2 迷子の少年
迷子らしき少年に声をかけると、少年はまっすぐ私の方を見て否定した。
「違う。」
「・・・え?」
迷子と決めつけていた私の思考が固まって、反応に困る。少年は、そんな私から目をそらして、顎に手を当てて何やら考え始めた。
「迷子・・・じゃないけど、家族を探してるんだ。」
少年は、寂しげに言う。
「そう、なんだ。」
それは、迷子というのではないかと思ったが、あえて突っ込むことはしない。きっと恥ずかしくて迷子と言いたくなかったのだろうから。
「探しますか?」
背後から彼がそう聞いてきたので、私は頷いた。
「いい?」
「もちろんです。」
「じゃ、私たちも君の家族を探すよ!誰を探しているの?」
「父さんと母さんだけど。・・・いいのか?姉ちゃんたちにも予定があるだろ?」
「いいよ、気にしないで。困っている人がいたら助けるのは当たり前。それに、3人の方が探している間、寂しくないでしょ?」
少年はその言葉に、はにかむように笑った。
「ありがとう。」
「うん。」
一時間後。
「うーん、なかなか見つからないね・・・」
「そうだな。」
「少し休憩しましょう。喉が渇いたでしょう?お2人は何が飲みたいですか、買ってきますので。」
気落ちする私たちに、彼は明るい声で言った。
「え、それなら私が行くよ。」
「ふふ。売っている場所をご存知ですか?」
「それは・・・」
確か、少年の両親を探しているときに、それらしき店があった。しかし、どこにあったかは覚えていなかった。
「ごめん、わからないや。」
「それでは、ここでお待ちください。紅茶でよろしいですか?」
「うん、よろしく。君は?」
「・・・オレンジジュース。」
「では、すぐに買ってきます。そこのベンチに掛けてお待ちください。」
彼はそう言って、走り去った。そんなに急ぐこともないのに。
「姉ちゃん、あれ彼氏?」
「え、違う違う・・・友達だよ。」
「ふーん。」
「君は彼女いるの?」
「いない。好きな子とかもいないよ。まぁ、姉ちゃんなら、彼女にしてもいいよ。」
「はは・・・ありがとう。」
打ち解けてくれたようでうれしいが、今どきの子についていけないと感じた。
「姉ちゃんは、紅茶が好きなの?」
「うん。君はオレンジジュースが好きなの?」
「いいや。実は俺、コーヒーが好きなんだ。でも、小学生がコーヒーって言うと、大人ぶってるとか言われるから・・・」
「それは、そうだね。私はコーヒー苦手だな。牛乳を入れれば飲めるけど。君は、コーヒーに何か入れたりするの?」
「何もいれない。だから余計に・・・面倒だよな、人間関係って。」
とても小学生とは思えない発言。最近の子はませているな。
「・・・姉ちゃん、ありがとな。俺、なんの当てもなく困っていたんだ。父さんも母さんも当てにできない、独りぼっちだから。」
「え?」
父親も母親も当てにできない?なぜそんなことをこの子は言うのだろうか?確かに、探している対象だから、あてにはできない。でも、なぜわざわざそんなことを言うのか?
何かがひっかかった。
「お、いたいた。」
私が引っかかりを覚えていると、男性から声をかけられた。
「探したんだぞ。」
「え、父さん?なんで・・・」
「早めに仕事を切り上げてきたんだ。母さんも心配していたぞ。」
少年にそう声をかけた後、少年の父親らしき男性は私に向き直った。
「すみません、うちの息子がお世話になりました。」
会釈する男性の横では、困惑したような少年。
「ママも?なんで?」
私は少年の様子が気になったが、まずは男性に返答した。
「いいえ。見つかってよかったです。それで、お母さんは?」
「あぁ、家にいますよ。もうすぐ日が暮れますからね、夕食を作っているところです。」
男性の言葉に意味がわからず首を傾げた。
少年は、公園で母親とはぐれたのではないのだろうか?
この男性は、本当に父親なのかと怪しく思えてくる。
私は、少年に近づいて、小声で聞いた。
「本当にお父さん?」
「え?・・・あぁー、たぶんそう。顔も声も、着ている服も同じだし。」
「・・・?」
なんだか、よくわからない返答だったが、父親であることには間違いなさそうだ。
「良かったね。」
「え、あ、うん。」
「本当にありがとうございました。ほら、帰るぞ。」
男性に手を引かれて、少年は公園の出口へと向かう。
「姉ちゃん、ありがとう。」
「うん、もう迷子になっちゃだめだよ。その手を離しちゃだめだからね。」
「・・・わかった。」
去っていく少年に手を振る。少年もはにかみながら手を振り返してきてくれた。
私は、少年たちの姿が見えなくなるまで見送った。