。
「この景色を、あなたに見せたかった。」
そう言って、彼は扉を開けた。
眩しくて、目を細めた私だが、目が慣れたときには息をのんだ。
「きれい。」
夕日に照らされた、島の景色。少年の両親を探した公園、彼と会った港、海。他にも、山や独創的な建物の数々は、冒険心をくすぐった。
「楽しそうなところがいっぱいあるね。」
「・・・全部、周りましょう。今日は無理ですが、これからひとつずつ周っていきましょう。あなたが行きたいところは、どこへだって連れて行きますよ。」
「それは、楽しみだね。」
言葉通り全部付き合ってくれるわけではないと思うが、私は嬉しく感じた。だって、自分のために時間を割いてくれると言ってくれたのだ。
「本当ですよ。それであなたが楽しめるのなら、そうします。」
「?」
彼は、島を見渡しながら、続ける。
「ここは、有限の楽園。偽りの楽園とも言えます。ですから、あなたが望むことすべては叶いません。」
「そんなの、当たり前だと思うけど?」
「そうですね。ですが、人間とは欲深い生き物なのです。」
彼は、港の方を指さした。その先には、数隻の船があり、その中でも一際は大きく豪華な船がある。
「本当の楽園へは、あれに乗っていきます。困難な道のりになりますが、その先に楽園があり、そこが終着点です。」
「本当の楽園?それは、どんな場所なの?」
「それは、わかりません。だって、行ったことありませんから。そして、誰も帰ってくることができませんから。」
「帰ってこれない?」
「はい。ですから。」
彼は、こちらに真剣なまなざしを向けた。その視線を受けた私は、ごくりとつばを飲み込む。
「約束してください。あの船には乗らないと。その代わり、どんな願いでもできることなら叶えますから。だから、絶対に乗らないでください。お願いです。」
「・・・なんで?」
別に楽園に行きたいわけではないが、そこまで言われると気になってしまう。なぜ、あの船に乗ってはいけないのか。
「・・・楽園は、誰も拒みません。ですから、いつでも行ける場所なのです。でも、楽園は、誰も逃がしません。一度行ったら帰れない場所。どうか、わかっていただけませんか?」
答えになっていないと感じたが、私はとりあえず頷いた。彼がとっても困った顔をして、今にも泣きそうだったから。
別に彼を困らせたり悲しませたりしたいわけではない。