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血染めの楽園  作者: 製作する黒猫
楽園島
18/50

18 プール



 遅い目覚め。日はとっくに昇っていて、外は強い日差しが降り注いでいる。


 着替えて寝室を出ると、階下からおいしそうなにおいが漂ってきて、それにつられるように階段を降りる。

 台所では、思った通り彼が料理をしていた。


「おはよう。」

「目が覚めたんですね、おはようございます。もうすぐできますよ。」

「わかった。顔だけ洗ってくるね。」


 洗面台の前で、ふと顔をあげて鏡の中の自分を見た。その顔は、どこか自分とは違うような気がした。そんなはずはないのに。

 我ながら好奇心旺盛そうな目は、いまだに輝いていて、まだこの楽園島を楽しんでいるのがわかる。


 ふと、思った。


 自分は、このような目をしていたか?


 だけど、楽園島に来た頃から私は目を輝かせていた。それは、迷子になっていた少年にも言われたことだ。だから、最初からこのような目だったのだろう。


 最初から。


 最初から?


「できましたよ。」

「!」

 鏡に映る私の後ろに、金髪と青い瞳の彼がいた。


「うん、すぐに行く。」

「・・・待っています。」

 鏡越しに彼が去るのを見届けて、私は顔を洗い始めた。そういえば、何を考えていたっけ?ま、いいか。




 外に出ると、寝不足のせいかくらくらしてしまう。

「今日は、どこに行くの?屋内だと嬉しいのだけど。」

「少し歩きますが、目的地は屋内です。暑くはありませんが、今日は日差しが強いですね。こういう日はプールが賑わいます。泳ぐのは好きですか?」

「・・・どうだろう。」

「泳いだことがないのですか?」

「あるよ。授業の体育でやるから・・・学校にはプールもあったし。」

「そうですね。小学校の頃ありましたね。潜水は禁止なのに、自信がある子はみんな先生に隠れてやってました。ま、見つかって叱られるのがオチでしたけど。」

「潜水・・・」

「どうかしましたか?」

「いや、私は何やってたかなって。潜水をやった覚えはないけど、だからって何かをやった覚えがなくて。」

 学校にプールがあって、体育の授業で水泳があったのは覚えている。だが、その授業に参加し、泳いだ記憶がない。


「では、今度行きましょうか。きっと泳いでいるうちに思い出しますよ。」

「そうだね、楽しみにしている。」

 そう言いながら、私は不安を抱えていた。それは、泳いだ記憶がないこと。記憶がないのはこれだけではない。小学校の生活の記憶が足りない気がする。

 あるにはある。でも、何かが足りない。


 何か、重要なことを忘れている気がする。でも、思い出せない。



「この不安も全部なくなるのね。」

 通りすがりの女性の声に、ドキリとして、耳を澄ました。


「私、怖かったの。ここでは最先端の薬をもらえて、病状を遅らせることは出来たけど、治すことは出来ないから。」

 どうやら、病気の女性のようだ。ここでもらえる薬は、最先端らしい。さすが楽園だ。でも、楽園にも限界があり、病気の治癒までは出来なかったようだ。


「死ぬのがずっと怖くて・・・でも、本当の楽園に行けば」

「こちらですよ。」

 女性の声が、彼の声にさえぎられた。彼を見れば、小道の方を指して微笑んでいる。


「こんなところに何があるの?」

 女性のことを忘れ、私は小道を覗くが、見る限りここは住宅街で、遊びに行ける場所などないように見えた。


「・・・行ってからのお楽しみです。」

 彼は、行く先を指さす。いつも前を歩く彼が、私を先に行かせるのは不思議だったが、私は彼がさした方へと歩き出した。


 彼の背に隠れた広告を見ることなく、私は進んだ。



―本当の楽園へ


歌姫と共に行く、豪華客船の旅。

本当の幸せをあなたの手に。



 本当の楽園島への便が、明日出航することを彼女は知らない。




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