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人形師の舘  作者: 夏目璃子
第1章
4/4

ドールの在りか

これからどんどん大事に・・・!?なるはず?

 伯爵は1人薄暗い廊下を進みマナの待つ作業部屋へと向かっていた。

 扉の前で立ち止まり軽く扉をノックすると、すぐに扉の向こうから「どうぞ」と小さな返事が返ってくる。

 声を聞いただけでも心は踊り伯爵は軽やかな足取りで中へと入った。

 部屋には人形を作る際の作業台があり、手元を照らすための燭台の明かりが(ほの)かに灯されている。

 その傍らに同じく人形作りの際に使われている木製の椅子がありそこに静かに腰掛けこちらを見ていたのは、伯爵が敬愛するマナと呼ばれる人形師であり部屋へと招き入れた声の主だ。

 相変わらず物静かな彼女だが、既に伯爵が来る事を見越していたのか、膝には少女の姿をした小さなドールを乗せ、同じくドールによく似た憂いめいた表情を浮かべながら伯爵に話し掛けてきた。


「お待ちしておりました」


「悪いね、時間割いちゃって」


 伯爵はマナの抱えているドールを気にしつつそう応えると、視線に気付いたのかマナは徐にドールを手に取り伯爵の前にそっと差し出してきた。


「えっ、いいの?」


「構いません・・・安心して下さい、このドールさんは動きませんから」


「・・・!?」


「伯爵様はこう言った事がお聴きになりたいのでしょう?」


 マナは心を読みとっているかのように淡々とそう告げ人形を差し出す。

 彼女のするどい観察力に伯爵はこれ以上は隠しても無駄だと悟り否定する事なく素直に頷いて見せた。


「・・・うん、契約の事で是非見せてもらいたいモノがあるんだ」


「見たいもの?」


 マナはルイがあらかじめ用意していたであろうお茶を飲みながら訊ね返す。

 そのほんのちょっとした仕草でさえ美しく、窓から見える月明かりに照らされる彼女はまるで一枚の絵のようで自然と伯爵の口からは小さな吐息が漏れていた。

 その光景に釘付けとなっていたその時だった────。

 マナの後ろに見えていた森の奥で一瞬何かが光り異様に感じた伯爵はじっとそちらに目を凝らす。


「伯爵様・・・?」


 マナも彼の異変に気付き不審に思ったのか訊ねてきたが、それは伯爵の目が見開かれるのと同時だった。


「伏せてマナっ!!」


「え・・・?」


 伯爵が手を伸ばし叫んだ次の瞬間、マナの背後にあった窓硝子が激しく飛び散った────。

 硝子を割ったモノが彼女の脇を掠め、伯爵の座っていた長椅子にそれは突き刺さっていた。


「・・・っ!?」


「マナ、マナっ、大丈夫?怪我は!?」


 肩を揺さぶられ矢継ぎ早に訊ねられたマナはたった今起こっている状況を必死に把握しようと視線をさ迷わせる。    

 いつの間にか目の前に居た彼の声にマナはようやく落ち着きを取り戻した。

 手前の長椅子に腰掛けていたはずの伯爵は、割られてしまった硝子の破片から身を守るため自分ごと作業台の下でマナを庇うようにしてしゃがみこんでいた。

 燭台の火は消え、暗い部屋の中を頼りない月明かりだけがぼんやりと二人を照らした。

 自分を庇っていた伯爵の頬に赤く首筋へと流れるものを見てマナは体を強張らせた。


「マナ・・・?」


「わ、私は平気です・・・でも、伯爵様が」


 伯爵はマナにそう言われ、自分の頬に傷を負っている事に気付いた。

 顔を歪め恐る恐る頬に触れようとしたマナの手を伯爵は優しく包み込み首を横に振った。


「これくらい僕は平気さ、それにマナの大切で綺麗な手を僕の血で汚す訳にはいかないからね」


 マナは怯えているのか小刻みに震えていた。

 一刻も早く状況を把握するため伯爵はそっと彼女を庇いながら扉の方へと向かう。


「きっとルイもこの異変に気付いてるはずだ、来れないって事は他にもきっと刺客がいるんだ・・・・」


「確かにこれまでにも何度か刺客の侵入はありましたが、今回のような事は初めてです・・・」


 マナは困惑している様子で、ドレスの裾を強く握りしめ不安を絶ちきろとしている。

 そんな彼女を落ち着かせようと優しく伯爵は話し掛けた。


「大丈夫、マナの事は僕が守るから。とにかく今はここを出てルイと合流しよう」


 作業部屋を出るとマナの手を引き長い廊下を駆けて行く。

 その間にも矢は何本か放たれ屋敷の窓硝子が次々と割られていった。


「まずいな・・・屋敷の中に浸入されたかもしれない」

 

 どこかに武器になるもの・・・・・・。


「マナ!何か武器になるものは────」


 伯爵がそう訊ねようとしたその時、黒い影が突然(うごめ)き前方から剣を持った何者かが襲い掛かって来た。

 伯爵は透かさずマナを背後へと隠し、振り翳された剣を咄嗟に腕で受け止めた。


「おっと・・・武器になるもの発見」


 受け止めた腕からはまた何滴か血が滴り落ち伯爵の顔を小さく歪ませる。


「伯爵様・・・!」


 マナは新たに傷を負った伯爵を見て数歩後ずさり怯えていた。

 そんな彼女を気にしつつ、伯爵は再び剣を振り翳そうとする刺客の腕を素早く掴むと足蹴に倒し、その隙に放り出された剣を奪い取った。


「マナ、後ろを向いて目を閉じて耳を塞いでて」


 伯爵は赤く染まった白い手袋を外し、剣を握り直すと起き上がろうとする敵の前に剣先を突き付けた。

 マナが指示通り目を閉じているか黙認すると、伯爵は容赦なく剣を振り倒れた敵を物影へと隠した。

 伯爵は剣の露を軽く払い片手に握ったまま、背を向けているマナの元へと戻り様子を確かめる。


「マナっ平気?ごめん、怖い思いをさせたね・・・」


 伯爵はそっと怯えるマナの背中に触れ宥める。


「別に・・・人が死ぬ事くらい、平気です・・・・・・今まで何度も・・・何度も見てきましたから」


 マナは強がっているのか、俯いたまま小さくそう呟いた。


「マナ・・・僕の事は怖いかい?」


 伯爵はあえてそう問い掛ける。

 するとマナは彼を見つめ返し、どこか哀し気な表情を向けた。


「怖くないと言えば嘘になります。ですが・・・()()()()様は命の恩人です」


「い、今フレッドって・・・じゃなくて、マナにそう言ってもらえて嬉しいな!うん、今はそれでいいよ・・・よし、早くルイを探そう」


「あ、それなら・・・彼なら、もしかすると森の中に居るかもしれません」


 マナは伯爵の服の裾を掴み唐突にそう応えた。


 森の中に・・・?だとしたら、合流はしない方がいいな・・・・・・マナを連れて森の中を歩くのは危険すぎる。


「よしっルイと合流は辞めよう!」


「では、私達は・・・?」


 マナ一人を隠せる場所はどこにあるかと暫く考えた結果、伯爵はある物を持っていた事を思い出し、そこに隠れてもらえば安全だと判断した。


「刺客が何人いるか把握出来ない以上二人で行動する事は良くないな・・・急いで行こうマナ!」


 伯爵は思いたつままにマナの手を引き走り出した。


「何処へ向かうのですか?」


「君が安心出来る場所だよっ」


 長い回廊を走り抜けマナが連れられて来たのは、3つ目の保管部屋の前だった。


「ここに安心があるのですか?」


 マナは少々呆れ気味にそう答えた。

 伯爵はそんなマナが少し落ち着きを取り戻した事に内心安堵し苦笑を浮かべる。

 ずっと持ち歩いていた鍵を使い扉を開けると保管部屋へと入る。明かりがなければ何も見えないほど暗く今は月明かりだけが頼りとなる中、伯爵は辺りを見渡し何かを探していた。


「ここに確か、空の棺があったんだ・・・今すぐマナにはそこに隠れてもらうよ」


 空の棺とは、ルイから昨夜聞いた話で、Secretdollの入っていたものらしくマナ自身も伯爵の言う空の棺の事に直ぐに勘づいた様子だった。


「嫌です、私も一緒に行きます」


 マナは強い口調でそう訴えたが、伯爵は首を横に振りいつの間にか見つけていた棺の中に彼女を押しやった。


「これは君のためだマナ・・・君が傷ついたら誰がドールを作り、守るの?」


「ですが・・・」


「これはお願いじゃなく、主としての命令だよ」


 伯爵は静かにそう告げるとマナに持っていたナイフを手渡した。


「今度はマナが持っておく番だ。今からは誰が来ても絶対に声を出したら駄目だよ。僕かルイが開けるまではね・・・もし敵が開けてもドールのふりをしてやり過ごすんだ」


「・・・・・・」


「大丈夫、君もドール達も含めて僕が必ず護るから。君は安心して棺の中に居てね!」


 フレッドはマナが言い返す前に棺の蓋を閉じ鍵を掛けた。


「ま、待って下さいっ・・・」


 立ち去ろうとした時、棺の中から彼女の小さな声が聴こえフッレッドはその場に立ち止まる。


「どうしたの?」


「・・・伯爵様は、他に武器をお持ちなのですか?」


 先ほどナイフを彼女に渡したため敵から奪った剣だけでは不安なのか、マナは伯爵の身を安じているような声音でそう訊ねてきた。

 こんな状況の中でさえ彼女にそう言われてフレッドの顔にはつい笑みが浮かぶ。


「さっき刺客から奪った剣があるから平気だよ・・・それに強いからね!」


 業とらしくそう言うと、マナはそれきり黙り混んでしまった。

 呆れられたともとれたが、それが伯爵にはマナの返事のように感じ、伯爵は何も言い返さず保管部屋の扉に鍵を掛けた─────。


 ***


 その頃、森の奥では激しく鉄と鉄の擦れ合う音が響いていた。


「ルイ様、これではきりがありません。二手に別れましょう」


「そうですね・・・ローズは屋敷の方を頼む、私はドールの確認を」


 ルイがそう言うと、ローズは頷いて見せ屋敷の方へ向かった。

 彼女を見送った後ルイは赤黒く血に染まった手を見つめる。常に着けている白の手袋は既に無い。

 ルイは生い茂る木々の隙間からどんよりとした空を遠く仰ぎ見た────。

 暫くの間そうして立ち尽くしていると、森の茂みからまたしても数人の刺客が現れた。


「・・・・・・」


「ドールの在りかを証せ、さもなくば殺す」


 刺客の一人がルイに矢を向けながら一方的にそう告げて来たが、ルイは端から聞く気は無く相手の制止を無視して袖の中に隠していた細いナイフを取り出し勢いよく投げた。

 すると向けられていた矢は彼の真横を霞め側に立っていた木を射抜き、ルイが投げたナイフは敵の胸元を貫きその場に倒れ混む。

 一瞬の出来事を皮切りに森の中に隠れ潜んでいた他の刺客達が現れ一斉にルイに無数の矢が向けられる。

 窮地に立たされても尚ルイが慌てる様子はなく小さく息を吐き静かに口を開いた。


「・・・ドールは此処には無いと、お前達の主に伝えろ」


 ルイがそう告げるが敵が聞くはずも無く、矢は彼に向けられたままだ。

 一体どこに忍ばせていたのか彼の手には再び数本のナイフが握られており、刃先を鋭く光らせた────。


 ***


 ルイを探すため森へ入った伯爵は、静かすぎる事に不信感を抱きながらも歩みを進めた。


 やけに静かだな・・・鳥や獣も居ないなんて────。


 静まりかえった森は所々に血の痕のようなものがあり、伯爵はそれを辿るようにして奥へと進んで行く。

 その途中、茂みの奥から突然何かが蠢き伯爵は咄嗟に身構えた。


「・・・・・・獣?」


 そう呟いた瞬間、何かが伯爵の方へと迫り思わず退くと、茂みからローズが姿を現した。


「えっ!?ローズ!」


「・・・伯爵様」


 髪を乱しドールである彼女は、身体中壊れ掛け変わり果てた姿だった。


「腕も足も壊れ掛けてる・・・!もしかして敵にやられたの?」


「これはドールとしての使命です、少し壊れたぐらいで動けなくなる事はありません」


 ローズは壊れ掛けた自分の手を見ながらそう応えた。


「そんなの僕は許さない、ローズは此処で待つんだ。今屋敷に戻っても刺客に殺られるだけだから」


「でもマナがっ、屋敷に・・・」


「マナは安全な場所に隠れてもらってるから大丈夫、だから君は此処にいて。ルイと合流したら一緒にマナを迎えに行こう」


 伯爵はローズの頭を優しく撫でながら言い聞かせる。

 ドールである彼女は人ではないため痛みは感じない。それでも壊れかけている姿は伯爵の胸を酷く締め付けた。


「・・・分かりました、此処で待っています」


 優しく撫で続ける伯爵にローズは嬉しそうに微笑み頷いて見せた。

 彼女の様子を見て安心した伯爵は、ローズが手に持っているものにふと目を向けた。


「あれ?ローズ、何か持ってるの?」


 そう訊ねるとローズはぎこちなく握っていた手を開き伯爵に見せた。


「あの、これは・・・」


「ドールの・・・指?これってまさか君の!?」


 聞き返すとローズは小さく頷き、どこか哀し気な表情を浮かべている。

 伯爵は疑問に思い、ローズの片方の手を取り確かめた。


「あっ・・・」


「やっぱり、割れてる・・・敵と戦っている時に壊れたんだね?」


 ローズの手の指は関節部分からほとんどが無くなっており、改めて確認すれば他にも酷く損傷している部分が見て分かった。


「マナにまた治してもらわなければいけません・・・・・・」


「ローズは悪くないよ、それはマナも解ってる事だから心配しなくてもいいんだ・・・悪いのはきっと─────」


 まさかここまで追い詰められているとは思っていなかったが、伯爵は人形屋敷に来る以前からマナや人形が狙われている事をとある人物から知らされていた。


「伯爵様?」


「・・・うん、悪いのは刺客だね!君は僕が戻って来るまでここで待つんだ!」


 ローズにそう言い残すと、再びルイが居るであろう方角を目指した。

 伯爵は小さな嘘を彼女に吐いた────自分がこの地に足を踏み入れてしまったという事。

 いづれ事が起きうることも解っていながら、人形だから理解しあえないという勝手な理由で教えなかった。

 たとえ人間と同じように生を受けても、あくまでドールはドールでしかないと・・・心のどこかではそう思っていたのかと、人形を愛する者としてついてはならない噓だと今さら後悔し自分が嫌になりそうになりながらも伯爵は先を急いだ。


 マナ達はドールと共に何を守っているんだろう。例のドールは保管部屋には無かったはずだ。

 この森の何処かに、もしドールを隠しているとしたら─────?


 そう思うと掛ける足が自然と早くなる。

 だが意志とは違って夜の森は暗く冷たいためなかなか前に進めないでいた。

 軽傷ではあるが傷を負っているせいか伯爵の体力を奪っていく。

 そんな伯爵に追い討ちを掛けるようにして現れたのは、生い茂る木々の中に隠れ潜んでいた刺客で、伯爵に向かって振り下ろされた剣を咄嗟に握っていた剣で受け止めた。


「おっと!急に危ないな─────」


「ドールの在りかを証せっ!さもなくばお前を殺す」


 刺客はどこか焦っているのか剣を握る手に力を込め伯爵に迫って来る。


「ドールの在りかね・・・君達には絶対渡さないよ。だってそんな事この僕が許さないから────!」


 そう言って伯爵は敵を押し退けると素早く背後に回り込み勢いよく地に押さえつけた。

 咄嗟に手が出せず敵は顔面を強く打ち付けたが、伯爵はお構いなしに敵の背に馬乗りになり腕を軽く捻ると苦痛な声を漏らした。


「ゔぁっ・・・!!」


「あっ、1つだけ教えてくれる?君達は誰に言われてここへ来たの?いや、何故ドールを狙ってるんだい?」


 伯爵は不気味な笑みを浮かべ掴んでいる手の力は込めたまま、発する声音は重く低い。

 刺客は伯爵の迫力に何も答えられず、ただ苦痛に堪えるだけとなった。


「話してくれたら殺しはしないよ・・・動けなくはするけど」


「わ、我々は・・・主の命しか聞かないっ!!」


 そう叫ぶように宣言すると刺客の男は伯爵が手を出す前に自ら舌を咬み自害した。


「・・・!?」


 伯爵は眉を(ひそ)めぐったりと力尽きた刺客を目の前に暫くその場を動かなかった。


 正体を証されないよう彼等の雇い主は徹底しているようだな・・・。


 伯爵は本当に困難な状況になってきたと深く溜め息を吐きふらりと立ち上がると暗く闇に満ちた森の先を見つめ、ここへ来て何度目かのため息を吐いた。


 血の臭いが濃くなってる・・・この近くにルイがいるといいけど─────。


 一刻も早く彼を見つけ出しマナの元へ戻ろうと、再び森の中を進んだ。

 月明かりを頼りにひたすら進んで行くと、鉄の擦れ合う音が微かに聴こえ伯爵は耳を済ませる。


「ルイ・・・?」


 姿は見えないが何故かそこに彼がいると確信し駆け出す。

 その途中、倒れた刺客達を何人か見かけその傍らには白い物体も幾つかあった。


 これって・・・刺客と争って壊れたドール・・・・・・。


 破壊され、見るも無残に刺客達の周りに散乱していた。木々の間から零れる月明かりが動かぬドールを照らし、白い肌には敵と交戦した際に付いたのか、赤い斑点が鮮明に映った。

 伯爵はその光景を目の当たりにし、絶えることなく響いている激しい音の方へと急いで向かう。

 暫く進むと森の最奥か突如開けた場所が見え、そこに数人の人影がある事に伯爵は気付いた。

 咄嗟に茂みに隠れ慎重に近づいて行く。

 逆光のため人影としか判断出来ず、誰が囲まれているのかとじっと目を凝らす。次第にはっきりと見え始めた人影は中心に一人が立ち、その周りを円に囲いまるで獲物を追い詰める猛獣達のような構図が出来ていた。


 困ったな・・・たぶん囲まれてるのがルイだよね・・・?でもドールって事も───さて、どうしようか。


 伯爵は人影のやり取りに耳を済ませつつ考える。

 一人むやみに飛び出しても、何人もいる刺客に捕らわれてしまうため助ける事は不可能に近い。

 そこで伯爵は地面に転がっていた小石を見つけると幾つか拾い上げ側に立つ太い木に意図も簡単に登った。

 上からは視界を塞ぐものが無いため月明かりに照らされた影がハッキリ人だと確認する事も出来た。


 やっぱり、ルイが囲まれてる・・・。


 彼は両手に数本のナイフを持ち敵と交戦しようと構えていた。

 そんな彼を刺客達が距離を詰め追い込んでいく。

 伯爵は自分の手に握っていた小石を見つめ深く息を吐き集中する。そして手前にいた一人の刺客目掛けて勢いよく小石を投げつけた。

 すると小石は見事敵の手元に当たり、呻き声を上げながら持っていた剣を地に落とした。

 声に反応した他の刺客達が一斉に何事かと辺りを見回し始める。

 その瞬間、囲まれていたルイが隙をついて敵の討伐に徹した。

 伯爵の存在に気付いているのか彼は一人で数人を相手に、ただ者ではない動きを見せている。

 そんな彼を目の当たりにし、伯爵は怪しく微笑んだ。

 彼が敵を倒し、伯爵が持っている小石を次々と投げ敵から武器を奪うという連携で、徐々に敵の数は減りはじめた。

 持っていった小石が尽き伯爵は木から下りると剣を手に口を開いた。


「勝敗はもう分かってるはずだ、ここはおとなしく身を引いてくれないかな」


 伯爵は静かに剣を構えながら敵に言い放つ。


「貴様らの指図など承けないっ、人形を手に入れるまで我々は永久に不滅だ」


 そう宣言し敵は伯爵に向かって剣を振り下ろすも、その攻撃を受ける事はなく今度は伯爵が剣を振り下ろす番となった。

 その結果、敵の剣は弧を描き宙に高く舞う。

 伯爵は気にする事なく敵の目の前に剣先を突き付けながら敵に告げた。


「言っただろ、君達には何も渡さないって・・・それでも諦めないなら後ろに居る執事君がきっと許さないよ」


 伯爵は不敵な笑みを浮かべながらそう言うと振り向きルイに笑顔を向ける。

 背後から静かに様子を伺っていたルイの側には伯爵によって高く飛ばされた剣が地面に刺さっていた。

 ルイはそれを横目に手に取ると、退こうとしない敵に向かって勢いよく投げつけた。


「や、やめろぉぉ─────!!」


 剣の矛先は敵目掛けて一直線に飛び、恐怖に敵は叫んだ。

 響き渡った声は暗い森に消え、敵は腰を抜かし震えながら伯爵とルイを交互に見る。


「あらら、業と外したねルイ・・・ちゃんととどめを刺さないとまた襲って来るかも」


 伯爵は笑顔でそう言いながらルイの肩に手を置く。

 敵の真横にはルイが投げた剣が木に突き刺さっていた。

 ルイは恐れる事もなければ何の躊躇もせずに突き刺さった剣を引き抜きながら静かに告げる。


「申し訳ありません・・・」


 相変わらずなルイの反応に伯爵は拍子抜けし思わず苦笑した。


「いいよ、丁度彼から雇い主の事を詳しく聞こうと思ってたから」


 伯爵はひらひらと手を上下に振りながらそう告げると、ルイの眼光が心なしか鋭くなった。


「・・・それが、本当の理由ですか?」


 ルイは何かを察したのか慎重に言葉を選び答える。

 そんな彼に伯爵は素直に目的を打ち明けた。


「うん、と言うより頼まれたんだ───こういった事は本来専門外なんだけどほらっ、僕何をしても優秀だから色んな人に頼られちゃってね、本当は結構身も心もボロボロなんだよ。だから大好きなマナのドールにいつも癒してもらってたんだけど・・・・・・」


「その・・・頼まれた人物とは?」


 やっぱり警戒されてる・・・一体この森に何を隠してるんだろう?


「あっ、気になる?まぁそれは後で話すとして、今はマナとドールを護るのが最優先だ」


「・・・そうですね」


 相変わらずルイは伯爵に対して不信感を抱き常に警戒を解かないでいるが、言う事には素直に賛同し、側で腰を抜かしていた敵を一瞥するとこれまた何処に隠し持っていたのか縄で体を拘束し首もとを軽く叩くとがくりと敵は項垂れた。

 その手さばきから彼の戦闘能力が高い事は一目瞭然であり、伯爵は静かに問いかけた。


「ルイ、僕に何か隠してる事がまだある・・・そうだよね?」


「・・・・・・後でお話し致します・・・どうぞこちらへ、案内します────」


 互いに警戒を解かずにいるが、それでも主を守るためかルイは小さくそう答えた。

 開けた場所から少し進んだ所へとルイの案内でやって来た伯爵の前には、古びた煉瓦造りの家が建っていた。


「ずいぶん古い屋敷だね」


「ここは昔、アトリエとして使っていた場所です」


 ルイは淡々と答えながら伯爵を中へと案内する。


「アトリエ?じゃあここにもドール達が保管されてるの?」


「お嬢様が作ったドールではありませんが何体かは・・・」


 そう言ってとある部屋の前へとやって来た。


「えっと、ここにドール達が居るの?」


「・・・・・・」


「応えてくれないとスゴく不安なんだけどな・・・」


「・・・どうぞお入り下さい」


 ルイは伯爵をちらりと見やり扉を開いた。

 そこには殺風景な空間が広がり、小窓から照らす月明かりでぼんやりとしか見えない屋敷の中に伯爵は足を踏み入れた。


「今のところ何も見当たらないけど・・・?」


「ここに伯爵のお目当てのドールが以前は存在していました」


 ぽつりと答えたルイの言葉に伯爵は思わず目を見開いた。


「気のせいかな・・・今、居ましたって言った?」


「はい」


 伯爵の問いにルイは即答し、何喰わぬ顔で部屋の壁に手を当てると徐に押し始めた。


「えっ!?もしかして隠し部屋があるの!」


「私の記憶が確かであれば・・・」


 どこか曖昧な答えに伯爵も辺りを見回し共に探す。


「こういう隠し部屋は僕の屋敷にも沢山あるからすぐに見つか────あっ!」


 寡黙な彼と一方的に話をしながら伯爵は全体的に脆くなっている部屋の壁を手当たり次第に押していき、一か所だけ壁と壁に僅かに隙間がある事に気付き軽く押すと扉の鍵が開くような音がし、ルイもそれに気づき近寄って来た。


「どうやら開いたみたいだね・・・」


「・・・・・・」


「・・・よしっ、行こう」


 伯爵は、黙り込んだまま隠し扉の方をじっと見つめているルイを促し、ゆっくりと重たい扉を開いた─────。



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