動く人形
「ああ!自由って素晴らしいね。それにしても、噂の人形師は随分と奥深い場所に住んでるみたいだ・・・」
身内に宛てた手紙が屋敷に届く頃、動く馬車の中一人の青年は窓から見える景色を眺めうっとりと独りごちていた。
果たしてこんな森の奥に本当に人が住んでいるのだろうか?それ自体が怪しく、俄かに信じる事は出来ず考え混んでいると、程なくして馬車はゆっくりと止まりようやく目的地へと辿り着いた。
「わぁ、ここが人形屋敷・・・かな?確かに外観は噂通りの印象だけれど」
明るくそう言いながら窓から覗くようにして見上げれば、彼の目の前には古びた大きな門が聳え立っていた。
手入れはされているものの所々錆び付いており、雰囲気のある門構えだ。
自分の荷物を手にした彼は軽く身なりを整えると気を引き締め古びた門を潜り抜けた。
屋敷へと続く草や苔の生えた石畳の道をゆっくりと進んで行く。
森に在るせいか、朝靄が架かり先が見えにくい悪状況の中を行けば、そこには別世界のような場所が広がっている事に彼は驚いた。
『やっぱり呪いの人形屋敷は噂話だ。個人的にはがっかりだけど・・・だってこんなに綺麗じゃないか・・・どうしてそんな噂が出回っているんだろう?てっきり屋敷に住む亡霊とかの仕業だと思ってたけど』
「屋敷は兎に角・・・動く人形の正体を確かめなければ」
人形屋敷の噂とは、魂を宿した人形が勝手に動き出すといったミステリーやホラー小説等でよくある話しだった。
その昔、『マナ』と呼ばれる一人の人形師が一体の人形を手掛け、とある貴族の娘がその人形師の屋敷を訪れた際、その場に展示されていた美しい人形を一目見て気に入り屋敷に持ち帰ったという。
娘は片時も人形を離さず、眠る時も傍に置き大切にしていた。
だが暫くして、その人形は忽然と消えてしまったという。
盗まれたように思われたが、娘の口から思わぬ事が告げられた。
『人形が独りでに歩いた』と────だが娘の両親は子供の戯言だと本気にはしなかったという。
事件から数日、人形が戻る事は無く代わりにと再び人形師の屋敷を訪れた際、そこには何故か娘が持っていたはずの人形が在ったという。
やがてマナの作った人形は魂を宿す呪いの人形と噂され、日を追うごとに屋敷には誰も寄り付かなくなったと言われている────。
「本当に人形が動いてたりしてね・・・」
大体、マナと呼ばれる人形師がまだ存在しているのかさえ分からず何もかもが不明瞭だ。
「どちら様でしょうか?」
彼が屋敷の方へ向かって歩いていると、背の高い一人の男性が道の脇にある庭園から突然姿を現した。
「・・・・・・?」
『動く人形・・・かな?』
訊ねて来た男性は端正な顔立ちに黒の燕尾服を纏い、片手には色とりどりの美しい花束を抱えていた。
全く気配を感じず咄嗟に反応出来なかった彼は、内心焦りを隠しつつ簡単に事情を説明する。
「おっと、勝手に入ってしまってすまない。ここにはマナと言う人形師に会いに来たんだけど、もしかして屋敷の主は君かい?」
「いえ、お嬢様でしたら中に・・・ドールの注文でしたらご案内致しますが」
淡々と応える彼はどうやらこの屋敷の執事らしい。
屋敷の大きな扉を開き、客として判断されたようで中へと足を踏み入れる。
これまた外見の古さからは想像出来ないほど整備の行き届いた空間が広がっていた。
執事の彼に案内される間、何処からともなく数人の侍女が現れ持っていた荷物等を預かると言って丁重にもてなされると、こじんまりとした応接室へと通された。
「呼んで参りますので暫くこちらでお待ち下さい」
「ありがとう、助かるよ」
執事は小さく会釈を返し部屋を出ていった─────。
***
人形屋敷のとある一角に、ドール造りの作業場はあった────。
「マナ、お客様がいらしたようです」
「そのようね・・・注文?」
静かな部屋の中で一定の音を立てながら白々と艶めく物体を優しく撫でる一人の女性は、話掛けてきた侍女に向かってぽつりと答える。
程なくして部屋の扉がノックされ、入って来たのは執事だった。
「───依頼ですか?」
マナと呼ばれる女性は執事の方を見向きもせず問い掛ける。
「はい。マナ・・・に会いに来たという一人の男性がいらしています。応接室にお連れしましたがどうなさいますか?」
「そう・・・作業が一段落したらすぐに行きます。お茶をお出しして待ってもらうように言ってくれますか」
「・・・かしこまりました」
執事らしく一礼すると、踵を返し出て行こうとする彼に、不意に女性は訊ねる。
「手に持っているその花束は?」
「これは部屋に飾るための花です。作業に夢中になってお客様を忘れないで下さいね」
やれやれといった表情で彼は作業場を後にする。
再び静まり返った部屋に女性の口から小さく溜め息が漏れ出た。
「マナ、お客様の所に行かないのですか?」
「行くわ・・・ただ、物好きがいるなと思って」
「マナ、私も行きたいです」
侍女はどこか気遣うようにマナと呼び訴える。
女性はそんな彼女を愛し子に向けるような優しい眼差しで微笑みこう言った。
「ごめんなさい・・・気持ちは嬉しいけれど、大切なお客様だから」
「では、私は何をすればいいですか?」
置いてけぼりを食らい寂しそうに俯く侍女の顔を軽く覗き込むと、先程まで触れていた物へと視線を移し優しく応える。
「この子のために、大切なモノを探して来てくれる?どうするかは貴女に任せるから」
そう言うと侍女は俯いていた顔を上げ嬉しそうに微笑んだ─────。
***
応接室で待機して数分、彼は細かい刺繍が施された素材の良い長椅子に腰掛け屋敷の主を今かと待っていた。
『お嬢様って言ってたけど、噂ってずいぶん昔からあるものだからな・・・歳上の人だろうか?おばあちゃん?まさか主本人が人形だったりして────』
不安と期待感を抱きながら待っていると、扉がノックされ再び執事の彼が現れた。
「失礼致します、申し訳ありませんがもう暫くお待ち下さい」
そう言ってテーブルにお茶と菓子が用意される。
「構わないよ、焦ってないから・・・ところで君の名前をまだ聞いていなかったね、教えてくれるかい?」
「私は────」
彼が答えようと口を開きかけた時、部屋の扉が突然開き屋敷の主であろう一人の女性が姿を現した。
咄嗟に振り向く二人を黙って見つめている主に対して執事は小さく溜息を吐くと、代わりに開かれたままの扉をそっと閉める。
「お嬢様、ノックぐらいして下さい。後、扉もきちんと閉めて下さい」
「あらいいじゃない、ここは私の屋敷です・・・ようこそお客様、呪いの人形屋敷へ」
まるで小言を言う母親のような執事の注意にも淡々と言い返すと、長椅子に腰掛けていた彼の方へ向き直り、不適な笑みを浮かべたかと思えば彼女は丁寧に挨拶をして見せた。
「こんにちは。呪いだなんてとんでもない、突然押し掛けてすまないね」
「構いません、こちらこそお客様を待たせてしまって申し訳ありません」
屋敷の主であるマナと呼ばれる女性は、世の令嬢と一見何ら変わりがないように見える。
年は割りと近く思えるが、顔立ちは幼く見えるが上手く言葉に言い表せない。
今まで会ってきた女性とはどこか違う雰囲気を醸し出す屋敷の主を目の前に胸を弾ませていた。
「お客様?」
思っていた人物像とかけ離れていた屋敷の主は、先程見せた不適な笑みとは逆に、今度は優しく微笑み掛けてきた。
「・・・人形」
「え?」
「君は人形みたいだね」
『明らかに芝居めいた話し方だし・・・』
彼女の方をじっと見つめたまま、気付いた時には思った事を口走っていた。
「人形・・・ですか」
「あっ、勿論いい意味でだよ」
そう言うと、彼女は一瞬目を見張り表情を隠すように俯いたかと思えばクスクスと笑いだした。
「・・・?」
「もし・・・本当に人形だと言ったら?」
急に笑いだした事に疑問に感じていると、それに気付いた屋敷の主はまた不適な笑みを浮かべながらそう訊ね返した。
『この子は人間確定だ』
彼は心の中でそう確信すると、仕返しとばかりに今度は業と噂話を持ちかけてみる。
「噂が本当なら僕はすごく嬉しい限りだけど」
「噂・・・ですか?本当に物好きな方ですね」
「それはどうかな?他の人形好きには劣ってると思うけれど、そう言えば紹介がまだだったね」
「あ、それは結構です」
「え?」
どういう事かと小首を傾げてみれば、彼女は少し面倒くさそうに理由を告げた。
「人形師の私に、お客様個人の情報等必用ありません。私の役目はお客様が望むドールさんをただ提供するのみですから」
そう言い切ると用意されていたお茶を啜り、そっと一枚の紙を差し出してきた。
『ん?ドールさん?依頼状・・・?全てオーダーメイドって事か』
「つまり、この紙に要望を書けって事だね」
「ご理解の早いお客様で助かります」
彼女はそう言ってまた微笑んで魅せる。
その時の表情が本当に人形のような憂い顔に見え、不思議と目が離せなくなる。
「本当に、どんな事でも望んで構わないんだよね?」
彼女は紅茶の入ったカップを揺らしながら一瞬怪しむような視線を向けたがすぐに首を縦に頷いて見せた。
それを確認した彼は手に持っていた依頼状に視線を戻すと、側に立っていた執事から筆記具を受け取りペンを走らせた。
「よし!こんなもんかな・・・」
紙を受け取り彼女は早速依頼状に目を通し始めるが、やがてその目は伏せられそっとテーブルに置かれた。
徐に紅茶を一口啜ると、視線は紙に向けたままゆっくりとした動作で大きく頭を左右に振る。
「確かに、どんな事でも望んでいいと先ほど言いました・・・。ですが、探し物なら警察や専門の方にご依頼した方がよろしいのでは?」
マナが彼から受け取った依頼内容はこうだった。
【とあるドールが僕の屋敷のどこかに隠されているので共に探してほしい】
「うん。そうなんだけど、これは君のためでもあるんだマナ・・・いや、ロッカ・フランシーヌ嬢」
彼は手にしたカップを掲げながら彼女にそう告げた。
「どうして・・・名前を?」
「お客の情報は人形師に必用ない・・・だよね?」
「・・・・・・」
業とそう言ってみせると、彼女は悩んでいる様子だった。
『相変わらず人形みたいに無表情だけど、悩んでるねこれは・・・素直に言えばいいのに』
「僕の望みを聞いてくれるなら、名前を知ってる理由を教えるよ」
「・・・・・・」
彼は助け船として彼女にそう仕向けたが、答えは素っ気なく返ってきた。
「例え名前を知っていようと、先程も申し上げたようにお客様の私情等どうでもよい事です」
「違うよ、決して私情事なんかじゃないさ。僕が探しているドールと、君の所持しているドールは深く関係してる・・・何か思い当たる事は無いかな?」
唐突な話に暫く彼女は俯き、手に持っていたカップをぼんやりと見つめたまま認める事は無かった。
「・・・ありません。例え関係があったとしても、私には無理な事です・・・申し訳ありませんが他を当たって下さい」
彼女はそれ以上話す事は無いと、席を立ち扉の方へと向かう。
『これ以上話す気はないか────』
彼は小さく息を吐き彼女の後ろ姿に苦笑めいた表情を向けこう告げた。
「今から言う事は、僕の独り言だよ・・・」
「・・・・・・」
「この屋敷にあるドールの中に【Secretdoll】と呼ばれるものがあるはずなんだけど・・・本当にマナは何も知らないのかな────」
あくまで大きな独り言は、当然彼女の耳にも届いており、出て行く寸前その場に立ち止まった。
「・・・一体何の事でしょうか。この屋敷にそんなドールさんは居ませんよ」
「そっか・・・それじゃあ、もう一度依頼内容を訂正させてもらっても構わないかな?」
彼からの返答に彼女は側に立っていた執事をちらりと横目に思案し、やがて結論に至ったらしい。
「・・・構いませんよ、何も提供出来ないのは人形師としてもお客様に失礼ですから」
「ありがとう、君にそう言ってもらえると嬉しいな」
「新しい紙の用意を、それからお客様の部屋を用意して下さい」
「かしこまりました」
最後までやり取りを側で静観していた執事は、彼の方にちらりと視線を向けると、小さく会釈だけをして部屋を出ていった。
「素性の知れない僕にそこまでしてくれなくても・・・用が済んだらすぐにお暇するつもりだから」
「いいえ、ここの森は昼夜問わず暗いですし時間はすでに午後を過ぎています。今から屋敷を出れば確実に迷い、獣や山賊達の餌食になりかねません・・・遠慮せず泊まって行って下さい。急な事でしたので何のもてなしも出来ませんが」
そう言いながらまた人形のような笑みを向ける彼女に彼も優しく応える。
「ありがとうマナ・・・あ、僕もそう呼んでもいいかな?」
「お好きなように呼んで下さって構いません」
「それじゃあ、今日一晩お世話になるよ」
そう言って嬉しそうに微笑む彼をマナは暫く無言で凝視した後、客人だからなのか再び此方へと戻り長椅子へと腰を下ろすと、特に話をする訳でもなく共に執事を待つ時間だけが流れた。
『例のドールの事、彼女は本当に知らない?それなら執事の彼とか・・・?』
そんな事を考えているうちに、新しい依頼状の紙を持って彼が戻って来た。
「お待たせ致しました」
「手間を掛けさせて悪いね」
「では、依頼状が書けたらルイに渡して下さい。私は暫く席を外します」
ルイと呼ばれる執事と立ち代わりざま、そう告げてマナは応接室を後にした。
「もしかして、ドールを作りに行ったの?」
「そのようですね、以前から他の方の注文を受けていますので」
マナからルイと呼ばれていた彼は、短くそう答えるとそれきり黙ってしまった。
『やっぱり彼は動く人形なのだろうか?』
執事の正体も気にしつつ、噂では誰も屋敷に寄り付かなくなったと聞いていたがやはり噂は噂でしかないようで、同類は居るものだと想いながら再び依頼状を書き直す。
「えっと・・・ルイだっけ?依頼状が書けたからすぐに渡してくれるかな?」
「かしこまりました」
依頼状を受け取り主の元へと向かったルイを見送ると、椅子の背もたれに身を預けゆっくりと息を吐く。
「次はいい返事が返ってくるといいな────」
***
微かな陽が射し込む薄暗い作業場に再びマナの姿はあった───。
白い物体を手にし、彼女のしなやかな手がその上をそっと這う。
一見愛撫するようなその手は、愛するモノを扱うようにひどく艶かしいものに見える。
「あなたは綺麗ね・・・純粋で・・・一切の汚れを知らない愛しい子───」
マナは一人呟く・・・けして語り掛けてくる事の無いそのモノに───。
客人である彼の存在を忘れ、マナは独りドールを作り続ける。
一定の音だけがする以外に静まり返っていた部屋の沈黙を扉が叩かれる音に破られ、彼女に嬉しそうに語り掛けながら小走りに部屋へと入って来たのは、先ほどまで共に居た美しい侍女の娘で、手には沢山の花束を持って戻って来た。
「マナ!」
「お帰りなさい。ありがとうローズ、この子もきっと喜ぶわ」
そう答えると、ローズと呼ばれる美しい娘はふわりと優しく微笑んだ。
するとそこへ、ルイが依頼状の紙を持って作業部屋へと入って来た。
主の側で大量の花束と花びらにまみれた侍女の姿を黙認しつつ紙を差し出す。
「マナ、彼からの依頼状です」
「今度はまともな注文だといいけれど・・・」
そう愚痴をこぼしつつ、ルイから紙を受け取ると二人に指示を出す。
「後の事は私に任せて、二人はお客様の部屋の準備をお願いします。」
マナは侍女から受け取った花束を見つめながらそう言った───。
***
応接室に一人残されていた彼は、すっかり冷めきってしまったお茶を飲みながらマナが来るのを待っていた。
「やっぱり怒っちゃったかな・・・」
そう呟いた時、彼女が依頼状を手に戻って来た。
「遅くなって申し訳ありません」
「構わないよ。それで、どうだろう・・・内容はもう見てくれた?」
「・・・いいえ、まだ」
「それじゃ早速見てもらえるかな?」
どこか楽し気な彼に一抹の不安を感じつつ、畳まれていた紙を開き確認する。
「マナを・・・買いたい?・・・───あの、これはどう言う意味でしょうか?」
「え?そのままの意味だけれど」
彼が呑気にそう言うと、ようやく人間味のある怪訝そうにする彼女の表情を拝む事となった。
「つまり・・・人身売買と言う事ですか?」
「ん───悪く、平たく言えばやっぱりそうなるのかな?いや・・・」
決して平たくはないが、彼は苦笑気味な表情を向け今は話を進めるため分かりやすくそう答える。
「では、善くとればどうなるのでしょうか、雇うと言う意味ですか?」
美しい彼女の眼光が言葉と共に鋭く光る。
それとは逆に人形のような白い肌に影りが射し怪しさを増していく。
「えっと、雇うとも少し意味が違うかな・・・この依頼は屋敷にある全てのモノがマナの所持している物だと考えたからあえてそう言ったんだ。マナを買うとね・・・何となく理解出来たかな?」
彼は誇らし気に答え彼女に向かってキラキラとした笑顔を見せた。
若干の暑苦しさを感じつつもマナがそれを表に出す事はなく、冷静に答える。
「では、私自身を買うと言うのではなく、あくまでマナとして・・・そう言う事ですか?」
話せば話すほどややこしくなっていく彼からの注文は、今まで受けてきた依頼の中で最も奇妙な内容だった。
「僕は君自身を買う力も確かに持ってる、もちろんマナとしても、───。まぁ最も、君がそうではないと言ってしまえばそれまでだけどね!」
あっけらかんと答える素性の知れない彼に、彼女はいっそうの疑念を抱いた。
何故人形師としての名ではない本名を彼が知っているのか・・・何故彼が、マナの正体や事情を把握しているのか───異能力者でもない限り知り得ない事ばかりで、考えれば考えるほど不安が襲ってくる。
「何故はっきりとおっしゃらないのですか?籠絡してしまえば、この屋敷の主は自分となり、私と所持しているドール全ての所有権を得る事が出来る・・・そして本来の目的である人形探しが出来ると・・・そうお考えなのでしょう?」
マナがそう問い掛けると一瞬驚いた表情を見せたがすぐに真剣な眼差しで、彼はゆっくりと口を開いた。
「うん、否定はしないよ・・・でも出来ない。確かにドールが目的で僕はマナに近づいた。だけど君自身が欲しいっていう願望も・・・いや、欲があるのも事実だ」
『本当は事実になったって言う方が正解だけど・・・』
そう言って彼の瞳が真向かいに座る彼女をしっかりと捕らえる。
その鋭い視線にマナは逸らすことが出来なかった。
不思議と金縛りにあったような感覚に陥り・・・有無を言わさぬ鋭い視線に、逃さないぞという強い意志を持って──────。
「・・・あの、すごく返答に困るのですが、本当に人形探しが目的ですか?恋人探し?」
「ぜひ、マナに・・・ロッカ嬢、君に頼みたいんだ。他の誰でもなく・・・どうかな?難しいとは思うけれど僕の注文を聞き入れてはくれないかな」
あまり質問の答えになっていないような曖昧な返答を返した彼は、眩しいほどの笑顔を向け有無を言わさない状況をつくるのがとても上手かった。
彼女の中で、彼は絶対腹黒な性格だと判断し、微笑み掛けてくる笑顔さえ偽物だと心の中で唱えつつ、本当はお互い忘れているだけで何処かで知り合っているのでは?と頭の中で過去の依頼状と顔を照らし合わせた結果、とある客人から噂として聞いた事がある事をマナはふと思い出していた。
暫くの間沈黙が続き互いにじっと見据えるだけの中、この状況を最初に破ったのはマナの方からだった。
「分かりました・・・依頼をお受けします・・・但し、こちらにも色々と事情があるのであまりお力にはなれない事をお忘れなく」
「ありがとう、これでやっと君に自己紹介が出来るよ」
そう言って彼はマナの手をそっと取ったがそれはすぐに振り払われた。
「結構です。伯爵様の名は、よく存じていますから・・・」
「あれ?僕ってそんなに人気者?」
「・・・部類の人形好きだと言えば、レイモンド公爵家の御子息様フレデリッド・レイモンド伯爵の名はドール好きの間ではとても有名です」
思ってもみない彼女からのカミングアウトに少し驚き、此方から仕掛けた事ではあるが既に正体を知った上で話をしていた事実に関心もしていた。
「あっ、フレディでもフレッドでも好きな様に呼んでくれて構わないよ。マナが僕の事知ってるなんて感激だ!嬉しいな」
彼女は、嬉しそうに言う伯爵に対し冷めきった視線を送る。
「ただ、最近聞いて覚えていただけです」
ぼそりとそう言い放った時、ルイが一人の侍女と共に戻って来た。
「失礼いたします。お嬢様、部屋の準備が整いました」
「二人共ありがとう。ルイは、早速伯爵様を案内してさしあげて下さい」
「はい」
「ローズは私と食事の準備を・・・」
「はい」
二人はそれぞれ指示を受けルイが先に部屋を出て行く。
伯爵はそれに続いて出て行こうとするマナの腕を咄嗟に掴んだ。
「伯爵様・・・?」
「えっと、どうして君が食事の準備をするの?侍女達や他にも沢山居るはずじゃ・・・?」
「いえ、この屋敷には伯爵様をいれても三人しか居ないので、食事等は全て私かルイが主にしていますが」
マナはそれが当たり前だと言うように相変わらずの無表情で淡々と話をする。
「三人?でもこの部屋に来る時侍女達何人かと会ったよ?」
「彼女達は私が作ったドールさんです。少しでも手を出せば注文は無かった事にしますから」
「ドールさんって・・・本当に?」
マナの側にいた侍女を指さしながら彼がそう聞き返すと、二人共素直に頷き返した。
『動く人形は噂なんかじゃないんだ・・・でも、ルイって執事もドールかと思ってたけど』
「えっと、本当に執事君はドールじゃないの?」
そう訊ねると彼女はクスクスと小さく笑い扉の方を見た。
「真実を知りたいなら本人に聞いて下さい、この話しはまた後で致しましょう」
そう言って彼女はどこか愉しげに部屋を出て行った。
誰も居なくなった応接室で、彼はその場に立ち尽くしたまま暫くの間悩む事となった───。
マナを初めて見た時、歩く人形が入って来たかと本気で思った・・・・・・。
憂いめいた表情で見つめる薄紫の瞳は、ドールに使われるグラスアイのように光を放ち、淡い桃色の唇は小さく弧を描き美しく、白い肌によく映えた。
「やっと見つけたんだ・・・絶対に譲れない・・・誰にも──────」
静かな部屋の中で、誰にも聴こえないほどの小さな声音で彼は呟いた。
暫くして部屋から出ると、廊下には執事の彼が待っていた。
「待たせてすまないね」
「いえ、お部屋にご案内します」
彼は相変わらず無表情で、彼女同様何を考えているのか分からない。
「・・・君って本当に人形じゃないよね?」
「伯爵様と同じ人間です」
「そっか・・・疑って悪いね」
長い廊下を二人は足早に歩いて行く。
「僕、本当に泊めてもらっていいの?」
あまりに唐突な問い掛けにもルイは嫌な素振りを見せず静かに頷く。
主に伯爵だけだが、他愛もない会話をしている間に部屋の前へとたどり着いた。
「こちらが伯爵様のお部屋です。何かあれば好きなようにお申し付け下さい。夕食の時間になりましたら後程迎えに参ります」
「分かった、ありがとう・・・」
そう言うとルイは軽く会釈をして部屋を後にした。
「さてと・・・」
『まずはこの屋敷の住人から探っていこう』
伯爵は自室となる部屋の確認をしつつ、何かを目論みながら愉し気に部屋に置かれている寝台へと背中から飛び込んだ──────。