20 前夜
「冷えてきましたね。」
夕日が沈んでも、私たちは屋根裏部屋でずっと景色を見ていたが、彼の言うように少し寒くなってきた。
私は彼の後に続いて、階段を下りてリビングまで戻る。すると、彼が床に手をついた。
「何してるの?」
「実は、ここに・・・」
がこんと、小さな音をたてながら、彼は床に見えた地下への扉を開けた。
「地下?」
「はい。実は、シアタールームがあるのですよ。夜中だと、楽園島は静かすぎて、テレビの音が外に漏れたりするのですが、ここなら近所の耳を気にせず見れます。」
防音対策がされているということだろう。彼はさっさと階段を下りて行ったので、私もそれに続く。
階段をおりきると、一畳ほどの空間があって、重そうな扉が一つ付けられている。それを彼は開けて、中へと私を促した。
扉の先には、テレビに机とソファ、ベッドもある。よく見れば洗面もあって、ここで生活ができそうだ。
「そこのソファに座って待っていてください。あ、リモコンはテーブルの上にあります。」
重そうな扉が少しだけ音をたてて閉まる。それに少し恐怖を感じたが、私はソファに座って、テレビの電源を入れる。
なんだか落ち着かなくて、彼が帰ってくるまで、私はテレビの内容も頭に入らなかった。
彼は夕ご飯を持って、部屋に入ってきた。
ステーキにポテトサラダ。デザートはフルーツヨーグルト。どれもおいしそうだ。
「豪華だね。」
ステーキを目にして言う私を、彼は嬉しそうに笑った。
「これで豪華と言っていただけてうれしいですね。実は、時間が無くて思ったよりも用意ができなかったのですが。」
「これで十分だよ!ありがとう、もう食べてもいい?」
「ふふっ、はい、どうぞ召し上がれ。」
「いただきます!」
メインディッシュから行くスタイルの私を、彼はまた笑った。そんなにおかしいことだろうか?でも、彼が嬉しそうなので、いいか。
「足りなければ、そこの冷蔵庫にケーキがあります。今日食べれなければ、明日食べてください。他にも、プリンやゼリーもありますよ。」
彼に言われて初めて冷蔵庫の存在に気づく。冷凍庫もついたそこそこ大きな冷蔵庫だ。隣には電子レンジもあり、本当にここで生活できそうだと思った。
「てか、暮らしてるの?」
「ここで、ですか?いいえ、普段は別の家にいます。あぁ、でもここ2週間はここからあなたの家に通っていました。」
「ふーん。そういえば、あなたの家ってどこにあるの?」
彼が私の家に来ることは日常だが、私が彼の家に行ったことはなかった。
「僕の家なんて、何もありませんよ。ですが、気になるのでしたら、今度お招きしますよ。」
「招いて、行きたいから!」
「わかりました。では、まずはここの説明をしましょうか。」
なぜここの説明をするのかわからないが、とりあえず食べながら聞いた。
「ここは、1か月程度は外に出なくても生活できるようにしています。ただ、コンロなど火を使うものを置くのは不安でしたので、食事は冷凍食品やカップ麺などになりますね。」
「いざって時の避難場所なんだね?」
「・・・はい。」
彼の説明をいざというときのために聞いた私は、この部屋で生活できる自信ができた。ま、そんな事態は起こらないに限るけどね。
「それでは、今日は映画でも見ましょうか。せっかくのシアタールームですし。」
「いいね。私は、ホラーがいいな。」
「それは・・・今日はやめておきましょうか。かわりに、笑いしかない怪談というのはどうですか?」
「それはそれで面白そう。って、ホラーじゃないの、それ。怪談ってホラーじゃないの?」
「怖さなし、笑いありと書いてあります。」
彼はディスクを入れながら答える。もうこれに決まったようだ。
「今日は、楽しみましょう。」
「いつも楽しんでいるよ?」
「それは、良かった。」
なんだか彼がしみじみ言うものだから、少し不安に感じた。なぜかわからないけど。
「・・・今、伝えておきましょうか。」
そう言うと、彼はテレビを一時停止の状態にして、私を見た。
「改まってどうしたの?」
「明日から、一週間・・・会えなくなります。」
「え?」
それは、突然のことで、私の思考をフリーズさせた。
「申し訳ございません。」
「なんで、そんな急に・・・」
「言い出せなかったのです。ですから、今日は特に楽しませたいと思いまして・・・笑って欲しいと。」
それで、笑いありの怪談を選んだのか。彼が選ぶものとしては珍しいと思った。
「戻ってきたら、また一緒にいてくれますか?」
こぶしを握り締めて言いう彼の瞳は、不安そうで、今にも泣いてしまうのではないかと思うほどだった。
「こちらこそ、一緒にいて欲しいよ。もう、あなたがいない生活なんて考えられない。」
言ってから少し恥ずかしく思ったが、私は笑う。彼も嬉しそうに笑った。
こんな彼が、まさか私を監禁するなんて、この時の私は思わなかった。




