18 プール
遅い目覚め。日はとっくに昇っていて、外は強い日差しが降り注いでいる。
着替えて寝室を出ると、階下からおいしそうなにおいが漂ってきて、それにつられるように階段を降りる。
台所では、思った通り彼が料理をしていた。
「おはよう。」
「目が覚めたんですね、おはようございます。もうすぐできますよ。」
「わかった。顔だけ洗ってくるね。」
洗面台の前で、ふと顔をあげて鏡の中の自分を見た。その顔は、どこか自分とは違うような気がした。そんなはずはないのに。
我ながら好奇心旺盛そうな目は、いまだに輝いていて、まだこの楽園島を楽しんでいるのがわかる。
ふと、思った。
自分は、このような目をしていたか?
だけど、楽園島に来た頃から私は目を輝かせていた。それは、迷子になっていた少年にも言われたことだ。だから、最初からこのような目だったのだろう。
最初から。
最初から?
「できましたよ。」
「!」
鏡に映る私の後ろに、金髪と青い瞳の彼がいた。
「うん、すぐに行く。」
「・・・待っています。」
鏡越しに彼が去るのを見届けて、私は顔を洗い始めた。そういえば、何を考えていたっけ?ま、いいか。
外に出ると、寝不足のせいかくらくらしてしまう。
「今日は、どこに行くの?屋内だと嬉しいのだけど。」
「少し歩きますが、目的地は屋内です。暑くはありませんが、今日は日差しが強いですね。こういう日はプールが賑わいます。泳ぐのは好きですか?」
「・・・どうだろう。」
「泳いだことがないのですか?」
「あるよ。授業の体育でやるから・・・学校にはプールもあったし。」
「そうですね。小学校の頃ありましたね。潜水は禁止なのに、自信がある子はみんな先生に隠れてやってました。ま、見つかって叱られるのがオチでしたけど。」
「潜水・・・」
「どうかしましたか?」
「いや、私は何やってたかなって。潜水をやった覚えはないけど、だからって何かをやった覚えがなくて。」
学校にプールがあって、体育の授業で水泳があったのは覚えている。だが、その授業に参加し、泳いだ記憶がない。
「では、今度行きましょうか。きっと泳いでいるうちに思い出しますよ。」
「そうだね、楽しみにしている。」
そう言いながら、私は不安を抱えていた。それは、泳いだ記憶がないこと。記憶がないのはこれだけではない。小学校の生活の記憶が足りない気がする。
あるにはある。でも、何かが足りない。
何か、重要なことを忘れている気がする。でも、思い出せない。
「この不安も全部なくなるのね。」
通りすがりの女性の声に、ドキリとして、耳を澄ました。
「私、怖かったの。ここでは最先端の薬をもらえて、病状を遅らせることは出来たけど、治すことは出来ないから。」
どうやら、病気の女性のようだ。ここでもらえる薬は、最先端らしい。さすが楽園だ。でも、楽園にも限界があり、病気の治癒までは出来なかったようだ。
「死ぬのがずっと怖くて・・・でも、本当の楽園に行けば」
「こちらですよ。」
女性の声が、彼の声にさえぎられた。彼を見れば、小道の方を指して微笑んでいる。
「こんなところに何があるの?」
女性のことを忘れ、私は小道を覗くが、見る限りここは住宅街で、遊びに行ける場所などないように見えた。
「・・・行ってからのお楽しみです。」
彼は、行く先を指さす。いつも前を歩く彼が、私を先に行かせるのは不思議だったが、私は彼がさした方へと歩き出した。
彼の背に隠れた広告を見ることなく、私は進んだ。
―本当の楽園へ
歌姫と共に行く、豪華客船の旅。
本当の幸せをあなたの手に。
本当の楽園島への便が、明日出航することを彼女は知らない。




